第2話(花鳥風月!2の3)
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そしてこの有様である。
「待ちなさい
縛につけってどこの時代劇だよとか毒づきながら、
「なんなんだお前らは! 今日は何もしてねえぞ!」
たまらず叫ぶも、彼女たちは聞く耳持たない。花丸が”蔓”を巧みに飛ばしてくる。異様なテンションに、よけるのも一苦労だ。
「事情聴取だ事情聴取! なに、怖くはない。じっとしていればすぐ終わるから!」
「場面によってはエロい台詞を妙に上気して言っているのに悪寒しかしないのはなんで!?」
身に危険を感じ(主に貞操的な意味で)、
と、渡り廊下を曲がろうとしたところで目の前を閃光が通り過ぎ、思わずのけぞる
焦げた臭いにおいが鼻をつく。見ると、”
「ていうか、今何のためらいもなく撃ちませんでした!?」
精霊人でもとっさに見分けるのは難しいはずの分身へ、躊躇することなく光線を三発。当たったのが分身のみだったのは、運が良かったとしか言いようがない。
非難された当の留美音は、さもありなんとばかりの無表情で、
「おとなしく事情聴取を受けることを勧める。どんなプレイだったのか私も気になる」
「プレイって何の話!?」
もう訳がわからない。
とりあえず間違いないのは、彼女が先日言っていたとおり、手加減はしてくれないということだ。
足止めを食らっているうちに、他のメンバーにも追いつかれてしまった。渡り廊下で囲まれる
「さあ、追い詰めたわよ」
得意げに、風鈴がにじり寄ってくる。花丸も似たような表情だが微妙に空気が違うのはなぜだろう。
くっ、と
「急須のまわりに猫を描いたのが誰か知っているか?」
「窮鼠猫を噛むとずいずいずっころばしが混じってない!?」
とりあえず舌先三寸、集中力を欠かれたどっかん屋に、すかさず光の神通力を展開する!
「油断大敵火の用心!」
すかさず
「影踏ーんだ!」
この影を踏むことにより、次なる神通力が発動。”影踏み”は、対象の動きを封じる術だ。
「この、小癪な……!」
「さらーに!」
「にょおぉ!?」
ばさあっ、と豪快にスカートめくり。観衆(主に男子)から歓声が上がった。いつものようにスパッツなのが残念です。
「馬鹿変態なんてことすんのよエロ
「ふっ、そんなことを言っていられるのかな?」
完全に背後をとった
両手を組んだ状態から人差し指のみを突き出し、風鈴の尻の割れ目へ向けて、しゅっしゅ、と素振りをしてみせる。観衆からはどよめきと悲鳴が上がった。
これぞ必殺七年殺し、通称カンチョーだ。
どっかん屋もさすがに青ざめて後ずさった。
「や、やめろ! 相手は女だぞ。しかも高校生にもなってその禁断の技を使うつもりか!」
「俺もまさかこんなところで切り札を使うことになるとは思わなかったぞ。ここまで追い詰めたお前達は賞賛に値する」
我ながら悪党の台詞だなあ、とか思ってみる
「やめて! なんてひどいことをするの! 風リンの初めてを奪うのはあたしの役目なんだからね! 前も後ろも!」
「お願いだからあんたは黙ってて!」
美優羽の悲痛な懇願に、お尻の貞操が危うい風鈴は泣きそうだった。
「さあ、風鈴の肛門を守りたかったらおとなしく武器を捨てろ! じゃなくて神通力を止めろ!」
「あんたたちはなんでそんなに肛門の話が好きなわけ!?」
「え、なんのこと?」
風鈴の渾身の叫びに、今度は
しかしその隙を突かれることはなかった。花丸と留美音がものすごい勢いで視線をそらしたからだ。
花丸・留美音と肛門の関係はわからないが、
「あれは幻影か!」
「留美音、術を解いて! 影が消えれば術も消える!」
花丸の声に、風鈴がすかさず指示を出す。
さすがの連携、パニックは一瞬だった。
追走劇が再開されると、観衆が皆そう思ったときのことだ。
「これは”土壁”!?」
「”茨の道”でさらに補強してある」
