第2話(花鳥風月!2の2)
2
夏にはまだ早いが、どっかん屋メンバーは麦茶を飲みながらの放課後定例会議である。
先日のコロボックリの件と、その対策が本日の議題である。
麦茶は花丸が神通力”玉露”をもって入れた物で、ゲームでいえば状態異常回復・ヒットポイント回復の効果がある。ぶっちゃけ指を突っ込んでかき回した物で、人に飲ませるのはいささかためらわれるが、皆特に気にしていないようだ。
今日の進行はサブリーダーの花丸に任せようと風鈴が目を向けると、彼女は少しばかり惚けた様子だった。
生徒会室の隅では、顧問の篠原未来がいつものように本を読んでいる。タイトルは「便利屋さんセンセーション!」。略称はセンセーションベン! ……悪意を感じる略称だ。
と、未来の胸元から音楽が聞こえてきた。ケータイの着メロのようだ。
あれは誰だ、誰だ、誰だ♪ とやたらと古めかしいアニソンが聞こえたところで未来がケータイを取り出す。
「はい、篠原です」
「篠原さんでしたか」
ぼそりとした美優羽のツッコミに、ものすごく渋い顔を見せる風鈴であった。
一言二言会話をし、未来はケータイを切った。
「ちょっと席を外すわね」
トイレではなく電話の内容によるものだろうかとか思うが、未来がいなくても会議の進行に支障はないので、風鈴はあまり気にしなかった。
花丸はというと、今の些細なやりとりを見て、また考え事に没入した。
ゆうべ花丸にかかってきた電話も、最初は何気なく取ったものだったな、と。
しかしその内容は、花丸にとって不可解なものであった。
「もしもしあたし、あたしだけど」
とか開口一番に来られて反射的に電話を切りたくなる花丸だったが、その声には聞き覚えがあった。
はて、誰だったか? と微妙に思い出せずにいると、彼女(声で女性とわかる)は一方的にまくし立ててきた。
近いうちに面白いことになるから、楽しみにしてて。けどもし大変なことになったら、あななたちでなんとかしてね。
このような概要で、なんとも身勝手な上に要領の得ないことを躁鬱の激しい状態で話していた。結局誰なのかも聞きそびれてしまった。
昨日の電話の主を何とか思い出そうと記憶をたぐっていると、不意に風鈴の声が飛び込んできた。
「花丸! 何を惚けてるのよ。あんたが今日の進行役でしょ?」
「あ、ああ。そうだったな」
ひとまず考え事は中断し、花丸は気を取り直して一同を見渡した。
「では本日の議題は、やおい穴の是非について」
気を取り直し切れていないようだった。
飲みかけの麦茶を盛大に吹き出す風鈴。美優羽に向かって。
「風リン、そこは口移しで!」
怒るどころかますます発情して抱きついてくる美優羽の顔面を必死に押し返す風鈴。
そんな二人はさておいて、留美音が無表情のまま鋭い眼光を花丸に向けた。
「それは容認できない」
留美音が軌道修正してくれるか。まともな子で良かったとか安堵する風鈴。
「生物学的に存在しない物はリアリティに欠ける。素直に肛門を使うべき」
力が抜け、ついでに美優羽に押し倒される風鈴であった。
「ふむ。趣旨は理解できるが、乙女のロマンとして、やおい穴は必要不可欠ではないかね? 肛門では生々しすぎる」
「あんたらの話の方が生々しすぎるわよ!」
乱れた髪と制服と、首筋にキスマークを携えて、息も荒々しく風鈴が復帰した。お前も生々しいわというツッコミはあえて入らない。足下には美優羽がたんこぶだらけで、しかし幸せそうに気を失っている。
「はっ!? 私は今、一体何の話を!?」
「……正気に戻った?」
なんだかいろいろ疲れ果てて、風鈴が恨みがましくつぶやいた。
「すまない、少し考え事をしていて、関係のない話を振ってしまったようだ」
「何を考えていたんだか知らないけど、サブリーダーなんだからしっかりしてよね」
「いや誓ってボーイズラブのこととは関係ないぞ?」
「風リンは普通の女の子だからボーイズラブになんか興味ないもんねー?」
「だからって百合にも興味はないわよ!」
速やかに復活してまたもや風鈴に絡みついてくる美優羽を見、このバイタリティはどこから来るのだろうと半ば感心する花丸。
「あ、けどボーイズラブといえばさ」
ふと思い出したように、美優羽が言った。
「不破と開平橋? あの二人が夜の繁華街でいちゃついてるのを見たんだけど。開平橋の方は女装してたな。あの二人、つきあってるの?」
『マジで!?』
風鈴と花丸、さらには留美音の声までもが綺麗にハモった。
