第4話(花鳥風月!4の3)
3
なぜ怯えているんだ? 俺は、こいつを助けたはずなのに。
なぜおびえているんだ? おれは、こいつをたすけたはずなのに。
わからない。
わからない。
どうすれば良い?
どうすればいい?
どうすれば、この嫌な気持ちが治まる?
どうすれば、このいやなきもちがおさまる?
そうだ──暴れよう。
「
はっと、
だいだらぼっちはどうだろうか。きっと、コロボックリに会いたいだけだろう。
けど、会ったらどうするだろうか? あの気持ちを、どう伝える?
きっと、暴れるだろう。衝動の赴くままに。
だが自分には、だいだらぼっちをを止める資格がない。
あのとき未来が止めてくれなかったら、自分もそうしていたに違いないから。
その時、風鈴の絶叫が
風鈴は叫ぶ。思い通りに行かない子供が駄々をこねて上げるような、悲鳴じみた叫び声。だがそれは、だいだらぼっちのものとは断じて違う。
雄叫びだったのか悲鳴だったのか、それは風鈴自身にもわからない。
ただ彼女は、身の内のわだかまりを全て吐き出すかのように声を張り上げていた。
数十秒も過ぎ、絶叫はようやく収まった。
嗚咽をあげているのか息を荒らげているのか、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をし、風鈴は口元を拭った。そして、だいだらぼっちを指差し、
「あたしは──あんたなんか怖くない! 怯えているのはあんたの方でしょうが!」
彼女が誰を重ねて見ているのか、だいだらぼっちにはわからない。何か非常に強い感情を持って訴えかけていることしかわからない。だいだらぼっちは唸りを上げて、彼女の訴えをただ聞いている。
「──今度はあたしがあんたを助けるから──だから、いつまでも泣いてんじゃねえよ、バカヤロー!」
そうか……俺は泣いていたのか。
あの事件から数日、二人の関係は次第に元へ戻っていった。そう思っていた。だが二人の間には深い溝が刻まれていた。
彼女はだいだらぼっちへ手を差し伸べている。その手が
──私の妹達を、助けてあげて。
未来の言葉を思い出し、
かなわねえな。あいつには。
だいだらぼっちには、彼女が何を言っているのかわからない。ただ、心がざわつく。彼女の必死の叫びに、イライラがますます膨れ上がってくる。だいだらぼっちは唸り声を咆哮に変え、右腕を大きく振り上げた。音速を超える拳で、直にぶん殴ってやる!
その時、校庭を駆け抜けた光の柱が、だいだらぼっちの右半身を消し飛ばした。
低い角度で現れた光の柱は、あまりにも直線なために遥か遠くで上空へせり上がっていくように見える。
断末魔が上がる。いや、死んではいないが、まさに断末魔の如き絶叫だった。
*
未来が震えている。その顔は、嬉しいのか驚いているかよくわからない。
清夢は専用通信機の受話器を取った。がなりたてるように着信音が響いていたためだ。防衛大臣からなのはわかりきっている。
「はい。……え? 今の光はなんだって? 特高レベルじゃないのかって? ……いやあ、とっさのことなのでわかりませんなあ。はっはっは。俺は現場の指揮で忙しいんで、これで」
なおも受話器の向こうからがなり声が聞こえるが、清夢は無視して通話を切った。
「
未来は泣きそうだった。彼女もいろいろな思いで感極まっているのだろう。
清夢は立場上、冷静でいるしかなかった。
政府は特高レベルの人材を欲している。条約上、超高レベルは自由に使えないための次善策だ。
校内の出来事とはいえ、政府の目が光っている時にはあまりひけらかさないでほしいものだが……。
*
遠くでせり上がっていくようにすら見える光の帯。
だいだらぼっちは右半身を失い、絶叫を上げている。神通力の煙が傷口から吹き上がっている。
どっかん屋は、四人が四人ともぽかんと空を見つめていた。
そんな彼女たちへ、
「まったく……肝心なところでダメだなあ、フウ姉は」
風鈴は
「な、フウ姉?」
「……あ、あ」
ありとあらゆる感情が、風鈴の胸中を駆け巡る。
小学一年生の夏休み最終日。
