第2話(花鳥風月!2の3)

         3


 そしてこの有様である。

「待ちなさい光宙みつひろ! おとなしく縛につきなさーい!」

 縛につけってどこの時代劇だよとか毒づきながら、光宙みつひろは廊下をひた走る。いつもの光景に生徒達がはやし立てているが、身に覚えのないことで追いかけられる身にもなって欲しい。

「なんなんだお前らは! 今日は何もしてねえぞ!」

 たまらず叫ぶも、彼女たちは聞く耳持たない。花丸が”蔓”を巧みに飛ばしてくる。異様なテンションに、よけるのも一苦労だ。

「事情聴取だ事情聴取! なに、怖くはない。じっとしていればすぐ終わるから!」

「場面によってはエロい台詞を妙に上気して言っているのに悪寒しかしないのはなんで!?」

 身に危険を感じ(主に貞操的な意味で)、光宙みつひろは神通力を行使した。分身が3体現れ、4人の光宙みつひろが縦列走行する。食堂での逃げ際の際にもこの術を用い、太郎右衛門は逃げおおせたはずだ。

 と、渡り廊下を曲がろうとしたところで目の前を閃光が通り過ぎ、思わずのけぞる光宙みつひろ

 焦げた臭いにおいが鼻をつく。見ると、”月精三日月衝クレッセント・インパクト”の構えの留美音。一瞬で分身がすべてかき消された。

「ていうか、今何のためらいもなく撃ちませんでした!?」

 精霊人でもとっさに見分けるのは難しいはずの分身へ、躊躇することなく光線を三発。当たったのが分身のみだったのは、運が良かったとしか言いようがない。

 非難された当の留美音は、さもありなんとばかりの無表情で、

「おとなしく事情聴取を受けることを勧める。どんなプレイだったのか私も気になる」

「プレイって何の話!?」

 もう訳がわからない。

 とりあえず間違いないのは、彼女が先日言っていたとおり、手加減はしてくれないということだ。

 足止めを食らっているうちに、他のメンバーにも追いつかれてしまった。渡り廊下で囲まれる光宙みつひろ

「さあ、追い詰めたわよ」

 得意げに、風鈴がにじり寄ってくる。花丸も似たような表情だが微妙に空気が違うのはなぜだろう。

 くっ、と光宙みつひろは舌を打った。

「急須のまわりに猫を描いたのが誰か知っているか?」

「窮鼠猫を噛むとずいずいずっころばしが混じってない!?」

 とりあえず舌先三寸、集中力を欠かれたどっかん屋に、すかさず光の神通力を展開する!

「油断大敵火の用心!」

 光宙みつひろの全身から、閃光が放たれる。本来人なら十数秒は視界が効かなくなる光量だ。虚を突かれたどっかん屋もこれをまともに食らい、防御姿勢で動きが止まる。

 すかさず光宙みつひろは跳躍する。風鈴の頭上を越え、狙うは彼女の足下。

「影踏ーんだ!」

 光宙みつひろが放ったのは単なる閃光ではない。まばゆい光を放つ玉を、天井に向けて放ったのだ。蛍光灯など比ではなく、風鈴の足元にはくっきりと影が浮かび上がっていた。

 この影を踏むことにより、次なる神通力が発動。”影踏み”は、対象の動きを封じる術だ。

「この、小癪な……!」

「さらーに!」

「にょおぉ!?」

 ばさあっ、と豪快にスカートめくり。観衆(主に男子)から歓声が上がった。いつものようにスパッツなのが残念です。

「馬鹿変態なんてことすんのよエロ光宙みつひろ罪状追加よ!」

「ふっ、そんなことを言っていられるのかな?」

 完全に背後をとった光宙みつひろは、ぱんっ、と両手をあわせた。彼女の尻を堪能し、両手をあわせて拝むのかと思った生徒もいただろうが、そうではない。次なる必殺技への準備だ。繰り返すが、神通力ではなく必殺技だ。