*
第一高校の食堂は、校舎と校庭の境目にある。ちょうど土手の上になっていて、北側のテラスは校庭を見下ろす絶景ポイントだ。
このテラスの席のひとつで、
ウオーターサーバーから持ってきた水を2杯テーブルに置き、
「頼むわ」
「うん」
太郎右衛門がコップを手にし、じっとそれを見つめる。しばらくし、
「いいよ」
「サンキュ」
短いやりとりなあたり、しょっちゅう行われているのだろう。水面には薄氷が張っていて、
太郎右衛門は氷の精霊人なのだ。
食堂の構内からは、どっかん屋の四人がテラスの二人の様子を監視している。白い長テーブルの一つを占有し、テラスに対しては斜めに配置されているため、皆さりげなくテラスを窺うことができる。
距離的に二人の会話を聞き取るのが難しいため、風鈴が神通力を発動する。
指先で空中に幾何学模様を描き、最後に耳に当てる。神通力の発動に呪文を唱えたり印を組んだりする必要はないが、集中のためか風鈴はそういう仕草をよく見せる。
「風が語りかけます」
うまい、うますぎる! とか反射的に思う花丸ではあるが、
風鈴はこの神通力に”風の噂”と名称をつけている。盗聴と言ったら聞こえは悪いが、離れたところの音を聞き取り、必要時にはこちらから音声を送ることもできる。
ほどなく、
この間にどっかん屋も食事を始めるが、風鈴は監視に忙しいのか手が動いていない。いや、神通力の制御に集中しているということにしておこうか。どうにも風鈴は
「風リン、あーん」
美優羽が口元に箸を運ぶ。監視に忙しい風鈴は特に嫌がることもなくそれを食べ、もぐもぐごっくん。美優羽がものすごく幸せそうな顔をしている。ボーイズラブ以前に校内での百合行為は禁止されていないのだろうかとか考えてみる花丸。
「寮に帰ったらさ」
「こいつにリベンジしようぜ」
「いいよ。僕が笛で?」
「エモンが前衛でもいいぞ? その場合は俺は弓にするかな」
なにやらゲームの打ち合わせを始めた。あのときのドラゴンは、ゲームの敵キャラだったようだ。
テーブルの上で今にも雄叫びを上げそうな迫力で動き回るドラゴンに加え、鎧を装備した人間を二人追加表示し、戦闘シーンを描き出す。そのリアルな映像に、本来人の生徒もちらちらと注目している。
「みっくんの”空中クレヨン”は神懸かっている。高レベルなだけで出来る術ではない」
留美音はいつもの平坦な口調だが、しきりに感心している様子がはっきり伝わってくる。ていうかこやつ、いつの間にみっくんと呼ぶような仲に?
まあそれはさておいて、とかき揚げうどんをほぼ食べ終えた花丸が箸を置いて他メンバーに目を向ける。
「私と風鈴はあの二人とは中学時代からのつきあいだが、男同士としては普通の仲だと思うのだが」
この学校は精霊人が多いとはいっても全生徒数の約一割。一般的な学校ではレベル30以上の精霊人は一人いるかいないかだ。人は同じカテゴリーを持つもの同士でグループを形成する傾向があるし、その絶対数が少ないとなれば、この二人が一緒にいることが多いのは必然といえよう。
このあたりはどっかん屋も同様で、孤立しがちな精霊人がグループを作れるほどにたくさんいるこの学校に通える自分は恵まれている。
そんな感謝の気持ちに浸る花丸だが、少し思考が脱線していたと思い直したところで美優羽から横やりが入った。
「え? グループ交際!?」
「あ、いやそういう意味ではなく、顔見知りに毛が生えた程度なんだが」
「顔面に毛が!? 女の子なんだから手入れはちゃんとしないと!」
いろいろとマイペースな美優羽はある意味おもしろいやつではあるが。
「なあ風鈴。こいつと話をしていると疲れるんだが」
「心の底から同意するけどあたしに言われても」
同じく疲れた様子の風鈴に同意される花丸であった。
「ともかくあたしの風リンと3年も交際しているなんて、あたしはあんたに嫉妬するわ! 英語で言うならShit!」
「……発音は同じだが意味は違うぞ?」
「まあ似たような感情は伝わってくるけど」と、これは留美音の台詞。
食事と雑談を終えた
どっかん屋の偵察に、
「なんか騒々しいなあいつら。うっとうしいから巻くか?」
「そうだね」
どっかん屋に気づかれるのは、食堂からちょうど出て行くタイミングの時である。出て行ってからでなく出て行くときに気づかれるのは、もはや運命だろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます