第5話(風雪月花!1の4)
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半ば幽霊部員だが、実は
精霊人の生徒は運動部に入っても大会には出場できないため、ほとんどが文化部か生徒会(委員会は生徒会に内包される)に入ることになる。
科学部は、天文・数学・地質・文芸などの少人数の班に分かれている。
科学とは到底関係ないような班まであるのは、複数の同好会が合併してできたという経緯によるものである。
部室棟は校庭の外れにあり、一階は運動部、二階が文化部。道路を挟んだ先に第二校庭やテニスコート。部室棟の隣には風鈴&
昔は各学年8クラスあったそうだが、現在は6クラス。余った教室は部室代わりに使われている。科学部は最大人数を誇るだけに、部室棟二階の一部屋に加え、教室をひとつ割り当てられている。活動内容によっては理科室を使用することもある。
そこには女生徒が一人いた。
「やあ、桃ちゃん一人?」
「馴れ馴れしいわね」
古めかしいパソコンのキーボードをカチャカチャと鳴らしながら、女生徒は
「その子もいるわよ」
彼女についているであろうコロボックリが一匹。
コロボックリは、これまた古めかしい携帯ゲーム機で何かのゲームに夢中になっている様子だった。コロボックリは見た目に似合わず怪力で、ちょっと乱暴な扱い方をしているが、まあ戦争の爆撃にも耐えたという噂のゲーム機なので大丈夫だろう。たぶん。
桃ちゃんと呼ばれた女生徒は、本名は確か
「他の部員は、買い出しと価格調査だそうよ。ここは私一人ね。校舎の方の部室は知らないけど」
レトロパソコンの画面に目を向けたまま、淡々と彼女は言う。
机の上にはパソコンの他に、コーラ(1.5リットル)とポテトチップス(のり塩170グラム)まである。くつろぐ気満々ではないか。
「じゃがいも不足のこのご時世に珍しいな。食っていいか?」
「ダメ」
にべもない。
「嘘よ、少しだけならどうぞ」
「サンキュ」
大きな一枚を選んでかじる。その瞬間「あっ」とか冗談をかますあたり、愛想が良いのか悪いのか。
「で、なにやってんだ?」
電脳班の今年のテーマは「無料PCと無料OSを自分の手で!」。不要パーツを持ち寄り、一台のPCを組み立て、最終的にはリナックスのオリジナルディストリビューションを作り上げるのが目標だそうだ。
だが、彼女がいじっているパソコンは、そのテーマとは関係なさそうに見えた。
「わかるかしら?」
逆に質問されてしまった。
長机の上に窮屈そうに置かれた、アイボリックホワイトであったろう古びた色合いのパソコン。キーボード分離型ではあるが、モニターはブラウン管だし本体にはフロッピーディスクドライブが2基内蔵されている。それも5インチだ。大昔の8ビットPC、その中ではわりとメジャーとされた機種だ。
画面を覗き込むと、蜂の巣のように六角形がびっしり。
「戦略シミュレーションか。渋いな。対戦はできないのか?」
「この時代のゲームに対戦機能なんてないわよ。まああったとしても……」
桃子は床に寝そべって携帯ゲームに夢中になっているコロボックリを見やり、
「この子達、難しいゲームは苦手みたいで、この手のゲームの対戦相手にはできないのよね」
「まあ知能は子供並みだからな」
レベル上げをやらせてたらキャラがロストしたとかいう話も聞く。コロボックリマクロの使用には注意が必要だろう。以上、自戒。
まさにピコピコ言うだけのビープ音。古めかしくも剛健な作りのキーボードから響く打鍵音には頼もしさすらある。画面は敷き詰められた六角形から、簡素な結果報告に切り替わる。内容はよくわからないが、彼女が満足そうに目を細めているあたり、勝利のようだ。
「昔のゲームは良いわね」
「その年で懐古主義かよ」
