第1話(花鳥風月!1の4)
4
一同に流れていた穏やかな空気は、わずかな時間のことであった。
「大変だ大変だ大変だ姉御ぉー!」
突如聞こえてきた素っ頓狂な声に、花丸が露骨に嫌な顔をした。
「なんと、花丸が変態とな?」
「変態ではなく大変だと言ってるんだアレは!」
後頭部を叩かれる
息を荒らげながら生徒会室に入ってきたのは、見覚えのある女生徒だった。
朝方、花丸を姉御呼ばわりしていた少女だ。背丈は花丸よりはもう少しある。花丸が小柄なせいもあるが。
少年風に癖のついたショートカットだが、もちろん制服からも女生徒であることがわかる。子犬のようにくりくりとした瞳が印象的だ。
上履きの縁が赤いことから、
「姉御、大変です!」
「あすなろ……私を姉御と呼ぶな。それより大声で、どうした?」
「へいっ! 実は──」
「風リーン!」
あすなろと呼ばれた女生徒の説明が始まることなく聞こえてきたのは、美優羽の声ではない。風鈴ではなく風リンというイントネーションで呼ぶところこそ同じだが、美優羽は決して声をかけざまに空中旋回蹴りをかましてきたりはしない。
だが風鈴はこの不意打ちを予測していた。というより彼女の声を聞いた瞬間、身体が勝手に反応していた。重力よりも速くかがんだ風鈴の頭上を、何者かのつま先が空気を引き裂くように通り過ぎた。
相手が着地する瞬間を、これまた半ば反射的に風鈴がショルダータックルを仕掛ける。
まさに炎を連想させる、真っ赤な髪の少女は、実に生き生きとした笑顔を風鈴へ向けていた。
「ひばち! あんたは毎度毎度、いきなり攻撃してくるのやめてくんない!?」
「そう言うなよ風リーン。拳で語り合えるのってお前だけなんだし!」
「ええい、面倒くさい!」
ひばちと呼ばれた少女は風鈴のタックルをもろ手突きで起こし、ここからは二人の少女が至近距離で拳やら肘やら膝やらをぶつけ合い。格闘家も真っ青の攻防である。
あっけにとられている
「二人とも、喧嘩はだめですよう……」
なんとかなだめようと周囲をうろつくも、巻き込まれるのを恐れて近づけず、おろおろとするばかりのこの女生徒にも、
格闘ゲームばりの戦いが繰り広げられつつ、立て続けに生徒が入ってきたせいで、もともと広くない生徒会室が手狭になってしまう。
そこへ追い打ちをかけるように、もう一人現れた。
「あらあら、仲が良い事ね」
「お姉ちゃんにはこれが仲よさそうに見えるわけ!?」
思わず風鈴が悲鳴を上げたが、姉にしてどっかん屋顧問の篠原未来教諭はこともなげに「うん」とうなずいた。
彼女の手には、例によって小説が握られている。タイトルは「つれない彼女のコレクション」。略称、つれション。なんつー略称だ。
「微笑ましそうに見てないで、止めてよ!」
ちなみにこの間も、どかばきどかばきと攻防は続いている。
「二人とも、ほどほどにね?」
「うわー、あり得ないわー、いじめ問題が悪化するわー」
攻防は休めないながらも、さすがに風鈴がげんなりとしてうめくと、未来はおどけながらも教師の目で言った。
「あなたたちはいじめはしないしされないし、見かけたら必ず止めに入るでしょう。そういう子達だって、私は知っているもの」
「……そりゃあまあ、あたし達は風紀委員だし」
鼻白む風鈴。恥ずかしい台詞を堂々と言ってのける教師に、ひばちも気をそがれたか、攻撃の手が止まった。
「で、誰? こいつら」
すっかり置いてけぼりを食らわされていた
「この子達は環境委員よ。いきもの係って言った方がわかりやすいかしら?」
風鈴と格闘を繰り広げていた赤毛のポニーテールは、
花丸を姉御と呼んでいた少年風の少女は、
コロボックリに悪さをされていたちょっとトロそうな娘は、
いきもの係も精霊人で構成され、環境委員としての本来の業務の他、もののけなどの事件にも対応するという。ただ、その手の件はどっかん屋の方が本職なので、ひとまず連絡に来た次第だそうだ。
「コロボックリが校庭に出現、悪さをしてるらしいっす。現在校庭に、落とし穴が二つ。部活中の生徒が一人落ちて、保健室で手当中っす」
「そういうわけだから、調べてきてくれるかしら?」
あすなろからの報告を受け、未来が本をさすりながらどっかん屋に指示を出す。風鈴は表情を引き締めた。
「わかりました。みんな、行くわよ!」
意気軒昂、早足で生徒会室から出て行くどっかん屋を見送り、未来はうらやましそうに独りごちた。
「いいわねー。レベル50台って、一番楽しい頃よね……」
彼女のつぶやきを聞き逃さなかったのは
「いきもの係は行かないのか?」
「小生達はリーダー不在なんで」
「ん? そっちの赤いのがリーダーなんじゃないの? なんか風鈴と似たとこあるし」
「赤いの言うな。ひばちさんと呼べよな」
むっつりと腕を組んで、ひばちににらまれた。色違いだが、不機嫌そうな顔もなんとなく風鈴と似たところがある。おっぱいは風鈴ほどではないが。
「で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ちょいちょいと、いきもの係の一人を手招きする
「なにあたしの後ろに隠れてんの、山吹。男子に話しかけられたくらいで、うぶなねんねじゃあるまいし」
