第4話(花鳥風月!4の1)

   花鳥風月!どっかん屋 第四話


         1


 大太郎法師。伝承では訛って、だいだらぼっちとも呼ばれる、日本のもののけ。

 だいだらぼっちの主は、千年以上も前に遥か西方から長い旅の末にこの東の果ての地に落ち着いたと聞く。

 だいらだぼっちは、主のしもべとして生まれた。西洋の伝承にあるギガンテスを参考に作られたらしい。

 だいだらぼっちにとっては、出自はどうでも良いことであった。彼は主に仕えることが全てであり、そもそも彼はあまり頭が良くなかった。

 腕力と神通力を駆使して、主に力仕事を担う。武蔵の国と呼ばれる土地の遥か地下を、彼は主のために掘り進めた。

「おうさまー、ほってきたぞー! ろ[#「ろ」に傍点]にいれればいいのかー?」

 主の居住区まで数珠つなぎのトロッコを、だいだらぼっちは引っ張ってきた。トロッコには掘ったばかりの土が山盛りに積まれている。

 このあたりはヒヒイロカネの鉱床となっているとかで、だいだらぼっちは主の指示通りにあちらへこちらへと掘り進め、今ではすっかり洞窟と化してしまった。

 鳥居をくぐれば、主の居住区だ。その片隅にある炉へ土を放り入れ、だいだらぼっちは本殿の中を覗き込んだ。

 だが、そこに主はいなかった。


         *


 空は、雲一つない日本晴れ。ここが洞窟の中だと言われても、信じる人はいないだろう。

 空気の質も、実界よりも格段に良い。未来は肺の中の酸素を全て入れ替えようと、大きく深呼吸をした。

 ようやく、ここまで来た。穏便に済ませることの、なんとまどろっこしいことか。実界で自分が暴れて済ませられるなら、どんなに楽だったか。

 鳥居をくぐったばかりのところに、未来はいる。この亜界の主は、ずっと奥にある本殿にいるだろう。石畳の参道を、ゆっくりと進む。

 敵意が、あたりに渦巻く。玉砂利を踏みしめる音がする。ひーふーみー、と数え、面倒くさくなってやめた。無数のもののけが、未来を取り囲むように現れた。

 大半は、野犬や熊をベースにした動物型のもののけで、おおむねレベル50台。

 特高レベルは3体いるか。右手に土蜘蛛、左手にケセランパサラン、正面に鵺。

”試練”なら特高レベルが1体だけ出てくるという調査結果だったから、やはり”排除”モードなのだろう。

 だが、未来は拍子抜けとばかりに肩をすくめてみせた。

「やっぱり大したことはないか。臨戦霊装の必要はなさそうね。けど……」

 握りこぶしを前に構える。神通力が集まり、金色に輝く長さ六尺ほどの棍棒と化す。

 神通力”金の棍”。神通力は個人差があるために個々で独自に身に着け鍛え上げていくのが通例だが、未来はできるだけ共通して使える神通力を模索し、これを開発した。どっかん屋といきもの係のうちの数人に伝授することに成功している。近接戦闘用の、神通力による武器だ。

