第1話(花鳥風月!1の5)
5
日暮れの寸前である。
西の空は真っ赤に染まり、細い弧を描いた月が輝きだしている。東の空の雲は、赤と灰色のコントラストが美しく、目を奪われそうになる。夕刻の風は遠くからの街のざわめきを、波音のように運んでくる。
校庭に落とし穴が三つ、すぐには戻せないため、今日の部活は中止になった。
「じゃあ、あたしは書類にまとめなきゃいけないから」と風鈴は既に去り、美優羽は彼女のおしりを追いかけていった。
花丸は生徒達へ事情を説明、「後は任せるぞ」と彼女も先に帰った。
校庭に残るは、落とし穴をカラーコーンで囲う作業をのんびりと進める
「もういいか?」
「……大丈夫」
辺りを見回してからOKの合図をする留美音を確認し、
彼女の側に現れるは、一匹のコロボックリ。アイヌ風の衣装をはためかせ、猫のような高い鳴き声を上げながら留美音の足に抱きついた。
最初はいとおしそうになでていた留美音だが、不意にコロボックリのおでこにチョップをかました。み゛っ!とか悲鳴が上がる。
「いたずらしちゃダメっていったでしょう」
淡々とした口調に、きつめの感情が入っているのが
「言葉がわかるのか?」
留美音は首を横に振った。
「ある程度の知能と文化があるようだから、迷惑をかけないように言い聞かせていた。私たちがコロボックリを捕獲した場合、おそらく保健所送りになるから」
「それでいざというときかくまうために、”空中クレヨン”を覚えたかったってことか」
「……わかってたの?」
「……そう」
驚きのような感心のような、複雑な感情が留美音の心にあった。
あのときの登場の仕方からして、どっかん屋が皆、落とし穴に注目しているときにそれをかいくぐって穴へ入り、コロボックリをかくまうための神通力を展開していたはずだ。
それも留美音の心情を見透かした上で、わざわざ火種に飛び込むような真似を平然とやってのけたのだ。
彼はレベル50そこそこと聞くが、神通力を使いこなすのに必要なのは必ずしもレベルだけではないことを思い知らされる。
おどけていて、食えない男。なんだかこの人にはかなわないような気がした。
「ありがとう……みっくん」
「み、みっくん?」
思わず、
「……変?」
「いや……それでいい。エモンにもそう呼ばれてるし」
太郎右衛門とはあだ名で呼び合う
「じゃあ、俺もルミちゃんと呼んで良いかな?」
「うん」
あまり感情を表情に出さない留美音だが、今の彼女はなんだか優しい雰囲気に包まれていた。
「なにかお礼が出来れば良いんだけど……」
はにかんで切り出す留美音に、
何か友達みたいな感じになったし、追跡の時加減してくれと頼むのが無難だろうか?
よし。
「じゃあ、アヘ顔ダブルピースで」
「
「がっはあ!」
薄暗い校庭に輝く一条の光線に、黒焦げにされてしまう
まあ加減していたのか、すごい痛いのとあちこち焦げた程度で済んだが。
さすがに憮然とした空気に変わる留美音に、
「じゃ、じゃあデート一回で」
留美音は小首をかしげて言った。
「それくらいなら、いいよ?」
「え、マジで?」
「追跡の時加減してくれというのだったら断ったけど」
「え、そっちがダメなの?」
彼女にもちょっと変なところがあるのかなあとか思ってしまう
*
……さて。
頭上に蚊柱が立ってるのを見て軽いいらだちとともに、ボクシングを始めたくなる衝動に駆られるが、そんなことはどうでも良く。
留美音も下校したのを確認し、
閉門時間は既に過ぎている。用務員に見つかりかねないので、あまり長居はしていられない。
「よお」
カラーコーンに囲まれた落とし穴を前に
先ほどと同じ、猫のような鳴き声を発する。
その様をじっと見て、
「ああ、わかるよ。俺に伝えたいことがあるんだろう?」
留美音にも教えなかったが、
術名は”字幕表示”。その名の通り、相手がこちらへ発する意思を”字幕表示”の形で見ることが出来るのだ。
ただし、対象が独り言のように思考をダダ漏れさせている場合は例外だが、基本的に相手がこちらへ話す意思がなければ”見る”ことは出来ない。
先ほどのいざこざでコロボックリをかくまう際、横穴を見つけていた。とっさに、コロボックリと一緒に不可視化していた。
とっさに隠したのは興味本位とコロボックリのついでであったが、宝の地図というのもあながち間違いではなかったのかもしれない。
にゃー、とコロボックリがもうひと鳴き。耳に入るのは猫のような鳴き声だが、コロボックリの頭上には文字列が見える。
「ルミちゃんは帰ったよ。彼女ならお前達の言葉を理解してくれそうだから、接触を図ったんだろう?」
みー、とコロボックリは頷いた。
確かに彼女はコロボックリに好意的に接していて、意思疎通を図ろうという努力もしていたようだが、結果的には上手くいかなかった。
「俺が代わりに聞くよ。で、どんな話だ?」
このときの
予想はしていたが、コロボックリは横穴へ潜り、こっちだよと鳴いて催促する。
子供の頃、風鈴と一緒に下水溝施工の工事現場で遊んだことを思い出した。
コンクリート製の細い溝で、子供が這って通れるぎりぎりの大きさだった。
工事途中なので溝を這いつくばって通るだけだったが、子供心に探検気分を味わったものだ。
しかし今回は、あのときとは安心感が違う。幼なじみはここにはいないし、どこへ向かっているかもわからない。最初は軽い気持ちだったが、だんだん不安になってきた。
しばらく這って進むと、かがんで歩けるくらいの大きさになり、程なく普通に立って歩けるようになる。
当然光源はなく真っ暗だが、光の精霊人である
どのくらい歩いただろうか。
緩やかな下り坂を、すでに小一時間歩いているだろうか。不安な気分が時間を速く感じさせているかもしれないが。
そういえば寮の門限は何時だったかな、とかことさら気になってしまう。
とてとてと、目の前のコロボックリは小さな身体に似合わないスピードで先を行く。ときどき平らな地面なのにつまづきそうになったりもしているが。本来人なら完全な暗闇のはずだが、特に苦にしていないあたりはさすがにもののけである。
「にー!」
不意にコロボックリが鳴き声を上げ、走り出した。慌てて追いかける
暗闇に、一筋の光明が差した。光の精霊人といえども一瞬目がくらむが、すぐにまた暗闇に戻る。しかしそこには一つの人影があった。
コロボックリが鳴き声を上げる、その人影。宙に浮き、淡い後光が差している。
古代ギリシャ風の衣装をまとい、その女性は
「よくぞ来てくれました、光の戦士よ……」
内心に広がっていた緊張感が一気に萎えるのを、
見覚えのある女性は
「闇を打ち払うべく、あなたは選ばれたのです……!」
「ちょっと待てやコラ!」
しかしこれにはさしもの
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