「今のゲームもやるけどね。パパがこういうゲームが好きだから、私も色々遊ばせてもらったわ。去年までカリフォルニアに住んでたから、アメリカのレトロゲームも結構やりこんだわよ」
少し自慢げに、桃子は語る。
黎明期から時代をなぞって遊べるというのは、正直羨ましいかもしれない。
「って桃ちゃんは帰国子女だったのか」
「パパがシリコンバレーに勤めている関係でね。今年は無理言って帰国させてもらったの。この学校は寮もあるし。それに……」
「それに?」
彼女は
「精霊人がたくさん通うこの学校なら、きっと楽しいかと思って、ね」
「にー!」
と、彼女付きのコロボックリが何かに反応したのか鳴き声を上げて、窓枠へ飛び乗った。
校庭で何か騒ぎが起きているようで窓から外へ目を向けると、どっかん屋といきもの係が交戦している様子だった。
*
主校庭は未来の要請によりどっかん屋といきもの係の貸し切りとなった。部活動等で使用していた生徒たちは特に不満を漏らしたりはせず、むしろ興奮気味に校舎側の坂の上から観戦している。
特に注目を浴びているのは、やはり風鈴とひばちの格闘戦だろう。どこのバトル漫画だよという勢いである。
「風リーン、あたしゃあんたが不憫で不憫で。まさかこの手で公開処刑しなきゃいけないなんてさあ!」
「調子に乗ってんじゃねえわよ! レベルはあたしと同じでしょうが!」
「バカだなあ、きみはじつにバカだなあ」
「むっかー!」
どこかの丸くて青いアイツのようなドラ声で挑発するひばちに、風鈴の怒りゲージがますます上昇していく。激しい攻防の中でよくぞ会話までこなせるものだ。
「レベルは、クルマで言えばエンジンの排気量に相当するんだよ。そこに加速性能やステアリングの反応、ボディの強度は必ずしも反映されないのさ」
「臨戦霊装は正体を隠すためだけのものじゃないわ。攻撃や防御はもちろん、神通力の展開速度や精密さなども上乗せされるの」
校庭の端で監督している未来が補足をする。
「遠慮がいらないってのはわかったわ。だったらこいつを喰らいなさい!
風鈴の周囲に現れた複数の真空の円盤が、彼女の咆哮に一気に射出、ひばちを襲う。
風鈴が現在持つ最強の攻撃技だが、ひばちに避ける気配はなかった。
「はっはー、いっくぞー! ファランクス!」
複数の鬼火が、彼女を取り囲む。真空の円盤はことごとく弾き返される。
そしてひばちは鬼火をまとったまま、風鈴に体当たり。吹き飛ばされながらも風鈴は空中で体勢を立て直し、地面を滑るように着地するが、息が上がり始めている。
「都島さん、もうちょっと加減してあげて」
「はーい♪」
「きいいっ!」
ひばちの音符付きの返答に、金切り声を上げる風鈴であった。
野次馬たちから「あれ誰よ、誰?」「エルフじゃん、マジエルフじゃん!」とか興奮した声が聞こえてくる。
花丸の相手はあすなろだった。
「姉御、今日は胸を借りるつもりで行くっす!」
「臨戦霊装を出し抜いて会得してといてその卑屈さ。微妙に舐めてるな、あすなろよ?」
「そんなことないっす。姉御に胸はあまりないけど借りるつもりで行くっす!」
「はっはー! 言ってはいかんことを言ってしまったな! 竹刀!」
どっかん屋では主に回復役を担当する花丸だが、攻撃技がないわけではない。”竹刀”とはそのまんまの術だが、未来に習った”金の棍”を自分なりにアレンジしたものである。
「それじゃ行くっすよー!」
背中から矢を抜き弓を構え、あすなろは撃ち放つ。モーションは一度なのに、複数の矢が花丸を襲う。
それらを全てなぎ払い、あすなろのみぞおちをめがけて渾身の突きを打ち込む。
「防風林!」
がきいっ、と木質な打撃音が響き、花丸は飛び退る。
手がビリビリ痺れている。防御術だろう、目に見えない壁があすなろを守ったようだ。
たしかに強い。どう戦えばよいのか、模索していくしかなさそうだ。
「…………」
「あのぉ…」
「…………」
「な、なにか言ってください~」
