第4話(花鳥風月!4の2)

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 だいだらぼっちは本殿へ戻り、主の世話係の女に相談した。

 一度コロボックリの居住区へ行ったが、蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまったのだ。

「こころおだやかになれ? おだやかってなんだ?」

 穏やかになって接すれば、コロボックリと同じになれると言う。

 あんな小さくて、にーにー鳴くばかりの生き物と、果たして自分は同じなのだろうか? 仲良くなれるのだろうか?


         *


 るおおおあああおおぁぁぁぁぁ!


 耳をつんざく咆哮が上がる。この世のものとは思えない叫び声。怒りか悲しみか憎しみか、恫喝なのか威嚇なのか、それとも何かを訴えているのか。聞くものを残らず恐慌に陥れそうな、負の感情に満ちた叫び声。

 そして、だいらぼっちは跳んだ。

 どっかん屋など目もくれず、校舎へ向かって。

「いかん! あいつを校庭から出すな!」

 花丸が焦った声を上げる。

 だいだらぼっちはコロボックリを憎んでいる。しばらく動きがなかったのは探っていたため。そして校門前の広場にコロボックリがいることを確信したのだ。

 校庭の外には一般生徒もいる。追いかけるが、巨体のだいだらぼっちの方が圧倒的に速い。階段を一息で登ろうと跳躍したところで、いきもの係が立ちふさがった。

「山吹、重力反転!」

「は、はい!」

 ひばちの指示に、山吹の”ぬりかべ”が発動、校庭側へ重力のベクトルが曲がる。

 この神通力に、相手の体重は関係ない。だいだらぼっちは尻餅をつくように校庭へ押し戻された。

 反動はないはずだが、山吹も尻餅をつく。腰が砕けても術を失敗しないあたりはさすがというべきか。

「ダチョウキィィーーーック!」

 ここへ美優羽の攻撃技が炸裂、だいだらぼっちが横転する。神通力により、実体重の何倍もの質量を加算した渾身の蹴り技だ。

 さらに、花丸の”蔓”がだいだらぼっちを縛り上げ、風鈴が敵の懐へ潜り込む。

「お前は、そっちだああぁぁーーー!」

”蔓”を力いっぱい振り回し、更に風鈴の”烈風”で敵の巨体を投げ飛ばす。

 だが、だいだらぼっちの巨体は3トンを超える。光宙みつひろを何度も吹き飛ばしている”烈風”でも、校庭中央まで押し戻すのが精一杯だった。

 留美音が吠える。洞窟で花丸が聞いた、だいだらぼっちにも負けない咆哮。両手に4本ずつ、計8本の光条が現れ、術名とともに打ち出される。

月精三日月衝クレッセント・インパクト!」

 全弾が命中し、砂埃が巻き上がる。

 だが、煙が晴れたその先には、大した傷を負った様子もない緑の巨体が佇んでいた。

 戦闘開始からここまで一分にも満たない。しかしどっかん屋は、息が上がり始めていた。それでも、風鈴は啖呵を切る。

「コロボックリには指一本触れさせない! あんたは、あたし達どっかん屋が相手よ!」

 ぐるるるる、とだいだらぼっちが唸り声を上げる。今度ははっきりと、どっかん屋に敵意を向けて。


         *


 心穏やかってなんだろう。

 広場でコロボックリたちが遊んでいるのを、だいだらぼっちは遠くからぼんやりと眺めている。

 こうやってじっとしていれば、心穏やかではないのだろうか? けど、彼らと仲良くなれそうな感じはしない。

 主のいた亜界へ帰ろうか。主はまだ帰ってきていないが、あちらでおとなしく待っていたほうが良いのかもしれない。

 ふと、何かが触れている感触がし、だいだらぼっちは目を向けた。

 腰巻きを、一匹のコロボックリが引っ張っている。

「なんだ、おまえ、あいつらとあそばないのか?」

「にー」

 だいだらぼっちの横でぴょんぴょん飛び跳ねていたかと思うと、よじ登り始めた。

「わ、くすぐったいぞ! なにすんだ!」

 だいだらぼっちの身体をジャングルジムにでも見立てているのか、コロボックリはにーにーと嬉しそうな声を上げている。

 身体をよじったり手を回したりして捕まえようとしても、身体のあちらこちらへと這い回ってなかなか振り落とせない。

「わはは、へんなやつだな、おまえ」

 遊ぶというよりも遊ばれているが、だいだらぼっちは悪い気はしていなかった。


         *


 校舎の屋上から、清夢は事の成り行きを見守っている。

 自衛隊を含めて俯瞰的に見渡し、適時適切な指示が出せるようにこの場所を選んだ。いつでも連絡が取れるよう、専用通信機は傍らに完備している。

 ここへ、未来が帰還した。

「話をつけてきました。おおむね予定通りに行きそうです。あとは光宙みつひろ君次第なのですが……」

「そうか。詳しい話は後で聞く」

「どっかん屋は今どうなってますか?」

 清夢は校庭へ目を戻す。

「──芳しくないな。だが、妙に粘る」

 風鈴と美優羽が最前線で、だいだらぼっちを翻弄している。離れたところに、留美音と花丸。留美音は二人の合間を縫って月精三日月衝クレッセント・インパクトで攻撃を、疲労具合に応じて片方が下がると、花丸が首筋に”玉露”による蜜を軟膏のように塗りたくり、回復させる。思いの外、善戦していると言えよう。