 その金の棍を、棒術のごとく斜めに構える。

「私もフラストレーションが溜まっていたからね……。少しばかり、暴れさせてもらうわよ?」

 生徒たちにも妹にも見せたことのない好戦的な笑みを、未来は浮かべていた。

「紫電一閃! どっかん屋、篠原未来。本気で行きます! ……少しだけね」


 なんとなーく、カメラ目線じゃなかった? と、”彼女”は思った。最後に照れ笑い浮かべてるし。

 かつての学友、篠原未来は亜界の神社で戦闘を開始した。多対一だが、彼女は世界で有数の超高レベル精霊人だ。

 金の棍を一閃、もののけが次々と霊子の煙に還り、風に流され掻き消える。死骸が残らないところを見るに、動物ベースのもののけも完全に人造製のようだ。

 本来人は無論、精霊人でも自律型のもののけを作れる者はいない。やはりここの主は先文明人か。

 高レベルの敵をあらかた片付け、未来は今度は土蜘蛛を標的に棍を振るう。

 しかし、土蜘蛛はこれを耐え、前足を振り上げて未来に襲いかかる。

 土蜘蛛の背中から、霊子の煙が吹き上がる。未来が棍で土蜘蛛を貫いたためだ。

 ほどなく、土蜘蛛も無へ帰す。臨戦霊装をまとわない素の状態だと二撃かかるか。

「シャーッ!」

 奇声を上げ、鵺が猿の口を大きく開ける。雷気を帯びた霊子の塊が吐き出される。

 これを、未来は棍を立てて突き出した。雷気弾は真っ二つに割れて、離れたところで四散した。

「私と雷で勝負する気?」

 不敵に、未来が笑う。鵺は雷を操るもののけで並の精霊人では歯がたたないところだが、いかんせん相手が悪い。

 バチバチと放電を起こす棍を、鵺へ叩きつける。雷のもののけを、より強力な雷をもって強引に倒す。圧倒的な力量差だった。

「ついで!」

 返す刀ならぬ返す棍で、残るケセランパサランに斬りかかる。だが、敵は一瞬真っ二つにされたあと、すぐにくっついてもとに戻った。

 ケセランパサランは、小さな毛玉のような個体が多数集まって出来たもののけだ。打撃系で倒すのは容易ではない。

 ここまで金の棍と体術だけで戦っていた未来が、初めてまともな神通力を見せる。

 未来の背中に現れた8個の太鼓。大きな輪で繋がっている。カミナリ様が背負っているアレだ。輪を倒し、その中央に立つ。8個の太鼓が彼女を取り囲む格好だ。

 ケセランパサランは複数に分裂し、全方向から襲いかかる。

雷太鼓かみなりだいこ

 術名を唱え、正面の太鼓を叩く。

 未来を中心に、青い光が縦横無尽に広がる。ケセランパサランは全てが瞬時に焼き尽くされ、わずかに残っていた動物型もこの一撃で消え去る。

 境内に静けさが取り戻される。

 未来が構えを解くと、太鼓と棍も消え去る。

 まさに、圧勝であった。

「さて」

 未来の意識が本殿へ向けられたときのことである。

 その背中に殺気が向けられたことに気づき、”彼女”は叫んだ。

「後ろだ、雷神!」


         *


「みっくんが動き出したわ。お願い、力を貸して!」

 遠い異国から面倒な手続きを踏んでまでして上江に懇願されたが、”彼女”の返答はやや冷めたものだった。

「すまないが条約上、ボクはこの国から動けない」

”彼女”は今、就寝前のシャワーを浴びている最中である。たまたま水を介して連絡を取りやすい状態ではあったが、条約を破ってまでどっかん屋に介入する気はない。

「……私が動く分には構わないんでしょう?」

 しばしの逡巡、意外な提案が返ってきた。

「超高レベルならそういう[#「そういう」に傍点]神通力もあるでしょう? 私の身体を使って、助けてあげて」

「わからないな……。君はまだ彼女たちと関わって間がないはずだ。なぜそこまで入れ込むんだい?」

 上江の返答は、シンプルなものだった。

「誰かを好きになるのに、理由なんかいらないでしょう?」


         *


”彼女”に言われるまでもなく、未来は殺気を感知していた。反射的に繰り出した後ろ蹴りが、刺客のみぞおちに見事に決まる。

「隙を突けば超高レベルを倒せると思ったのかしら? お粗末ね」

 返り討ちにしてからの確認。超高レベルには自動迎撃システムでも搭載されてるのかと、刺客は思ったことだろう。