風鈴は宿題に追われていた。計画的に進めていたはずなのに、算数ドリルが一冊残っていたのだ。
なぜこいつは、変なところできっちりこなしてしまうのか。
「まったく……肝心なところでダメだなあ、フウ姉は」
からかうような
「あんたにだけは言われたくないわよ! このバカ弟!」
ヒステリックなその叫び声に、誰もが一瞬思考が停止した。
「え? 姉? え? 弟? え、ええぇ~?」
美優羽は二人を交互に指差し、完全に混乱している。
留美音も、まじまじと二人を見つめている。
「そうか……そういうことか……」
花丸は、唐突に理解した。
以前からこの二人からは幼馴染み以上の絆が感じられた。風鈴は必要以上に
だが、それは違った。あれは、手のかかる弟にやきもきする、姉としての振る舞いだったのだ。
「けっ、たった二ヶ月で何が姉だい」
「うっさいわね、あたしのほうが年長者なのは確かなんだから、敬いなさいよ!」
「へいへい」
二人は、調子を取り戻した。肩をすくめる
「それよりも、今はあいつの相手が先だろう?」
言われ、どっかん屋は目を向ける。
だいだらぼっちは、失われた部分を再生し始めていた。
「不死身か、あいつは……」
閉口する花丸。
「大丈夫よ」
風鈴は、
「ここからは、あんたも戦ってくれるんでしょう?」
「いや?」
風鈴は目をむく。反論される前に、続ける。哀れみの目を、だいだらぼっちへ向けながら。
「政府の目が光っている中であまり派手な神通力はまずいし、俺の術じゃあ、あいつを殺しちまうだけだ」
真剣に、
「なあ、どっかん屋。あいつは異端なんだよ。ベースはコロボックリ。おそらくはコロボックリの主が、実験か何かであのだいだらぼっちを作った。異端は迫害され、多数派を憎む。俺達は、そうはなりたくない」
耳の痛い話だった。風鈴たち精霊人はただでさえ異端なのに、
「……言いたいことはわかるわ。けど、それじゃあどうすれば?」
「言っただろう? 救ってくれるって。お前らにはその力があるって、俺は知っている。そのための方法……そうだな、ひとつ教えておく」
「え、あの術が? ……わかった、やってみる」
「俺は直接戦闘に参加はできないが……」
風鈴だけでなく、メンバー全員の衣装が変化した。先日、留美音のために開かれた写生会のときの、魔法少女の衣装。風鈴は青、花丸はピンク、美優羽は赤、留美音は黄色を基調としたデザインだ。
ふおお、と美優羽のテンションが上がるが、彼女も同じ目に遭っていることを分かっているのだろうか?
「あのねえ、遊んでる場合じゃ……」
「いや、待て。感じないか?」
花丸の指摘に、風鈴も気づいた。
身の内から、熱っぽいものがこみ上げてくる。いつの間にか、疲労感も身体のあちこちにあった擦り傷も消えている。
レベルが、少しばかり上がったような気すらする。
「名付けるなら、”お日様の守り”といったところか」
「……ふーん、あんたにしちゃあ、気の利いたことをしてくれるじゃない。防御力も上がってるんでしょう?」
「もちろんだ」
風鈴はうなずき、メンバーを見渡す。仲間も、覚悟は決まったようだ。
「よし、あたしも攻撃に回るわ。他は同じ配置で。……あ、そうだ」
風鈴は、留美音に耳打ちした。
「この前の恋文の件だけど」
「……?」
「あれはラブレターなんかじゃないわ。あいつに謝りたかっただけよ。昔、酷いことをしちゃったから」
照れくさそうな表情に、留美音の顔もほころんだ。
「そう……なら、いつかそうできると良い」
「うん」
彼女とのわだかまりも、これで解決した。改めて、風鈴は敵へ向き直す。
だいだらぼっちは、全身の再生を完了していた。苦しそうなうめき声も、元の憤りに満ちた唸り声に戻っている。
だが、どっかん屋に恐怖はもうない。頼もしい友人が、見守っているから。
風鈴は、颯爽と号令をかけた。
「花鳥風月! どっかん屋出撃よ! 目標、だいだらぼっち。懲らしめるわよ!」
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