肛門疑惑をごまかそうとしたわけではないだろうが、花丸・留美音と声が上がった。
廊下の天井までうずたかく盛り上がった土塊。これにトゲのついた植物の茎が絡みついていた。さながら鉄筋コンクリートだ。
明らかに、どっかん屋を妨害するための神通力だった。
そして、思わぬ足止めを食らった風鈴がぶち切れた。
「みんな、耳をふさいで下がって!」
「ちょっ……」
一瞬花丸が止めに入るが止められないと判断したか、周囲へ目線と手振りで従うように指示する。
風鈴は上体を反らすほどに大きく息を吸い込んだ。元々大きな胸がさらにふくれあがったようにすら見える。美優羽が、いやっほーとか言いそうになるのを、花丸が頭を押さえ込んで廊下へ伏せさせる。
校舎が震えた。
このとき彼女が叫んだ言葉は、「どっかーん!」。
1キロ離れたところからでも、その雷のような轟音が届いていただろう。
神通力を乗せたその爆音は土壁を粉々に粉砕し、ついでに周辺の窓ガラスをことごとくぶち破った。危険を感じた生徒達は耳を押さえて伏せることでなんとか耐えたようだが、意識がもうろうとしている様子だ。
「いやーん、風リンリサイタル、すごーい……」
ぐわんぐわんと耳鳴りでふらつきながらも、美優羽が微妙にうっとりとして言った。サドだろうか。
「その名称はやめて。一応”爆音”って名前をつけてるんだから」
「どのような名称でもかまわぬが」
プールの後の耳から水を出すような仕草で、しかしさすがにきつい調子で花丸が忠告した。
「風鈴、お前は時々見境をなくす。神通力で発生したがれきなどの残骸はお前の”浄化の風”で消せるが、窓ガラスは直せんだろう?」
「う、さすがに今のはちょっと反省してます……」
しおれる風鈴。サブリーダーとはいえ、花丸の方が風格がある。直情的な風鈴にとっては良いストッパーといえよう。
「そ、それよりも!」
半ばごまかすように気を取り直し、風鈴は土砂の向こう側にいる面子に指を指した。
「あんた達、なんで
そこにいるのは、響あすなろと小鹿山吹。いきもの係所属の精霊人だ。”土壁”は山吹の、”茨の道”はあすなろが行使した神通力だろう。
二人の後ろには、
……そういや、都島ひばちは? と風鈴がいぶかるのとほぼ同時に、
「風リーン! これは仕方ないんだよおぉ! リーダーの指示なんだからさあぁ!」
やけに嬉しそうな叫びとともに、ひばちの空中旋回蹴りが飛び込んできた。挨拶代わりの空中旋回蹴りはもうお約束なのだろうか?
「馬鹿のひとつ覚えみたいにそんな不意打ちが通用するとでもってリーダーってなによってちょっと人が質問しようとしてるところに次から次へとうっとうしいわねヒャッハーじゃねえよコノヤロウ!」
どかばきどかばきといつもの格闘モードに突入する二人を半眼で見やり、花丸がいきもの係に一歩近づいた。
「あちらは忙しそうだから、私が聞こう」
見据えるが、あすなろはひょうひょうとして落ち着いたものである。山吹がせわしなくひばちを見たりこちらを見たりしているのは、性格によるものだろう。
「今、リーダーと言ったな。いきもの係のリーダーかね?」
「は、はい。今日から復学しましたー」
不意を突かれたように驚き、それから弾けるような微笑で山吹が応じる。あすなろは舞台の進行役のように
「それではリーダー、どうぞーっす!」
「あー、なんか大げさな紹介はやめてくれるかな?」
苦笑い気味に
「え? 太郎右衛門君? え? 女装? えええ!?」
格闘をやめ、風鈴がかなり泡を食っている。
ほっそりとした中性的な顔立ち、柔らかそうな栗色の髪、何を考えているのかそれとも何も考えていないのか微妙な微笑。
まさに、女装した太郎右衛門ともいうべき風貌だった。
「やはりお前だったか、
「久しぶりー、花丸」
やや苦い顔色の花丸に、上江と呼ばれた少女は手を上げて応える。