 両手を組んだ状態から人差し指のみを突き出し、風鈴の尻の割れ目へ向けて、しゅっしゅ、と素振りをしてみせる。観衆からはどよめきと悲鳴が上がった。

 これぞ必殺七年殺し、通称カンチョーだ。

 どっかん屋もさすがに青ざめて後ずさった。

「や、やめろ! 相手は女だぞ。しかも高校生にもなってその禁断の技を使うつもりか!」

「俺もまさかこんなところで切り札を使うことになるとは思わなかったぞ。ここまで追い詰めたお前達は賞賛に値する」

 我ながら悪党の台詞だなあ、とか思ってみる光宙みつひろ

「やめて! なんてひどいことをするの! 風リンの初めてを奪うのはあたしの役目なんだからね! 前も後ろも!」

「お願いだからあんたは黙ってて!」

 美優羽の悲痛な懇願に、お尻の貞操が危うい風鈴は泣きそうだった。

「さあ、風鈴の肛門を守りたかったらおとなしく武器を捨てろ! じゃなくて神通力を止めろ!」

「あんたたちはなんでそんなに肛門の話が好きなわけ!?」

「え、なんのこと?」

 風鈴の渾身の叫びに、今度は光宙みつひろが虚を突かれた。

 しかしその隙を突かれることはなかった。花丸と留美音がものすごい勢いで視線をそらしたからだ。

 花丸・留美音と肛門の関係はわからないが、光宙みつひろはこの隙を逆に利用した。浣腸体勢の分身を残し、本体は短時間の透明化で包囲を脱出する。今度は廊下を逆走だ。

「あれは幻影か!」

「留美音、術を解いて! 影が消えれば術も消える!」

 花丸の声に、風鈴がすかさず指示を出す。

 さすがの連携、パニックは一瞬だった。

 追走劇が再開されると、観衆が皆そう思ったときのことだ。


 光宙みつひろとどっかん屋の間に、土の壁が現れた。


「これは”土壁”!?」

「”茨の道”でさらに補強してある」

 肛門疑惑をごまかそうとしたわけではないだろうが、花丸・留美音と声が上がった。

 廊下の天井までうずたかく盛り上がった土塊。これにトゲのついた植物の茎が絡みついていた。さながら鉄筋コンクリートだ。

 明らかに、どっかん屋を妨害するための神通力だった。

 そして、思わぬ足止めを食らった風鈴がぶち切れた。

「みんな、耳をふさいで下がって!」

「ちょっ……」

 一瞬花丸が止めに入るが止められないと判断したか、周囲へ目線と手振りで従うように指示する。

 風鈴は上体を反らすほどに大きく息を吸い込んだ。元々大きな胸がさらにふくれあがったようにすら見える。美優羽が、いやっほーとか言いそうになるのを、花丸が頭を押さえ込んで廊下へ伏せさせる。


 校舎が震えた。


 このとき彼女が叫んだ言葉は、「どっかーん!」。

 1キロ離れたところからでも、その雷のような轟音が届いていただろう。

 神通力を乗せたその爆音は土壁を粉々に粉砕し、ついでに周辺の窓ガラスをことごとくぶち破った。危険を感じた生徒達は耳を押さえて伏せることでなんとか耐えたようだが、意識がもうろうとしている様子だ。

「いやーん、風リンリサイタル、すごーい……」

 ぐわんぐわんと耳鳴りでふらつきながらも、美優羽が微妙にうっとりとして言った。サドだろうか。

「その名称はやめて。一応”爆音”って名前をつけてるんだから」

「どのような名称でもかまわぬが」

 プールの後の耳から水を出すような仕草で、しかしさすがにきつい調子で花丸が忠告した。

「風鈴、お前は時々見境をなくす。神通力で発生したがれきなどの残骸はお前の”浄化の風”で消せるが、窓ガラスは直せんだろう?」

「う、さすがに今のはちょっと反省してます……」

 しおれる風鈴。サブリーダーとはいえ、花丸の方が風格がある。直情的な風鈴にとっては良いストッパーといえよう。

「そ、それよりも!」

 半ばごまかすように気を取り直し、風鈴は土砂の向こう側にいる面子に指を指した。

「あんた達、なんで光宙みつひろをかばうの!?」

 そこにいるのは、響あすなろと小鹿山吹。いきもの係所属の精霊人だ。”土壁”は山吹の、”茨の道”はあすなろが行使した神通力だろう。

 二人の後ろには、光宙みつひろがばつの悪そうに立っている。

 ……そういや、都島ひばちは? と風鈴がいぶかるのとほぼ同時に、

「風リーン! これは仕方ないんだよおぉ! リーダーの指示なんだからさあぁ!」

 やけに嬉しそうな叫びとともに、ひばちの空中旋回蹴りが飛び込んできた。挨拶代わりの空中旋回蹴りはもうお約束なのだろうか?

「馬鹿のひとつ覚えみたいにそんな不意打ちが通用するとでもってリーダーってなによってちょっと人が質問しようとしてるところに次から次へとうっとうしいわねヒャッハーじゃねえよコノヤロウ!」

 どかばきどかばきといつもの格闘モードに突入する二人を半眼で見やり、花丸がいきもの係に一歩近づいた。

「あちらは忙しそうだから、私が聞こう」

 見据えるが、あすなろはひょうひょうとして落ち着いたものである。山吹がせわしなくひばちを見たりこちらを見たりしているのは、性格によるものだろう。

「今、リーダーと言ったな。いきもの係のリーダーかね?」

「は、はい。今日から復学しましたー」

 不意を突かれたように驚き、それから弾けるような微笑で山吹が応じる。あすなろは舞台の進行役のように光宙みつひろのいる方を指さし、

「それではリーダー、どうぞーっす!」

 光宙みつひろがいきもの係リーダーなわけではない。階段の踊り場から、女生徒が一人現れた。

「あー、なんか大げさな紹介はやめてくれるかな?」

 苦笑い気味に光宙みつひろの前に立ち、どっかん屋へ微笑を投げかける。その顔は皆よく見知ったものだった。

「え? 太郎右衛門君? え? 女装? えええ!?」

 格闘をやめ、風鈴がかなり泡を食っている。

 ほっそりとした中性的な顔立ち、柔らかそうな栗色の髪、何を考えているのかそれとも何も考えていないのか微妙な微笑。

 まさに、女装した太郎右衛門ともいうべき風貌だった。

「やはりお前だったか、上江かみえ

「久しぶりー、花丸」

 やや苦い顔色の花丸に、上江と呼ばれた少女は手を上げて応える。

「女装した太郎右衛門と聞いて、もしやとは思っていたが。進学校に行ったのではなかったのか?」

「うん。花丸とはしばらく会ってなかったから伝えらんなかったけど、今年に入って神通力がレベル20台になってね」

「それで姉さんは神奈川の精霊人訓練施設でしばらく安定化の訓練を受けてたんだ」

 続きを説明したのは、太郎右衛門。男子の制服なので上江との見分けは簡単につくが、二人が並ぶと双子であることがよくわかる。男女の双子は普通兄弟程度にしか似ないはずだが、この二人はほとんど同じ顔立ちである。

 光宙みつひろと風鈴が幼馴染みであるように、花丸は開平橋姉弟と幼馴染みである。

「レベル20台が一番不安定な時期なのはみんな知ってるよね? 精霊人を多く受け入れているこの学校に進路を変えて、施設での訓練も区切りがついたから、今日から復学になったのよ」

「そのわりに、いきなりいきもの係のリーダーに就任とは……いや、これは風鈴も同様か」

 反論しかけた花丸が言葉を止める。風鈴と同様、彼女も未来教諭の推薦でリーダーに就いたようだ。未来はなんだかんだと人望のある教師だから、その推薦を彼女たちもすんなり受け入れたのだろう。