「……かわいい」
「ぁぅぁぅ」
留美音の相手は山吹である。
何か言えというから思ったことを言ったのだが、彼女はなぜかぁぅぁぅ喘いでいた。
しかしさて、どうしたものか。留美音は思案した。
相手の出方を待っているのだが、山吹はおっとりした性格であまり戦闘向きではない。彼女のほうがレベルが上で臨戦霊装も身に着けてるとはいえ、こちらから攻撃するのはどうにも気が引ける。
「はいそこ。無気力試合は警告よ?」
「は、はい~!」
未来に急かされ、山吹はようやくやる気になったようだ。熊のような虎のような着ぐるみの頭部を閉じ、素顔を隠す。そして四つん這いになると、
「!」
反射的に、留美音は構えを取った。
フォルムが一気に変わった。着ぐるみの女の子から、原生林から飛び出してきた野獣のような、鋭い体型。骨格も明らかに人とは違う、獣のそれになった。
まさに土の魔獣、ベヒーモス。
映画のワンシーンのように顔を天へ向けて雄叫びを、
「が、がお~!」
声は山吹だった。留美音でなければあまりの落差に腰が砕けただろう。
だが、速度は獣そのものだった。
とっさに横へ跳ぶが、髪を少し切り落とされた。
「あ、ごめんなさい……ってなんでちょっと嬉しそうなんですかぁ? こ、怖いです」
性格や声はともかく、なるほど臨戦霊装をまとうだけの実力はある。
戦闘が専門の留美音には、またとない練習相手であった。
残る対戦カードは、美優羽対上江である。
だが美優羽は可愛い顔を歪め、悲嘆に暮れていた。
「あたしは悲しい」
「なにがよ」
「決まってるじゃない!」
びしいっと上江を指差し、
「あたしの時間は風リンのためにあるのに! なんでこんなハゲの相手をしなくちゃいけないの!」
「ハゲじゃないっつうに! 可憐な美少女に向かって何たる言い草! お仕置きが必要ね!」
ふと、美優羽は思い出した。
いつだったかみんなで銭湯へ行ったときに、こいつと対戦してたっけ。
「水龍!」
その時と同じ術が発動していた。
空気中からかき集めたのか神通力が実体化しているのか、ともあれ水辺でもないのに前回以上の大きさの水の龍が、彼女の頭上に浮かび上がった。
為す術もなく、美優羽は濁流に飲み込まれる。
「あー、くそ」
校庭に大の字に倒れ、美優羽は女の子らしくなく呻く。
「あたし、去年まで本来人だったんだけどなあ。加減してほしいわ」
「あら奇遇ね。あたしもよ。だからあなたも、すぐに特高レベルになれるんじゃないかしら?」
仮面を外し、上江は笑顔を投げかけた。
*
「臨戦霊装とはねえ……」
感嘆の声を漏らし、
隣ではコロボックリがきゃっきゃと喜んで観戦している。
だいだらぼっち事件から、まだ一ヶ月も経っていない。どっかん屋総掛かりでも大苦戦したあのもののけと同等のレベルに、彼女たちは来ている。
「しかし、ライ姉も何を急いでいるんだ? もう人類の脅威になるもののけはいないはずなのに」
8年前に世界を震撼させた、強大なもののけの大量発生事件。これは12人の超高レベル精霊人によって鎮められた。
もう、倒すためだけの力など必要ないはずだ。
思案しかかった時、
見ると、桃子は羨望の眼差しで校庭を見下ろし、吐息を漏らしていた。
「いいわね……。まさに、冒険真っ最中といった感じ……」
ぽつり、ぽつりと、彼女は語る。
ゲームに囲まれた日々も悪くはなかったが、そればかりでは当然飽きる。
だが向こうの学校は、どうにも馴染めなかった。
だから、刺激的な学園生活を求め、精霊人の集うこの学校を選んだ。
「先月のだいだらぼっち事件は良かったわ。ああいう熱い戦いは、見ている方も熱くなれる」
熱っぽく、彼女は語る。
かなり大変な事態だったのだが、多くの本来人にはやはり他人事なのだろう。
しかし
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