第2話(花鳥風月!2の1)
花鳥風月!どっかん屋 第二話
1
ある意味鉄面皮とも言える、あの穏やかな顔には見覚えがある。というより毎日会っている。
さらっとした長い髪を流すだけのあの髪型も、若さ故によく似合う。輝かんばかりの金髪なのは、赤髪のひばちと同様、神通力の影響によるものだ。
菩薩のような静かな微笑で、
「今、世界は闇に包まれようとしています……」
「まあこの洞窟?は真っ暗闇っすけど」
「このままでは世界のバランスが崩れてしまいます」
「なんでやねん」
「闇を振り払って光を取り戻すために、さあ旅立つのです、光の戦士よ!」
後光を携え両手を広げ、なんか昔の絵画にでもあったようなポーズの彼女を三白眼でしばし見上げ。
「……で、こんなとこでなにやってんすか、篠原先生?」
しばし固まっていた未来だが、にこにこ顔のまま、ちっ、とか舌打ちが聞こえた。ような気がする。なんなのこの人。
変な格好だが、小説を肌身離さず持っていることからも、篠原未来であることは間違いない。ちなみに小説のタイトルは「どんまい《鈍妹》。」。妹系ラブコメか?
ふと、彼女を照らしていた後光が消え、服装もブラウス+タイトスカートといういつもの教師姿に戻る。数メートル浮いていた身体も、静かに着地する。
未来は雷の精霊人と聞いていたが、光の神通力も使えるのか。浮いていたのは風の神通力だろうか?
微笑は崩さず、少しばかり落胆した様子で、未来は言った。
「ノリが悪いわね、
誰だそんなの名付けたのは。まあ風鈴だろうけど。
「学校の非常ベルも押せない俺が一番だなんて、そんなそんな」
「けど公衆電話の緊急ボタンは押したことあるわよね?」
「なぜそれを!? さては貴様、俺の姉だな?」
「まああなたも弟のようなものだわね。お姉ちゃん一緒にお風呂に入ろー、って何歳まで通用するか実践するませた子供だったけど」
なんかいろいろ懐かしそうに語り出す未来。ちなみに未来と一緒に入浴できたのは9歳までである。10歳になったとたんに、風鈴にひっぱたき倒された。
「公衆電話といえば、最近の子供はダイヤル式電話機の使い方を知らないそうだけど」
「ダイヤルの穴を一生懸命押し込むらしいっすね」
「受話器を置くとこのボタン?を連射することでも電話をかけることが出来ることも知らないということかしらね?」
「……先生は昭和生まれでしたっけ?」
「やあねえ、おばあちゃん家の電話機が黒かったってだけよ?」
おっとりとした中に快活な印象が見え隠れするのは、やはり風鈴の姉だなあと
まあそんなたわいもない話はさておいて、と
「なんなんですか、ここは? このコロボックリ達も、未来さんの仕業っすか? だとしたら、一体何のために?」
いつの間にか広い空間に、
地面はコンクリートである程度整備されていたようだが、さながら途中で放棄された工事現場のように荒れ果てている。
がれきの影からは、数十匹のコロボックリがこちらを窺っている。見ずとも、みーみーとあちこちから鳴き声が聞こえるので丸わかりである。
未来は、足下のコロボックリをなでながら、教師の口調で答えた。
「だとしたら、と仮定したのは利口ね」
「……違うと?」
「ええ、私はこの子達の指導者ではないから」
コロボックリを見渡す彼女の目は、少し寂しそうに見えた。
「あなたは冗談と受け取ったようだけど、私がさっき言ったことは、まるっきりのでたらめという訳でもないのよ?」
しかし、彼女の目は至って真面目だった。先ほどの冗談めかした様子も、普段学校で見せるおっとり先生といった風でもなく……どこか懐かしげな瞳。
子供の頃にたまに見た、姉としての顔だと気づくのは、彼女の台詞にともなってのことだった。
「さて、そういうわけで、あなたに頼みたいことがあるんだけど。教師としてではなく、あなたの姉として、ね」
*
午後7時を回ったところだろうか。夜のとばりはすっかり下り、三日月も街の陰へ隠れてもう見えない。
寮とはいっても、二階建てのアパートを一式借り切った物らしく、各部屋はワンルームだが台所・トイレ・バスルームと完備されている。食事の用意は各自で行う決まりだ。
放課後のどっかん屋とのいざこざ。この街の地下深くに広がる洞窟の発見、そこでどういうわけか未来と会い、彼女から聞かされた話。
二階の一番端が
半裸の女がいた。
着替え中らしくシャツを脱ぎかけで、ピンクのブラジャーをさらしている。
そんな彼女と目が合った。
…………。
はて?
状況が理解できなかったので、
寮には一部屋につき二人が入居する決まりで、
そうそう、今見た顔は太郎右衛門だった。
しかし、女体だったのはなんでだろう?
太郎右衛門とは中学時代からのつきあいで、一緒にスーパー銭湯へ行ったこともある。そこで彼が確かに男であることも確認している。
では、今のはなんなのか?
おっぱいサイズは、まあ普通だろう。ピンクのブラは愛らしかった。パンツはブラとおそろいの色柄で、派手すぎない健康的なデザインだった。締まったウエストやほどよく丸みを帯びたヒップラインから、なかなかスタイルの良い少女だといえよう。
だが、顔は太郎右衛門だった。
太郎右衛門は確かに女顔なので、身体が女でも見た目上の違和感は無い。学ラン姿でなければ間違われることもよくあるくらいだ。むしろあれこそがあるべき姿のような気すらしてくる。
だが、
「あのー」
聞こえてきた声に、
太郎右衛門が、心配そうに見上げていた。
服装は、学校指定の赤のジャージ。室内着代わりで、学校と寮を行き来するだけの平日はどの生徒もこんな格好だ。
胸の膨らみは……無い。
声も、変声期はまだですかというような男子としては高い声だが、聞き慣れたいつもの太郎右衛門の声だ。
「大丈夫? 顔色が悪いよ?」
「あ、ああ、大丈夫だ。なんか幻覚を見たような気がしてな」
「……どんなの?」
「ピンクのパンツだったな」
言ってから、下着の色ではなくどんな幻覚だったのかを聞いたのだと気づいたが、すでに言ってしまったので問題ない。……やはりまだ混乱しているようだ。
太郎右衛門は、いかにも「あちゃー」といった感じに顔に手を当てて、溜息をついた。
「やっぱり見たんだね……」
「パンツをか?」
「パンツというか、さっきの女の子。まあ、みっくんが帰ってきたら話そうと思ってたから良いんだけど」
「そうか、パンツを見ても良かったのか」
「いや、だから、パンツからちょっと離れて落ち着いて! 説明するから、早く部屋に上がってよ」
なんだか今日はいろいろある日だな。混乱する頭で、そんな感想を抱く
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