第3話(花鳥風月!3の1)
花鳥風月!どっかん屋 第三話
1
この日、生徒会室は緊迫していた。
ピリピリした空気の中、花丸と留美音が非常に真剣な面持ちで向かい合っている。背後からゴゴゴゴゴとか効果音が聞こえてきそうな雰囲気だ。
重々しく、花丸が口を開いた。
「”
「それはいったいどういうことなのか、説明を求める」
「うむ、『大の字になって寝る』という言葉通り、”大”は人の身体を模している。ならば”太”の、両足の間に付いている点は何を表すのか?」
「それはなかなかいやらしい発想。けど、大の字が女性だった場合、点はいったい何になるの?」
「それはもちろん、彼氏いない歴イコール年齢のご婦人が自らを慰めるための、乙女にみなまで言わせるな、恥ずかしいではないか」
「あんたたち、それ乙女がする話題じゃないからね? ていうかもはや腐女子ですらないわ」
げんなりとして、風鈴が二人へ言い捨てた。
週も半ばの水曜日。腐女子談話から入るのは、もはやどっかん屋会議の恒例なのだろうかと風鈴は嘆息した。
「恒例といえば、それ[#「それ」に傍点]もそろそろ恒例になったようだな?」
「はっ、いつの間に!」
花丸に指摘され、風鈴の二の腕に美優羽が頬ずりしていることに今さら気づく。百合娘の脇腹へ肘鉄を入れ、風鈴は机をバンと叩いて気を入れなおした。
「ともかく、今日の会議を始めるわよ!」
「そうは言うが、今週に入ってから大した案件は上がっておらぬよな?」
サブリーダー花丸の指摘に風鈴は小さくうめくが、ひとつ気がかりとなっている案件をホワイトボードモニターに映し出す。
「先週末から、学校のあちこちで猫の鳴き声のようなのが聞こえるって報告があるわ。学校周辺ではこの通り、コロボックリの目撃地点と重なってる」
「めざといな。ここ数日、コロボックリのいたずらが沈静化してるのとも重なるな」
「それともうひとつ」
半眼になり、風鈴が付け加えた。
「
「……それはさすがに邪推が過ぎないか?」
花丸も、授業中しか
「どっちにしても、平和なのはいいことじゃない? あたしも気兼ねなく風リンにもふもふできるし」
「ひっつくなっつーの!」
「まあ、美優羽の言うとおりではあるな。あとで適当に見回りをすれば良いのではないか」
「ふーん、珍しく意見が合うじゃない。ちょっとなら腐女子談話に付き合ってあげてもいいわよ?」
あたしがいやよ! と美優羽を叩く風鈴に、花丸が少し意地の悪い笑みを見せた。
「腐女子ネタが嫌なら、乙女の定番コイバナといこうではないか」
「ん? あんたにそんな浮ついた話があったっけ?」
身も蓋もない言い草に花丸の繊細なハートが傷ついたがそんなことでめげるようでは乙女はやっていられない。
「私ではなく風鈴、お前の話だ」
「ぬ?」
机に乗り出し、内緒話のように花丸は語り始めた。
「中学生の時、風鈴はとある男子へ告白しようとしたことがあってな」
「だあああぁぁぁ!?」
「なんやてええぇ!?」
風鈴の悲鳴と美優羽のエセ関西弁が重なった。
「なんでやなんでや!? そうなんやそうなんや!?」
「なんやねんなんやねん!」
「なんやねんてなんやー!」
なんやなんや言い合う二人に、思わず絶句する花丸。
……なんやだけで会話が成立する話を聞いた覚えは確かにあるが、この言い合いには無理がないか? ていうかどっかん屋は全員埼玉県出身のはずなのだが。それともこの二人はすでにツーカーの仲なのだろうか?
「花丸! そもそもあれはあんたの差金でしょうが!」
なんやの呪縛から逃げ出した風鈴が、美優羽の怒りの矛先をそむけた。
「まあ確かに恋文を書いたのは私と太郎右衛門だし、お前を焚きつけるようなこともしたかもしれん。だが、お前は自分の手で下駄箱へ投函したのだ」
ぐぬぬ、と二の句が告げなくなる風鈴。
「花丸」
無機質な声に目を向けると、留美音はいつもにもまして無表情だった。
「詳しい話を聞きたい。その男子とは、誰?」
「……ふふ、乙女の勘でも働いたか? だが、教えてやらん」
ねめつける留美音に受け流す花丸。この二人の仲が良いのか悪いのか、いまいち風鈴には判断がつかない。
「と、そういえばあの時、下駄箱を開けた途端にのけぞって、恋文に大きくバッテンをつけてから叩き込んだな。あれはなんだったんだ?」
ふと思い出したように、花丸が問う。留美音からも詰問の視線が注がれ、風鈴は非常な居心地の悪さを覚えた。
「と、ともかく!
