第3話(花鳥風月!3の5)
5
八年前。風鈴と
祖父は町工場の社長で、ロケットの部品を作ったこともあると豪語していた。
祖母は温厚な専業主婦で、研究所勤めだった両親に代わって三人を育ててくれた。
実のところ、
だが、出自がわからずとも、
八年前、家族で海へ行った時、あの事件は起きた。
世界中で同時多発的に強大なもののけが出現し、世界が混乱に陥ったあの時期。
それまではオカルト扱いだった神通力ともののけが、世界に認知されることとなったあの時期。
未来が駆けつけた時、風鈴は泣いていた。幼い頃から気の強い風鈴が、しきりに泣いていた。その前では、
彼の後ろにある海は、真っ二つに割れていた。
数日の間、
*
強い振動に、未来は虚空を見上げた。
ほとんど同時に、少し離れたところの岩壁が崩れ落ちる。
大質量の荷電粒子砲が上方から撃ち込まれたことが、未来にはわかる。絶妙な飛程でブラッグピークを起こして消失する。
”陽子砲”を完璧に使いこなしていることに、未来は驚嘆を覚える。あの時以来、一度も使ったことはないはずなのに。
しばらくして、トンネルの奥から一人の少年が現れる。よく見知った少年、
続いて現れたのは、予想外の人物だった。
「勝手に先に行くな、
どっかん屋の、綾瀬川花丸。ドレス姿というのも意外だが、あれは空中クレヨンによるものか。
多目的ホールにでも使いそうな、だだっ広い部屋。天井は高いが、壁や床と同じ無機質なデザインだ。
その一番奥に、ひときわ異質の物がある。
鳥居だ。直線的でシンプルなデザインの、しかし大きく荘厳な神明鳥居。
その鳥居の近くに、一組の男女。一人は見知った女性。どっかん屋の顧問でもある篠原未来だ。
その側で彼女を守るかのように無言で佇む男性にも見覚えがある。確か、精霊幕僚長の紫藤清夢。
政府要人がいるという事実に、花丸はただならぬ事態を予感した。
静かに、未来が口を開く。
「風鈴を連れてくるのだとばかり思っていたのだけど、意外ね」
「たまたまだよ。俺は一人で来るつもりだった」
「ドレスまで着せて?」
「……まだ効果が切れてなかったか」
「何の話だ? 篠原先生までこんなところで。それにここは一体?」
「聞いてないの? ここはね……」
返答が途中で止まる。
未来はため息を付いた。
「あきれたわね。ここまで来て、まだ迷ってるの?」
ここまで無言を貫いていた清夢が、
「これ以上は猶予できない。辞退するなら、政府が介入するしかなくなるぞ?」
苛立ってきていたのは、花丸も同様だ。
「だから、一体何の話なんですか? そちらのおじさんは政府の人でしょう? そんなのが来なきゃいけないほどの事態なんですか?」
おじさん呼ばわりされた上にそんなの扱いまでされた清夢がいささかショックを受けたようだが、未来は特に咎めたりはしないで必要な情報のみをまとめた。
「簡単に説明すると綾瀬川さん、あなたの協力が必要なのよ。でないと、コロボックリたちを政府が処分しなければならなくなるの」
コロボックリはどっかん屋も取り組んでいた問題だが、思っていた以上に根が深いようだ。まさか、政府が絡んでいたとは。
得体が知れないが、
「……わかった。
「じゃあ、仮契約でいいわね? それでこの急場はしのげるから」
しぶしぶとだが、ようやく
時間がないからすぐに始めるぞ、と清夢が場を仕切り始めた。
「手順はこちらで調査済みだ。あの馬鹿大臣が隊員に実践させようとして、大怪我を負わせてしまったがな」
「……もしかして危険なんですか?」
「大丈夫よ、いざという時は私が守るから」
やっぱり危険なんじゃないですかー、と脳内で叫ぶ花丸だが、今さらあとには引けなかった。
「それでは二人とも鳥居の前へ立て。不破学生は直立のまま、綾瀬川学生は一礼だ」
学生って防衛大学かよと脳内で突っ込み、言われるままに鳥居の前で花丸は頭を下げる。
「不破学生は鳥居の中央を渡れ。左足からだ。綾瀬川学生はその後ろをついていけ」
「中央?」
「そう、中央よ」
花丸の質問に答えたのは、未来。
神社での作法と似ているが、花丸は違和感を覚えていた。作法通りに鳥居をくぐるのなら
ともあれ、二人は指示通りに鳥居をくぐる。
世界が、変わった。
洞窟が消え失せた。見上げると、鳥居だけは変わらず荘厳にそびえ立っている。
二人は、神社の境内のようなところにいた。目の前から遠くまで石畳の通路が伸び、両側には玉砂利が敷き詰められている。
遠くには、本殿らしき木造の建物が見える。
空は、青い。洞窟内では決してない。
驚きのあまり、花丸は呆然と周囲を見渡すことしか出来ない。
後方は、野山が広がっている。だが、誰も居ないはずの鳥居の向こうから、未来の声が聞こえた。
「成功ね。今度は鳥居の端から戻ってきて」
この鳥居は一体どうなっているんだ? と、叩いてみたり見る角度を変えたりしている花丸へ、
「早く戻ろうぜ。でないと試練が始まっちまう」
「試練?」
「いいから」
「お、おい」
手を引かれ、二人は鳥居を再びくぐる。
途端、視界が暗くなった。神通力で視力が回復すると、元の洞窟に戻ったことを知る。
安心した様子の未来が、二人をねぎらう。
「二人ともお疲れ様。あとは私に任せて学校へ戻ってちょうだい」
「え? 終わり?」
結局花丸には、今の一連の出来事が何を意味するのかよくわからなかった。
『花丸、留美音、応答して! 校庭まで戻ってきて!』
ここで、風鈴から”風の噂”による連絡が来た。対象の耳元で響く、指向性のある音声のはずだが、未来にも聞こえたようで、手近の壁へ向かった。
『ああ、ちょうど
『了解、急いでね!』
通話が切れる。けどここから戻るとなると一苦労だな。と思ったところで未来から声がかかった。
「ここから戻れるわよ」
「……はあ?」
腰が砕けそうになった。未来が壁に手を掛けると、コンセントが現れた。
なんでこんなものが洞窟に?
「
積極的に従うでもなく、力づくで逆らうでもなく、ただ黙って流されるがままだった
「
神通力が、二人を取り巻く。急に眠気が襲ってきた。目をつむって横になっていてもさらに落ちそうになるほどの、めまいにも似た感覚。遠のきかけた意識に、子守唄のように未来は言葉を続ける。
「だから、あなたも助けてあげて……私の妹達を」
途切れる意識の寸前で、術名を聞いた。それは、”電送”。
学校からここまで、電線を引いてある。未来が使用した神通力は、ここを通して物体を転送させる術だ。そしてそれは、生物にも適用できる。
無事に術を展開し、未来は息をつく。二人は今頃学校で眼を丸くしているはずだ。
気を引き締め、鳥居に目を向ける。結界は解け、異様な神通力の流れが渦巻いている。
「それでは行ってきます」
清夢は、落ち着いた様子だった。ここで彼がやれることはひと通り終わった。あとは、自分が行動する番だ。
「ああ。無関係の人間が入るわけだから試練どころか排除にかかるだろうが、まあ心配はしとらん。”あちら側”は条約も無効だからな。思い切り暴れてこい」
精悍な笑みを、未来は見せる。信頼しあった師弟の様相だった。
*
「あたしのことは、お姉ちゃんと呼びなさい」
「なんでだよ。兄弟でもねえのに」
「あたしのほうが年上じゃない」
「たった2ヶ月じゃねえかよ」
「2ヶ月でも! 従兄弟でも年上ならお兄ちゃんお姉ちゃんと呼ぶものでしょうが! いいから呼べえぇ!」
「いだだだ! 暴力反対!」
遠い意識の中、
ああ、そういえばそんなこともあったな。
あいつを姉と呼ばなくなったのは、いつからだったか。