「あいつら、本当にレベル50台か?」

 未来が、横ピースのポーズを取った。知らぬものが見れば何事かと思うだろうが、これは美優羽の”鵜の目鷹の目”に相当する、相手のレベルと属性を見抜く神通力だ。

「篠原風鈴──風の精霊人レベル65、綾瀬川花丸──花の精霊人レベル64、片岡留美音──月の精霊人レベル65、寿美優羽──鳥の精霊人レベル63」

「10近く上がっているのか? この粘り方はたしかにそれくらいはありそうだが……」

 精霊人は定期検診で基礎レベルというものを測っている。戦闘時にレベルを上げる術はあるが、彼女たちがそれを使った様子はない。となれば、基礎レベルのままのはずだ。

「定期検診で使う機械はまだ制度が高くないからな。そのせいか?」

「いえ──」

 未来にも断定はできないので、おおよその見解になるが。

 高レベル精霊人の多いこの学校だが、それでも全校生徒の一割に満たない。精霊人はレベルに応じで肉体強度も上がるため、本来人と共存するにはその力を抑えなければならない。

「だから、無意識のうちに基礎レベルそのものを抑えていた可能性も考えられるのではないかと」

「なるほど、俺たちの時代は計測器自体がなかったからな。だが──」

 清夢は戦場に目を戻し、続ける。

 だが、決定打に掛ける。特高レベルを相手に、レベル60台4人ではまだ足りない。

 彼女たちの息が上がっている。花丸の回復術も効果が薄くなってきている。じわじわと、押されつつある。

 いきもの係は生徒とコロボックリの誘導で手一杯。教師陣にも精霊人は数人いるが、戦力としては期待できない。

 学校内の戦闘である限り、自衛隊と機動隊に手出しはさせない。そのために清夢はここから見張っているのだ。

 この戦況を打開できるのはもはや光宙みつひろしかいないのだが、彼は黙して動かない。じっとどっかん屋を、いや、だいだらぼっちを見つめているだけだ。

「──ジリ貧だ」


         *


 だいだらぼっちは数匹のコロボックリに懐かれるようになった。

 今日は鬼ごっこのような追いかけっこのような遊びで、だいだらぼっちの周りをにゃーにゃーとはしゃぎまわっている。

 だいだらぼっちは楽しい気分に浸っていた。心穏やかとは、きっとこのことなのだろう。

 そんなある日に、事故は起きた。

「おーい、そっちはじばんがゆるいからちかずいちゃいけないぞー」

 追いかけっこの中、一匹のコロボックリが奥へ走っていった。だいだらぼっちが注意するが、やーいやーいとばかりに飛び跳ね、そして転んだ。

「しょうがないやつだなあ。いまたすけてやるから──」

 地鳴りがした。コロボックリも軽くはない。そこへ加えてだいだらぼっちが近づいたため、地盤の崩壊が一気に進んだのだ。

「あぶない!」

 岩の塊が、コロボックリの頭上から落ちてくる。

 咄嗟に、だいだらぼっちは拳に神通力を込めた。

 長い長い腕が、ものすごい勢いで加速する。ついには音速を超え、岩塊を打ち砕く。

「だいじょうぶか? けがしてないか?」

 コロボックリを捕まえて広場まで戻るが、小さなもののけは腕を振りほどいてよたよたと逃げ出した。

「どうした、なぜにげる?」

 にーにー泣きながら、腰を抜かしながらもコロボックリはだいだらぼっちから逃げる。明らかに怯えていた。

 だいだらぼっちは、もうどうしたら良いのかわからなくなった。


 光宙みつひろは校庭の奥から、だいだらぼっちとどっかん屋の戦いを見ている。

 いや、だいだらぼっちから目が離せなかった。

 光宙みつひろの持つ神通力”字幕表示”。相手に話す意思がなければ対象の心の中は見えないのだが、今だいだらぼっちは過去の出来事を思い返している。その深い悲しみ、戸惑い、憤りが強く放たれている。