半ば逃げ出すように、風鈴は生徒会室を飛び出した。
*
「……?」
廊下の中ほどで、風鈴は不審げに立ち止まった。追いかけていた他のメンバーが追いつく。
あたりを見回す風鈴に、花丸が聞いた。
「どうした?」
「なにか聞こえなかった?」
「いや?」
花丸も見回してみるが、特に不審な点は見当たらない。生徒が何人か談笑しているのが見えるくらいだ。
と、風鈴が神通力をまとうのを感じた。あの手振りは、”風の噂”か。離れたところと音声のやりとりが出来る術だが、微小な音を拾うことによって隠れたものを探るといった使い方もできる。
風鈴が術を展開しかけたその時。
(ふぅーっ)
「にょおおっ!?」
耳元に生温かい息を吹きかけられ、風鈴が素っ頓狂な声を上げてのけぞった。やったのは他でもない、美優羽だ。
「なにすんのよあほんだら!」
「ああん、だって風リンったら隙だらけだからついっでぐびをじめるのはやめでえぇげど風リンのよごぢぢがぁんっほおおおぉぉぉ!」
かなり本気でヘッドロックをかける風鈴だが、なんか苦しんでるのか喜んでるのかわからない美優羽に、あきらめ顔で突き放した。
「留美音、なにか見えない?」
「ん」
ひとつ頷き、今度は留美音が神通力を展開する。さきほどのいざこざの続きはまた今度。
留美音の身体が淡く光りだす。”
「………」
「どう?」
「なにも」
「……そう。じゃあ他をあたりましょうか」
留美音は嘘をついていた。だがひとまず納得したか、風鈴は渡り廊下から階段へ向かう。美優羽が小走りについて行き、花丸も後を追う。
留美音は少しばかりその場にとどまり、ある一点を見つめていた。彼女にだけ見えるそれ[#「それ」に傍点]は、そそくさとした足取りでどこかへ消えた。
ロッカーから校門脇を周り、西側校舎裏へ。駐車場と道路を挟んだ先にはテニスコートがあり、校舎にそって花壇が並んでいる。
いきもの係の名のほうで知られているが、正式名称は環境委員。花壇の世話は、彼女たちの役目である。
案の定、ひばち・あすなろ・山吹の三人がそこにいた。ただし委員会の仕事はまっとうせず、談笑にふけっている。
「いやー、昨日の結びの一番はびっくりしたねえ」
「小生、憤慨してるっす。あんなの横綱の相撲じゃないっす」
「まあ立ち合い変化は感心しないけど、ルール違反じゃないし。2敗してて後が無かったからねえ」
「それでも平幕相手にやることじゃないっす! 歴代最強と目される大横綱だからなおさらっす」
「相手も平幕ながら土付かずだったからね。まだ逃げきれる可能性もあるし、今日からの終盤戦も楽しみだねえ」
…………。
なんの話かと聞き耳を立ててみた風鈴が馬鹿だった。あいつらもコイバナはできないクチか。なお山吹はにこにこと二人の熱い談義に相槌を打っているだけだった。
「さて、あそこの会話を中断してもよいのかどうか」
「……好きにすれば」
わりとまじめに迷っている花丸に、風鈴は疲れ果ててうめいた。とりあえずひばちのヤンキー座りはなんとかしてほしい。パンツ見えてるし。
「こらそこの赤いの!」
「赤いの言うな犬耳!」
異議あり!と言わんばかりのポーズで、美優羽はひばちへ宣言した。
「風リンを誘惑していいのはあたしだけなんだからね!」
「……なにを言ってるんだお前は」
わけがわからないといった様相のひばちに、花丸は美優羽を押しのけて代わりに話しかけた。
「ちょっと探している生徒がいるんだが」
「……あー、あんたらがしょちゅう追いかけてるあのやんちゃ坊主ね」
坊主って。質問に応対する彼女も同級生のはずなのだが。まあ
「あいつってさ、子供の面倒見とか結構いいよね」
「うん? まあそういうところもあるかな」
精神年齢近いからとか悪態をつく風鈴の背後を、ひばちは指差す。
「おーい、危ねえぞ。お前ら、見た目よりずっと重いんだから」
「にゃー!」
「ほら、言わんこっちゃねえ」
ガサガサという音とともにコロボックリが一匹、植樹から落ちてきた。それを起こしてやり、身体を叩いてほこりを落とす、保護者然としていた男子生徒が気配を感じたかこちらへ振り向く。
『あ』
どっかん屋と
「み、
不意に、
ぼひゅん! という音がしたようなしなかったような。巨大化した
煙が晴れると、
「やっぱりコロボックリを使ってなんかやらかすつもりなのね! みんな、追うわよ!」
おのれ、面妖な神通力を! といきり立つ風鈴だが、留美音がいないことに気づいた。
体育館脇、先ほどのとは別の植樹にもたれかかり、
「みっくん」
「うほお!?」
「”