「じゃあ、おとといの夜、繁華街で光宙みつひろと女装した太郎右衛門君がデートしていたというのは?」

「見てたんかよ」

 なんとか調子を取り戻して尋問してくる風鈴に、光宙みつひろが渋い顔を見せた。

「それはもちろんエモンじゃなくてこっちの上江だ。この町は久しぶりだから、案内してくれって頼まれてな」

「僕も一緒にいたんだけど、気づかなかった?」

 太郎右衛門が補足するが、風鈴は答えられなかった。元の情報が美優羽からの物で、見落としがあっても不思議はない。

 理由が解明され、光宙みつひろに事情聴取をする理由がなくなってしまったどっかん屋だが、花丸はもうひとつ踏み込んだ。

光宙みつひろを追い立てのは我々の勘違いによるものだったが、もうひとつ。光宙みつひろをかばい立てしたのはなぜかね?」

 誤解だとわかっていたから、止めに入った。というのがまっとうな答えだったろう。花丸もその答えを予想していた。だが彼女の返しは思わぬ物だった。

「そりゃあ、恋人を助けるのは当然じゃない」

『なぬ!?』

 光宙みつひろの腕に抱きつきながらの台詞に、素っ頓狂な声を上げるどっかん屋一同。

 当の光宙みつひろは、迷惑そうな顔をしている。女の子に対しこういう反応は、彼にしてはかなり珍しいことだ。

「そ、それはいったいどういうことかしら? 場合によっては不純異性交遊で取り調べ……」

「まあ風鈴、落ち着け」

 かなり取り乱して神通力を誤射させそうな勢いの風鈴に、かえって冷めてしまった花丸がたしなめた。

「おととい初めて会ったばかりであろう?」

「えー、だってー」

 光宙みつひろと腕を組んだまま、いやんいやんとばかりに上江は身もだえながら、

「パンツ見られちゃったんですもの」

「ピンクのパンツだったな」

「……みっくん、まだ混乱してる?」

 太郎右衛門が半眼で突っ込んだ。

「あらタロエモン、あなたは知らないでしょうけど、開平橋家にはパンツを見られたら結婚しなければいけないという家訓が」

「ないから。……いや、やっぱりないから」

 二度言う太郎右衛門であった。

 あー、そういえば上江は太郎右衛門や花丸をよく振り回してくれたっけなあと、花丸は少し懐かしい感覚に浸ってしまう。

「ふん、パンツくらい、我々はしょっちゅう見られているわ!」

 なんの対抗意識かはわからないが、花丸は無い胸をふんぞり返して言った。

「あら、ジゴロなのね、みっくんは」

「あー。やっぱりしょっ引いた方が良さそうね」

 正気を取り戻し、指をパキパキ鳴らす風鈴。光宙みつひろは上江の腕を振り払い、少々いらだった様子でどっかん屋をにらみつけた。

「ともかく! 嫌疑は晴れたな? お前らに追っかけられる筋合いは、今日はないはずだぞ」

 しばしの沈黙は、彼女たちが反論できないことを意味している。しかし、些細なことだが気になることをひとつ、花丸は思い出した。

「あと、もうひとつ。上江、この前の電話はお前だったか?」

「ん? なんのこと?」

 小首をかしげる上江。

 この微笑がまた意味深で、どちらとも取れるのが彼女らしい。些細なことだし、花丸はそれ以上の追求は避けた。

 と、ここで予鈴が鳴った。5時間目まであと5分のチャイムだ。

 光宙みつひろ・太郎右衛門・花丸は2組、風鈴は3組、ひばち・あすなろ・山吹は4組、留美音・美優羽は5組、そして上江は1組らしい。

 おのおのの教室へ向かう際、上江が光宙みつひろに寄り添ってきた。

「けどさ、王妃を早く決めなくちゃいけないんでしょう? …王様」

 光宙みつひろの背を叩き、彼女は足早に自分のクラスへ向かって行った。

「今、上江のやつ、何か言ってたか?」

 花丸の言葉は光宙みつひろには聞こえていない。光宙みつひろはいぶかっていた。

 未来から聞いたあの話は、誰にも話していない。彼女は何かを知っているのか?


 余談だがこの日の放課後、風鈴と光宙みつひろは騒動と窓ガラス破損の罪により、発電機充電の罰を受けている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る