 光宙みつひろの顔は、苦渋に歪んでいた。

 過去が、重なって見える。

「あいつは……俺と同じだ」

 そのつぶやきは、誰にも届かない。

 あいつは、俺と同じだ。道を誤った俺。自分自身に、どうして攻撃ができよう。


         *


 戦況は悪化の一途だった。

 風鈴と美優羽が敵を挑発して攻撃を仕向けさせ、それを避ける。撹乱させたその隙に、留美音が月精三日月衝クレッセント・インパクトを叩き込む。消耗すれば、花丸の”玉露”で回復を図る。

 それでも次第に、全員が体力を削られていく。玉露の効果も弱くなってきている。

 あたしがなんとか攻撃に回らないと。前線を美優羽に任せ、花丸の回復術を受けている中、風鈴は攻撃の隙を窺う。

 泥沼の戦況に、だいだらぼっちが動いた。長い腕を大きく振りかぶる。

 だいだらぼっちの身長は人間の約3倍。そして腕の比率は倍近くある。

 本来人のトップアスリートは、時速170キロでボールを投げることができる。すなわち、人間の指先は時速170キロを超えるということだ。

 ここへ、人間の6倍の長さの腕にさらに神通力が乗ったらどうなるか?

「まずい!」

 花丸が叫ぶ。

 だいだらぼっちの長い長い腕が、弧を描く。その指先はみるみる加速し、ついには音速を超え、空気を引き裂く。

 衝撃波が、風鈴を襲う。

 到底避けられるものではなかった。だが、風鈴はさほどのダメージを受けずに済んだ。

「美優羽!」

 風鈴の前に美優羽が割って入り、身代わりとなったのだ。

 苦しそうにうめきながらも、風鈴の腕の中で彼女は薄目を開けて微笑んだ。

「風リン……良かった……」

「あんた、なんで……」

「……憶えてる? あたしと風リンが出会ったときのこと。あたし、命を救われたから、いつか必ず返すって……」

 半年ほど前、駅前のタワーマンションの屋上から、美優羽は飛び降りた。

 自殺ではない。レベル20台の不安定期のため、情緒不安定になっていたのだ。神通力は、ありまーっす! とか言って飛び降りた。

 その時たまたま居合わせた風鈴が、当時まだ不慣れな飛行術を駆使して助けたのだ。

 あんな衝撃的な出会い、忘れるはずがない。

 風鈴は、美優羽を抱きしめた。

「ああん」

 とか艶めかしい声を上げる美優羽は無視。

 風鈴にも回復術はある。”春風”と名付けたその神通力を展開しようとするが、

「お前は前線へ戻れ! 回復は私が専門だ!」

 花丸に怒鳴られ、風鈴は我へ返った。

 だいだらぼっちが、再び振りかぶっている。あれをもう一度受けたら、今度こそひとたまりもない。

 そこへ、太陽を背に、留美音が落ちてきた。

闇精縛影陣シャドウ・プレス!」

 ぎいん! と金属的な衝撃が響いた。

 だいだらぼっちの足元の影を狙って発動した留美音のこの神通力は、影を縛り付けて動きを封じる効果を持つ。光宙みつひろの”影踏み”と似ているが、使えるのは晴天下のみ、神通力を含めた全ての動きを封じる、などの違いがある。

「風鈴!」

 留美音に促され、風鈴はときの声を上げる。神通力が、風鈴の周囲に幾つもの真空の円盤を作り出す。

真空裂盤刃アトモス・エッジ!」

 そして、敵めがけて一気に射出する!

 だが。

 それでも有効打にはならなかった。あちこちに擦り傷を負っても、敵の戦意はまるで衰えを見せない。闇精縛影陣シャドウ・プレスもすぐに効果が切れてしまった。

 殺傷力の高い神通力を使うには、覚悟がいる。ましてやそれがロクに効かないのだ。ゾンビを相手に銃を乱射するホラー映画と同様、精神的な消耗は計り知れない。

 このレベル差でクリティカルにダメージを入れるには、留美音との連携攻撃が欠かせないが、二人がともに攻撃に集中できる戦況にもっていくこともできない。

 ──ジリ貧だ。

 風鈴、いやどっかん屋の心は今、恐怖と絶望で折れる寸前だった。


 屋上から、未来が戦いの行く末を見守っている。その顔色は青く、どっかん屋と心境を共有しているかのようだった。

「万が一の時は、俺が出る」

 そんな未来へ、清夢は声をかけた。まさか! という顔が向く。

「大丈夫だ。俺の臨戦霊装を知るのはお前たち超高レベルを除けば、総理大臣と天皇陛下だけだ。速攻で片付ければどうとでもごまかしようはある」

 未来には、彼の提案に答えることができない。どっかん屋が覚悟を決めて戦い、彼もまた覚悟を決めてこう言ってくれているのに、受け入れることも拒否することもできない。これでは光宙みつひろを叱れない。自分もまた、迷って動きが取れなくなっている。

 今こそ、超高レベルの自分が動くべきときなのに。

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