 見ると鳥居の上に”彼女”はいた。賞賛の拍手を送っている。

「やあ先生、さすがですね」

 いきもの係のリーダー、開平橋上江だった。だが、未来は呆れてため息を付いた。

「わざとらしいわよ、イシター」

「オー、ソレは誰デスか? ミーは開平橋上江ネー」

「わざとらしいからやめなさい。あなたちょっと英語訛りが残ってるくらいで、日本語完璧でしょう」

「ちぇ、バレないと思ったのに」

「ウンディーネという時点でばればれよ。上江さんの臨戦霊装は河童よ、私の見立てではね。それに、私を雷神などと呼ぶのはあなただけよ」

 上江は唇を尖らせて拗ねるが、この表情は未来が見知った旧友のものだ。

 中性的な整った顔立ちに、栗色の短髪。双子の弟、開平橋太郎右衛門と同じ顔の少女、上江。しかしその中身は、未来の旧友であり超高レベル精霊人の一人である、イシター・エインズワース。今は彼女の臨戦霊装である、ウンディーネをイメージした水色のドレスのような衣装をまとっている。

「わざわざスコットランドから上江さんにリンクしてるの? ご苦労なことね」

「いや、イギリスが欧州連合EUから離脱してしまったから、今はベルリンに住んでるよ。故郷を離れるのは、残念だったけどね」

 EUは3人の超高レベル精霊人を抱えている。世界の政治情勢に振り回される彼女に同情するとともに、清夢の「同期の仲間と離れ離れにしてしまってすまない」という言葉を思い出した。

「で、その刺客だけど」

 イシターは鳥居から軽やかに飛び降り、未来が倒した刺客を指差す。

 刺客は忍び装束をまとっていたが、気を失ったのだろう、自衛隊らしき制服姿に戻っていた。

「忍び装束は臨戦霊装だったようだね」

 特高レベルや超高レベルの精霊人が臨戦態勢に入るとき、あふれる神通力が衣装となって現れることが知られている。

 つまり未来は臨戦態勢に入らぬ素のままで特高レベルをあしらっていたことになる。

「闇の精霊人、特高レベルといったところかしらね。特高レベルの隊員がいるなら、あのもののけの対処をさせればいいのに、なんで超高レベルの暗殺なんかを企てるのやら」

「政府からすれば、力はあっても、いや力があるだけに思惑通りに動いてくれない手駒は処分したいのかもしれないな」

「……そのあたりは清夢さんにまかせてますから」

 大臣が仕向けた刺客だろうが、尻拭いは清夢がすることになるのだろう。難しいことは丸投げにしてしまっていることを申し訳ないと思いつつ、甘えてしまっている自分が情けない。

「とりあえずこいつは地上へ送り返すか。あのコンセントのところから転送できるんだろう?」

「あ、ちょっと待って」

 未来は懐から本を一冊取り出した。タイトルは「勇者彼女がトイレから出てきません」。イクメン作家の木本雅彦氏が描く異世界ファンタジー。

 それを、気絶中の刺客の懐へそっと忍ばせる。

「これでよし、と」

「君はまた何をわけのわからないことをやっていますかね?」

「あら、布教活動って大切よ?」

「学生時代から変わらないねえ。まあいいけど」

 刺客の首根っこを掴んで鳥居から洞窟へ出ていったイシター。しばらくすると、手をはたきながら戻ってきた。

「さて、久しぶりだし積もる話もあるんだけどイシター、悪いけどあなたは帰ってくれるかしら?」

「大丈夫だよ、ボクはむやみに介入するつもりはないし、この上江ちゃんも今は眠っているから、ここでの出来事は記憶に残らない」

 条約に縛られた身ということもあるが、冷めたところのある彼女を突き動かした上江も大したものだと、未来は心の片隅で感心した。

「まあ見てるだけなら、少しの間はかまわないけど──」

「──ボクも介入しないといけなくなりそうかな?」

 二人は、本殿に注目していた。

 異常な量の、霊子が集まってきている。おびただしいまでのその霊圧は、超高レベルに匹敵する。

 本殿に、どうやら主が現れたようだった。


         *


 本殿には、主に仕えていた女がいた。彼女もまた、主によって作られたらしい。身の回りの世話をしていたので、主がどこへ行ったのかを知っているだろう。だいだらぼっちは行方を聞いた。