まあ、些細な事だ。あいつとは今でもそれなりに上手くやっている。自分の何気ない言動に、何かといちゃもんを付けては追いかけてくる。いささか暴力的なところもあるが、悪い気はしない。赤ん坊の頃からの付き合いの、幼馴染み……。
「
誰かに揺さぶられ、
「いけね、寝ちまったか? 次の授業は……」
「しっかりしろ! ここは生徒会室だ」
言われて思い出した。未来の神通力で洞窟から転送されたのだった。
席の後ろの壁に、コンセントがひとつある。ここと繋がっていたのだろうか。
「篠原先生も、底が知れんな……。まさか人間を”電送”するとは」
うなる花丸だが、
「そうだ、校庭に集合だ!」
校庭は、整然さを幾分取り戻していた。いきもの係の功績だろう、コロボックリは校舎前の広場におおむね集まっているようだ。なにぶんコロボックリなので、校舎内へ侵入したりしているのもいるだろうが、校庭は無人と化していた。いや、一人を除いて。
「みっくん! 良かった……」
花丸と
「花丸、みっくんを治してくれてありがとう」
「あ、ああ。なんということはない」
歯切れが悪いのは、留美音が
「え、あんたたちが先?」
少したって、風鈴と美優羽が大穴から出てきた。美優羽が風鈴(のおっぱい)を抱えて飛ぶと提案するも、風鈴にも飛行術があるので丁重に断ったらしい。
「ああ、篠原先生が神通力で一気に送ってくれたんだ」
「お姉ちゃんが? あの洞窟で、なにが起こっているの? それにこの騒ぎ……」
周囲を見、空を見上げ、風鈴は不安げに言う。
校庭にこそどっかん屋と
上空には、マスコミのものらしきヘリコプターまで飛んでいた。
「先生たちが、自衛隊が校内へ入ろうとするのを食い止めているみたいだな」
校門では、校長・教頭クラスの教師が事情説明にあたり、他の教師は団結して校内へ踏み込ませないように見張っている。
未来教諭の指示によるものだろう。彼女は、生徒にも教師にも人望が厚い。
「さあ、
「……あの洞窟は」
言いかけた
彼は、風鈴から顔を背けたままだったからだ。怒りに満ちた風鈴が怒鳴りつける。
「話をする時は、相手の目を見て言いなさいよ! あんたはあたしの……!」
言いかけた言葉を、風鈴は飲み込んだ。
「……あんたはこの事件の被疑者でしょうが」
やむなく、
「あの洞窟は、コロボックリのすみかだ。それを篠原先生が発見して、保護していた」
コロボックリはしばらくして、政府に目をつけられた。
政府は、洞窟の最深部にある『施設』の調査を望んだ。
『施設』とは、花丸とともにくぐった鳥居の先の、あの神社のようなところである。あそこは亜界となっていて、コロボックリたちの主がいるはずだ。
これらの扱いについて政府とは、恩師でもある精霊幕僚長の紫藤清夢を通して交渉していたが、防衛大臣が調査を強行した。
その結果、最深部に封印されていたもののけが逃亡してしまった。
これだけで大臣の罷免は免れないが、機動隊や自衛隊にもののけの対処を任せるわけにはいかない。
洞窟やコロボックリ、ひいてはこの学校へ今後介入する口実になってしまうからだ。
「つまり、幕僚長はこう言いたいのだな? この騒動は、学校内で鎮めなければならない」
校庭の大穴へ目を向け、花丸が答えを述べる。
「安穏とした日常を守りたくば、
校舎側からの、校外からの、ざわめきが一層大きくなる。悲鳴すら混じっていた。
大穴から巨大な手が伸びる。
あのもののけは埋もれながらも諦めていなかった。
強引に抜け出たのか、遠回りをしたのか、どちらにしてももののけはコロボックリを追ってやってきた。
大穴の淵に手をかけ、一気に躍り出る。
全身を露わにし、ようやくその正体がわかった。
日本各地の伝承にもその名を残す巨人。
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