「ひばち、あんたいつの生まれっすか」
ひばちとあすなろのやりとりはさておき、山吹のおずおずとした上目遣いがすごく新鮮に感じてしまう
「わ、私ですかあ?」
「そ、君。山吹さんだっけ?」
「
そういえば初対面でも名前で呼ぶ癖があるな、と
「じゃあ小鹿さん、今朝の件でちょっと」
*
高レベル
この学園では部活動か生徒会(委員会は生徒会の一部である)への参加が全生徒に義務づけられているため、ほとんどの精霊人な生徒は文化部か生徒会に所属している。
ちなみに
身体を動かすたぐいが好きな風鈴にとって体育会系クラブはあこがれの対象であるが、そういった事情と姉からのスカウトもあって、どっかん屋に所属している次第である。もちろん、責任感の強さもあるだろう。
部活動中の生徒には申し訳ないと思いつつ、風鈴達どっかん屋は生徒達を土手の上まで下がらせ、コロボックリが出現したという校庭を調査中である。
東西に長い校庭で、300メートルトラックの両端にサッカーのゴールが設置されている。ちなみに道路を挟んだ向こう側には、テニスコートや野球グラウンドもある。
風鈴と美優羽は生徒達から事情聴取、花丸は校庭の端に二つ並ぶ落とし穴を確認に行き、留美音は校庭中央に新たに出来た落とし穴に向かう。
落とし穴の底をのぞき込み、留美音は目を見開いた。
まずい。いる。
いたずらは控えるように言ったのに、やはり彼らとは意思疎通は無理なのだろうか?
「そっちには何かあるか?」
花丸の声がし、目を向ける。彼女の他、風鈴と美優羽もこちらに近づいてきている。
どうしよう。神通力を展開しようにも、この距離このタイミングでは気づかれる。
「あんた、ちょっとはしゃべりなさいよね」
「まあまあ、留美音はこういうキャラだから」
美優羽をたしなめる風鈴に、留美音は動揺が表に出ていなかったことに安堵するが、事態は好転していない。
風鈴達が、穴の底をのぞき込む。南無三。
と、彼女達の表情がこわばった。違和感を覚えた留美音が続いて穴の底に目を向けると、
「やあ、絶景かな、絶景かな」
こちらを見上げる
さて、
良い具合の深さなため、彼女達のスカートの中が丸見えである。
風鈴は黒のスパッツ。いつも通りなのが新鮮みに欠けるが。
花丸はレースの花柄。今朝と同じだが、今度は正面からなのがナイス。
美優羽は水色のしましま。時々スカートの裾をたくし上げて風鈴を誘惑してはたしなめられているのを
留美音はリボン付きの純白。先ほどの神通力は解除したのか現在は三日月相当の年齢になっているため、白パンは実によく似合う。
良い物を見させていただきました、と両手を合わせて拝んでいると、不意に重力が消えたような気がした。というか全身が締め付けられて、痛い。
能面の花丸が展開した”蔓”が
「さて、どういうことか伺いましょうか?」
笑顔で指をパキパキ鳴らしている風鈴が怖い。
「まあ待て、とりあえずはこれを見てくれ」
上着の内ポケットから取り出した、一冊のノートを提出する。とりあえず束縛は解除して欲しい。
「これは……!」
ノートをパラパラとめくる、どっかん屋の血相が変わる。
ノートに描かれていた内容、それは風鈴のエロスケッチ集であった!
「バカヤロー!」
サッカーのゴールへシュートされる
土手の上の野次馬から、「決まったー! ゴール!」とかどこかで聞いたような歓声が上がっている。ちなみに
「しかし、むやみに画力が高いな。普段からこうやってイメージの練習をしていたのか」
花丸が呆れ半分感心半分の様子で言った。
「ちょっとそれあたしに譲ってくんない? 言い値で買うからさあ」
「間違えた、見せたいノートはこっちだ」
鼻息荒く言い寄ってくる美優羽を払いのけ、
「いきもの係の小鹿さんから預かったノートだ。今朝、コロボックリに絡まれてたろ?」
花丸に同意を求めると、彼女は小さくうなずいた。ノートを開くと、授業の内容を綺麗にまとめた文章や図式が三分の一ほど、その後の白紙だったはずのページに、子供の落書きのようなつたない図形が現れた。
風鈴が難しい顔でノートを吟味し、感想をひねり出す。
「……宝の地図っぽく見えるわね」
「だろ? 宝探しごっこでもしてたんじゃないか? 子供っぽい連中だし、今朝のいたずらも遊び仲間が欲しかったのかもな」
ふーん、と少し考え込んでいた風鈴。若干腑に落ちない物を感じながらも、
ノートを閉じ、風鈴はあたりを見渡した。
「コロボックリは?」
「逃げちまったみたいだな」
「ええい、あんたが無駄に引っかき回すから!」
がるる、と今にもかみつきそうにうなりながらも、花丸にたしなめられて風鈴は息をひとつ吐いた。
「コロボックリの対策は、次回の議題にしましょう。落とし穴はカラーコーンとコーンバーで囲っておいて。いきもの係の小鹿さんが土の精霊人だったわよね。ノートを返すついでに、明日にでも直してもらいましょう。
それじゃあ俺はこれで、とそそくさと去ろうとした瞬間に首根っこをつかまれる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます