第2話(花鳥風月!2の4)
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ほーほー、ほっほー。ほーほー、ほっほー。
世の中には、朝にスズメのさえずりが聞こえてくる場面は、男女の営みの翌朝という説があるらしいが、首都圏でスズメは最近はめっきり見かけなくなった。
むしろ朝に聞こえてくるのは、ハトの鳴き声である。もうこれからは朝チュンではなく朝ポッポと言ったほうが良いのではなかろうか? さもなくば朝コッケ。
そんなどうでもいいことをまどろみの中で思いつつ、風鈴は目を覚ました。
窓は南側なので朝日は差し込まないが、当然明るくはなる。時計を見ると、午前8時を回ったところだ。
今日は土曜日。大社学園は完全週休二日なので、今朝はゆっくり目の起床である。
起きるとまず眼鏡をかける癖があるが、実は伊達眼鏡で視力は悪くない。むしろかなり良い。
女子寮は男子寮と同様いくつかのアパートを借り上げていて、このアパートでの風鈴の知り合いは、ルームメイト兼姉の未来のみ。
精霊人の生徒は寮から通学する決まりがある。精霊人は自治体によって管理されている関係らしい。
ちなみに花丸は実家から通っているが、学園長の孫娘という例外のためである。
風鈴は洗面所へ行き、顔を洗う。普段は三つ編みだがさすがに就寝時にはほどくので、朝は結構ぼさつく。背中まで伸びた黒髪を丁寧にブラッシングし、いつもの緩い二つの三つ編みに結わう。
居間へ行くと、ちょうど姉が朝食の料理を並べているところだった。テーブルには炒り卵(しょっぱい)とパックの納豆、塩鮭の切り身(スーパーの惣菜)、それとインスタント味噌汁(碗に移してはある)。好物ではあるが、手抜き感は否めない。
「おはよう、お姉ちゃん」
風鈴の姿を見、未来は呆れ気味に言った。
「風鈴、また下着だけで寝てたのね。スウェットくらいは着なさい。襲われるわよ?」
「ここには美優羽はいないしー」
肩をすくめつつも言われたとおりにスウェットを取りに行く。プライベートは結構だらしのない風鈴である。
今朝の献立の中では炒り卵が姉の唯一の手料理。風鈴はこの醤油加減を気に入っている。
まだ微妙にぼーっとした頭で朝食をとっていると、見慣れない光景で目が覚めた。
部屋の隅の鏡台で、姉が化粧をしていた。すっぴんでも十分美人な姉は、普段は洗顔料とリップクリーム程度。今日はそれに加えて口紅・アイシャドー・マニキュアと気合が入っている。
「なんと? お姉ちゃん、デート?」
「うふふ、内緒♪」
フォーマルな場でも通用しそうなレディーススーツ風の衣装だが、普段あまり着ない服だし、やはりデートっぽい。
バッグに小説を一冊忍ばせて(タイトルは『ナスを縦に切るとGみたい』。食事中に見るべきではなかったと後悔)、未来は気合をひとつ入れて立ち上がった。
「お昼は適当にやって。夕ご飯の準備ができる時間には帰るから」
「ん? 夕ご飯くらい、あたしが作るよ?」
何気ない一言だったのだが、未来は過剰に反応した。
「やめて、お願い!」
「え、なんで!?」
「遅くならないように帰るから、絶対夕ご飯作っちゃダメよ、いいわね?」
「え、なんで!?」
なぜそこまで頑なに制止するのか皆目検討がつかない風鈴であった。
姉が出かけて、しばし。
んー、けど料理にも少しは興味があるし、一人分から作れるレシピでも探してみようかな。と、風鈴は共用棚から料理の本を取り出し、ざっと眺めてみる。
今日は宿題もないし、何か手頃なメニューを見つけて買い物にでも行こうかなと思っていたところで、ケータイが鳴り出した。
姉のようにレトロアニソンにはせず、プリセットのままの音楽が風鈴の耳を撫でる。
「はいもしもし、あたしだけど」
「オレオレ詐欺は逆だろう、馬鹿者」
開口一番、馬鹿話を始める風鈴と花丸。もちろん着信履歴を見て花丸とわかっていての冗談である。
「ちょっと急な話だが、いきもの係の上江から、どっかん屋と合同練習をしたいとの提案があってな」
しばしの逡巡。料理はなんとなく思いついたものだし、後回しでも構わない。
「うん、良いんじゃない? ……うん。十一時に駅前集合ね。わかった」
時間と待ち合わせ場所を確認し、風鈴はもう一度検討をする。
学園の自治を任されている身として、緊急時の対応を決めておくのは必要なことである。まずはそのあたりの話し合いか。最近はコロボックリのようなもののけのたぐいも見かけるし、戦闘訓練も必要かもしれない。けど学校外でむやみに神通力を使うのは好ましくないか? そのあたりの法整備が追いついていないのが現状ではあるが、神通力の訓練なら学校でやったほうが良いか。色々考えながら、風鈴は出かける準備を始めた。
*
人口34万を抱える大社市は、首都圏の衛星都市として名を馳せる(?)、中堅都市である。最近整備された駅前は立体構造になっていて、東口・西口の行き来が以前よりも随分楽になった。両口には大型スーパーがそびえ、駅を出て階段を降りることなく入ることができる。
そんな大社駅の西口に到着した風鈴だが、なんか場違いな女子集団に出くわした。
「風リーン、こっちこっちー!」
ぶおんぶおんと、風でも巻き起こしそうな勢いで美優羽が手を振っている。服装はいわゆるゴスロリである。もっとファッションにうるさい街ならともかく、田舎とは言わないという程度の街では浮きまくっている。
かといって美優羽一人が浮いているわけでもなく、花丸は白ワンピースに日傘というお嬢様然とした格好だし、留美音もいきもの係の連中も、妙に気合いの入った服装である。
……合同練習だよね、これ?
花丸は視線を風鈴へ向け、上から下まで一通り眺め、ふむ、と一つ息をつき。
「さて、それではとりあえず風鈴の服を買うか」
「なぬ?」
「デパートは半分は服屋だからな、一式揃うぞ? 代金も私が立て替えるから心配いらん」
「いやそういう問題じゃなくてね? 合同練習じゃないの? あとイトーヨーカドーはデパートじゃなくて大型スーパーだから」
大型スーパーの部分は無視された。
上はアレで下はコレで、と脳内でコーディネートを始める花丸を押しのけ、
「風リンの着替えを手伝うのはあたしの役目!」
鼻息荒く公衆の面前で服を脱がそうと手をわきわきさせてくる美優羽を、とりあえず風鈴は突き飛ばしておいた。
くすくすと苦笑い気味に説明を始めるのは、いきもの係リーダーの開平橋上江。
「親睦を深めるのも大切じゃない? 同じ学園の自治グループなんだしさ」
「その格好では、風鈴だけ浮いてしまっているからな」
「……いやこれ練習を考慮した服装でね? ファッションセンスゼロみたいに思われるのは心外でね?」
ちなみにGパンにTシャツというラフな格好である。このメンバーの中では確かに浮いてしまっているかもしれないが、動きやすいし、特別変な服装だとも思わない。
「ははっ、そんなにあたしと組み手をしたいのかい!」
例によって人目をはばからずにひばちが攻撃を仕掛けてくる。
ひばちも軽装だが、スカート風ショートパンツをベースにボレロをアクセントに着こなすなど、おしゃれを忘れていない。
「ちょっと待った」
相手の手首を掴んで捻るのに合わせ、ひばちも身体を縦に回して関節技を解除するという、古武術もあわやという攻防に、蹴りを一発入れて中断。不満気味のひばちを無視し、風鈴は視界の隅によぎった人物へ目を向ける。
駅前のアーケードに、見覚えのある人影。というより今朝まで一緒にいた。
姉の未来だ。壮年の男性と、なにやら談笑している。
今まで見たことの無いタイプの笑顔だった。姉が、ああいう笑顔を見せるとは。風鈴の中に不思議な感情が芽生えていた。
「あれは……片方は篠原先生だな。男性の方は、恋人か?」
花丸の質問に、風鈴は「知らない」と首を振った。
四十前後の壮年の男性で、ジャケットをラフに着こなしている。平凡だが、人当たりの良さそうな顔つきをしている。
未来と男性は、アーケードの二階にある居酒屋へ入っていった。
「あれ、幕僚長よ」
上江から、意外な発言がなされた。
「幕僚長?」
「
もののけや精霊人、神通力という、かつてはオカルトとされていたものが実在し、社会的に認知されていくにしたがい、政府も憲法の改正と組織の再編にようやく重い腰を上げ始めた。
神通力の研究や精霊人の育成に予算を向ける一方、防衛に役立てるために組織されたのが精霊自衛隊である。この春に発足したばかりの新しい組織だそうだ。
「……ふーん」
まあ姉くらいの精霊人ともなれば、政府官僚に知り合いがいてもおかしくはない。風鈴は、政府関係者という部分はあまり気にしなかった。
「お姉ちゃんがデートとは、めでたい。二人きりにしておきましょう」
花丸も、少しきな臭い物を感じつつも、風鈴の意見におおむね賛成だった。なにより風鈴の姉にしてどっかん屋やいきもの係の顧問だし、恋路は温かく見守るべきであろう。
「そうだな。我々はそれよりも、風鈴の魅力をもっと引き立たせねばなるまい」
「なんでそうなる!?」
「美人教諭の妹として、そのような女子力ゼロの服装では申し訳が立たぬと思わぬか?」
ぐぬぬ、と反論できずにうめく風鈴。ていうか合同練習はどうなった。
「動きづらいのはやだかんね?」
「わかっている。そのけしからんボディーを引き立たせる最高の服を選んでやろう」
「棲みたい……あの谷間に棲みたい……」
「やめんか変態!」
ふらふらと胸元に寄ってくる美優羽をもう一度叩き、一同はひとまず駅前の大型スーパーへ行くことにした。
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