 だが、彼女は首を横へ振るばかりだった。難しい話は、だいだらぼっちにはわからない。お隠れになったとか言っていたので、誰かに追われているのかもしれない。こういうときこそ、自分の出番ではないか。

「え? いらない? コロボックリとあそんでろ?」

 しばらく仕事はなさそうだ。だいだらぼっちはコロボックリが住まう地域へ行くことにした。洞窟の一部を改装したもので、彼らも主のしもべだった。

 そういえば、主が言っていた。だいだらぼっちとコロボックリは同じだと。大きさが随分違うが、同じならきっと気が合いそうだ。


         *


 だいだらぼっちは大穴を背に、低く唸っている。あの唸り声だけで、本来人なら震え上がるだろう。

 フェンスの向こうで構えた姿勢の自衛隊・機動隊の人たちも、今にも発砲してきそうな緊張感だ。

 身長はおよそ5メートル。筋骨隆々とした上半身で、腕が異様に長い。対し、かなりの短足で、見ようによっては滑稽でもある。背筋せすじを伸ばしたままナックルウオークができそうだ。身体を覆うのは腰巻きのみで、全身緑色の巨体が見るものを圧倒する。

 だいだらぼっちに動きはまだない。何かを探っているかのように、あちこちへ目を向けている。禿頭とくとうで彫りの深い顔がまた恐怖を誘う。

 風鈴は、敵に動きがない隙に、屈伸運動をしている。準備運動というよりも、こわばりかけた身体に活を入れるためだということが、光宙みつひろにはわかる。

「なあどっかん屋、本当にやる気か?」

「あたしは」

 風鈴は、光宙みつひろを睨みつけた。脅威に抗いながらも、悲観した様子はない。

「あたしたちは、どんな相手でも絶対に恐れたりしない。懲らしめなきゃいけないのなら、懲らしめる。助けなきゃいけないのなら、絶対に助けてみせる! ……あんたはそこでおとなしく見ていなさい。あとで反省文たっぷり書かせるからね!」

 一度言い出したら聞かない性格だということはよく知っている。

 20もレベルが上の相手に、本気で戦うつもりだ。

「みっくん」

 ぷい、と背を向けてしまった風鈴に代わり、留美音が声をかけてきた。抑揚のない声に、精一杯の優しさを込めて。

「デートの約束があったよね。この戦いが終わったら、行こう」

「何のフラグを立てとるんだ、お前は」

 留美音の脳天にチョップをかましたのは、花丸。一度だいだらぼっちを見、つとめて気楽そうに語る。

「私達に任せておけ。あれを倒せば、万事解決なのだろう?」

 留美音も花丸も、意図的に軽い調子を演じている。光宙みつひろはそう思っていたのだが──、

「べえぇーーーっ」

 あっかんべーとべろべろばーを混ぜたような顔で迫る美優羽に、思わずのけぞった。

「何を馬鹿みたいに深刻になってんの? 人間の行動原理なんて、シンプルなものなのよ。あたしの場合は、全ては風リンのために!」

 背を向け風鈴へ手を振り(そしてそれは無視されて)、背中越しにちらりと光宙みつひろへ目線を送り。

「──ま、その風リンがあんたを助けたがってるんだから、しょうがないね」

 四者四様の対応に、光宙みつひろは戸惑う。彼女たちなりに、自分を元気づけようとしているのか。こんな時にまで。

 風鈴は外した眼鏡を光宙みつひろへ押し付け、三つ編みを結わっていた紐を解く。ゆるふわ三つ編みから、軽くウエーブの掛かった長髪が開放された。ふおお、と美優羽のテンションが上がる。

 光宙みつひろは知っている。これは、風鈴が本気になった証だ。

「銀の棍!」

 かざした拳から現れるは、未来直伝”銀の棍”。

 だいだらぼっちの目が、どっかん屋に向く。

 先頭に立ち、風鈴は声高らかに名乗りを上げた。

「疾風怒濤! どっかん屋、篠原風鈴。本気で行くわよ!」

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