彼女の使った神通力のことか。対象者との距離を”紐付け”し、一定に保つ術のようだ。子供の頃、月と追いかけっこをしたことをなんとなく思い出した。
さて、どうしようか。わずかの
彼女とは少々打ち解けた感じはあるが、悪さは見逃さないと先日明言されている。今日はまだ校則違反はしていないはずだが、どっかん屋はコロボックリの対応を学校から任されているから、事情聴取をするつもりだろう。
留美音がどっかん屋に内緒でコロボックリを匿っていた一件から、話せばわかってくれそうな気もする。しかし事情を打ち明けることは、取りも直さず彼女を巻き込むことに……。
ふと、コロボックリが
「おーさま? おーひさま?」
首を傾げながら、二人を交互に指差す。
「コロボックリが日本語を……?」
つぶやく留美音が少しばかり顔を赤らめているように見えたのは気のせいか。
「風鈴には言わないから」
留美音はそう切り出した。
「何をしているのか、教えて欲しい。コロボックリとは、私も友達になりたいから」
「みっくん!」
無口な留美音が懸命に声を出すその口元を、
「わりいな」
展開される神通力を、留美音は察知していた。だが対処するよりも早く、閃光が放たれた。
月の精霊人である留美音に、目くらましはまず効かない。そして、”
それなのに。
二人の間に括りつけられた神通力の”紐”が、引きちぎられる感覚を覚え、留美音はたたらを踏んだ。
続いてくらんだ視界が元に戻る。
留美音が得られた情報。それは彼が自分よりも確実に高レベルであるということだけだった。
*
翌、木曜日。
花丸は
花丸は昼休み、上江を屋上に呼び出した。このために、二人とも今日はパン食だ。
「一緒にご飯はなんかひさしぶりねー。タロエモンも一緒ならもっと良かったんだけど」
「あいつは昼休みはいつも
「……んー、彼ったら最近そっけないのよね」
最初からのような気もするが、突っ込むのはやめておく。
「恋人宣言までしていたくらいだ。あやつの不穏な動きは、お前も気づいているだろう?」
「風鈴は必要以上に気にしているきらいはあるが、私もさすがに気になる。何か事情があるのなら、手伝うのが……」
「あら、あなたも恋人宣言?」
友人だと言おうとして恋人に上書きされてしまった。
「なんでやねん」
「だって彼、お嫁さん探しをしているのよ?」
花丸には、彼女の言っている意味が理解できなかった。
「……は?」
だから、出てきた言葉は間の抜けたものだった。
食べ終えたパンの袋をクシャクシャに丸め、上江は笑う。
「あたしもアピールしてるんだけどね。タロエモンと同じ顔だと駄目なのかなあ。彼を口説きたいのなら、本気でやらなきゃ駄目よ?」
「いやだからなんでそんな話に?」
上江はこれ以上は答えず、袋をゴミ箱に投げ入れ、屋上から去っていった。
5時限目に、花丸が小声で「お前、男女交際に興味があるのか?」とかわけのわからないことを聞いてきたのは何だったのだろう。
放課後、そんなこと考えながら
そこに、風鈴がいた。
黙って通りすぎるのも悪い、だが今は話しかけるのを非常にためらう。どっかん屋からは、もう何度も逃げまわっている。
対応に迷う
「ほら」
手渡されたのは、没収されていたゲーム機だ。
「とりあえず校門から出なさい。学校の外ならゲームやってもいいから」
「どういう風の吹き回しだ?」
風鈴も、自分のゲーム機を取り出した。こいつが学校にゲーム機を持ってくるとは、いよいよ天変地異の前触れだろうか。
「いいから。あたしもちょっとは進めてるんだから、協力プレイくらいできるでしょ?」
寮で(たまに学校でもだが)太郎右衛門とやっていたのと同じゲームだ。校門脇の壁にもたれかかり、協力プレイを始める二人。
「あの時のこと、憶えてる?」
雑魚モンスターそっちのけで採集に勤しんでいると、彼女はそんなことを聞いてきた。
何を聞いているのかは察しはついた。
「どの時のことだ?」
だが、
「……憶えてないのなら、いい」
彼女はすこしばかり苛立ったようだが、ため息をついてゲーム機を閉じた。通信が切れ、
文句は言えない。彼女は、真剣な眼差しで
「あたしは『精霊人取締並精霊事件対応班』、どっかん屋よ。神通力を持って解決できる事件なら、対応する義務があるの。そのことを、よく覚えておいて」
静かに、しかし強い意志の宿った声で言い、彼女は去っていった。
「神通力じゃ、解決できないんだよなあ」
人もまばらになった校門で、
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