「女装した太郎右衛門と聞いて、もしやとは思っていたが。進学校に行ったのではなかったのか?」
「うん。花丸とはしばらく会ってなかったから伝えらんなかったけど、今年に入って神通力がレベル20台になってね」
「それで姉さんは神奈川の精霊人訓練施設でしばらく安定化の訓練を受けてたんだ」
続きを説明したのは、太郎右衛門。男子の制服なので上江との見分けは簡単につくが、二人が並ぶと双子であることがよくわかる。男女の双子は普通兄弟程度にしか似ないはずだが、この二人はほとんど同じ顔立ちである。
「レベル20台が一番不安定な時期なのはみんな知ってるよね? 精霊人を多く受け入れているこの学校に進路を変えて、施設での訓練も区切りがついたから、今日から復学になったのよ」
「そのわりに、いきなりいきもの係のリーダーに就任とは……いや、これは風鈴も同様か」
反論しかけた花丸が言葉を止める。風鈴と同様、彼女も未来教諭の推薦でリーダーに就いたようだ。未来はなんだかんだと人望のある教師だから、その推薦を彼女たちもすんなり受け入れたのだろう。
「じゃあ、おとといの夜、繁華街で
「見てたんかよ」
なんとか調子を取り戻して尋問してくる風鈴に、
「それはもちろんエモンじゃなくてこっちの上江だ。この町は久しぶりだから、案内してくれって頼まれてな」
「僕も一緒にいたんだけど、気づかなかった?」
太郎右衛門が補足するが、風鈴は答えられなかった。元の情報が美優羽からの物で、見落としがあっても不思議はない。
理由が解明され、
「
誤解だとわかっていたから、止めに入った。というのがまっとうな答えだったろう。花丸もその答えを予想していた。だが彼女の返しは思わぬ物だった。
「そりゃあ、恋人を助けるのは当然じゃない」
『なぬ!?』
当の
「そ、それはいったいどういうことかしら? 場合によっては不純異性交遊で取り調べ……」
「まあ風鈴、落ち着け」
かなり取り乱して神通力を誤射させそうな勢いの風鈴に、かえって冷めてしまった花丸がたしなめた。
「おととい初めて会ったばかりであろう?」
「えー、だってー」
「パンツ見られちゃったんですもの」
「ピンクのパンツだったな」
「……みっくん、まだ混乱してる?」
太郎右衛門が半眼で突っ込んだ。
「あらタロエモン、あなたは知らないでしょうけど、開平橋家にはパンツを見られたら結婚しなければいけないという家訓が」
「ないから。……いや、やっぱりないから」
二度言う太郎右衛門であった。
あー、そういえば上江は太郎右衛門や花丸をよく振り回してくれたっけなあと、花丸は少し懐かしい感覚に浸ってしまう。
「ふん、パンツくらい、我々はしょっちゅう見られているわ!」
なんの対抗意識かはわからないが、花丸は無い胸をふんぞり返して言った。
「あら、ジゴロなのね、みっくんは」
「あー。やっぱりしょっ引いた方が良さそうね」
正気を取り戻し、指をパキパキ鳴らす風鈴。
「ともかく! 嫌疑は晴れたな? お前らに追っかけられる筋合いは、今日はないはずだぞ」
しばしの沈黙は、彼女たちが反論できないことを意味している。しかし、些細なことだが気になることをひとつ、花丸は思い出した。
「あと、もうひとつ。上江、この前の電話はお前だったか?」
「ん? なんのこと?」
小首をかしげる上江。
この微笑がまた意味深で、どちらとも取れるのが彼女らしい。些細なことだし、花丸はそれ以上の追求は避けた。
と、ここで予鈴が鳴った。5時間目まであと5分のチャイムだ。
おのおのの教室へ向かう際、上江が
「けどさ、王妃を早く決めなくちゃいけないんでしょう? …王様」
「今、上江のやつ、何か言ってたか?」
花丸の言葉は
未来から聞いたあの話は、誰にも話していない。彼女は何かを知っているのか?
余談だがこの日の放課後、風鈴と
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