第1話(花鳥風月!1の3)

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 まず考えた可能性は、風鈴からの果たし状だ。光宙みつひろは彼女にかなり敵視されている上風鈴は意外に熱血な性格をしているため、「決着をつけよう」などと古風な真似もしかねない。

 次の可能性は一番高く、太郎右衛門へのラブレターが間違って光宙みつひろの下駄箱に入っていたというもの。太郎右衛門は細面で女子からの人気が高く、下駄箱も隣だから十分あり得る。

 しかしそのどちらでもなかった。

 放課後。

 光宙みつひろは浮かれていた。どう浮かれているかというと、浮き立っていた。どう浮き立っているかというと、30センチほど浮いて小躍りしていた。どんな小躍りかというと、コサックダンスとタップダンスを組み合わせたオリジナルダンスである。”空中クレヨン”なので音声をお送りできないのが残念です。

 光宙みつひろの手には一通の便せん。ペン字でも習っているのかというようなきれいな字で、大事なお話をしたいので、放課後体育館裏へ来てください、と。

 体育館裏といえば、逢い引きのメッカではないか。光宙は久しぶりに受け取るラブレターに浮かれていたのだ。久しぶりということは以前にも受け取ったことがあるということだが、これはまた後述!

 ──と。

「捜すのは私に任せておけって」

「花丸はあいつに甘いからダメよ。甘やかすとすぐにつけ込んでくるんだから、あのお調子者は」

 光宙みつひろは壁に張り付いた。気づかれないよう息を潜め、神通力を発動する。”障子に目あり”は、おおむね3メートルまで視点を移動出来るもので、こうやって壁越しに向こうを窺うには便利な術だ。

「まったく、クラスが違うだけでこんなに面倒くさくなるとは思わなかったわ」

 中学時代、風鈴と光宙みつひろは三年間同じクラスだったが、今年は別クラスになってしまった。

「なるほど。愛猫まなねこは常に目の届くところにいないと気になって仕方のないものだからな」

「そ、そういうんじゃないから! 掃除当番をサボってほっつき歩いてるのが我慢ならないだけよ」

「はっはっは、そういうことにしておこう」

 不服そうな風鈴へ軽妙な笑みを向ける花丸。どちらもある意味姉御肌な二人だが、印象はまるで違う。

「それにしても、光宙みつひろはともかく、留美音が放課後の見回りをサボるなんてね」

「ああ、それは私が代わりを引き受けたから」

「そう? ならいいけど」

 二人の視線がこちらを向き、光宙みつひろの心臓が跳ね上がった。正確には視点移動したポイントへ目を向けただけなので、隠れているのがばれたわけではないが。

 こちらへ歩を進めてくる。光宙みつひろは次なる神通力を発動し、カメレオンよろしく壁に溶け込んだ。

 ある意味風鈴の野生の勘であろうか。なんでこんな人気ひとけのない校舎裏まで捜索にくるのか。光宙みつひろは呼吸を止め、さらに心臓も──いやさすがに止められないが、むやみに脈打たないように努める。

 ……こういうときって、得てして枯れ草踏んだりして音たてちゃうんだよなあとか余計なことを考え──やべっ、やっちまったか? 二人の視線がこちらを向いた瞬間、

「風リーン! 一緒にお掃除しよーっ! あんなところからこんなところまで洗いっこしよしよしよー!」

 聞こえてきた黄色い声に、風鈴がびくりと肩をすくめた。

「それ掃除じゃないから! 掃除じゃないから!」

「なんであやつは年がら年中発情期なのかねえ。風鈴限定で」

 ダッシュで逃げ出す風鈴に、早足でついて行く花丸。次いで、ピンク色のオーラをまき散らしながら美優羽がそれを追いかけていった。

 …………。

 やれやれ。光宙みつひろは保護色を解いた。

「あの」

 びくうっ、と光宙みつひろは後ずさった。

 誰もいなかったはずのところに、一人の少女。見覚えがある。どっかん屋メンバーの、確か、片岡留美音。

 結局見つかってしまったか。光宙みつひろは観念することにした。

「しょうがない、ここはおとなしく捕まろう。けど人と会う約束があるんだ。それがすむまで待ってくれないか?」

「あの」

 繰り返し聞く台詞に、光宙みつひろは改めて少女をよく見た。

 腰まで届く長い黒髪で、日本人形のように整った顔立ち。前髪は切りそろえられた、いわゆるぱっつんで、眉はちょっと太め。

 幼い外見だが、光宙みつひろと同じ高校一年生。

 しかし何となく違和感を覚えるのは、先日どっかん屋総出で追いかけられたときと印象が少し違うように感じるからか。

 先日と同じくごく無表情だが、何か光宙みつひろに伝えたいことがあるような、少しためらっているようにも見えた。

「あの、手紙」

 短い言葉だが、光宙みつひろは思い出した。今朝方下駄箱に入っていた手紙は──

「大切な話があるって、君?」

 留美音はコクリと首を縦に振った。

 言いづらい内容なのか、たどたどしいしゃべり方だった。

「以前から、あなたのことが気になっていた」

 ん?

「私を満たしてくれるのはあなたしかいないと思った」

 おや?

「だから、あの、私、初めてだからうまくできるかわからないけど、仕方を教えてほしい」

 最後は、視線をそらしての言葉だった。無表情ながら、恥ずかしげにうつむいているのがわかる。

 あれ? なにこれモテ期?

 太郎右衛門へ告白の言付けとかいうオチを予想していたのだが、これってマジモン? まどろっこしくもストレートな彼女の言葉に、光宙みつひろは少々混乱していた。

 人にはそれぞれモテ期が三回あるという。

 光宙みつひろが最初にモテたのは幼稚園生の時。クラスメイトの美代ちゃんと香奈ちゃんにお嫁さんごっこに誘われ、「どっちにするの!?」と迫られた。

「はい、どちらも嫁です」と答えたらなぜか翌日から口をきいてくれなくなったが。

 次は、小学四年生の時。教室から「光宙みつひろ君ってちょっと格好良いよね」「面白いしねー」とか聞こえてきたので「みんなありがとー!」と教室へ躍り込んだらどういうわけか女子達は着替え中で、次の日から誰も口をきいてくれなくなった。

 それから、中学生の時。下駄箱に手紙が入っていたので開けてみるとなかなか熱烈なラブレターだったのだが、なぜか赤マジックでバッテンが引いてある。

 追記らしい二枚目には、「なんで下駄箱に腐った牛丼を放置してあるの!? 信じらんない!」と。

 あれは夏休みの自由研究向けに、牛丼をひたすら放置したらどうなるかを調べるべく下駄箱で飼っていただけだったのだが。

 …………。

 あれ? 俺のモテ期終わってね?

 となると、やはり俺は真性のモテ男だったのか? いやあ、多分そうなんじゃないかなとは思っていたがやはりそうだったか。

「なに、俺も初めてさ。お互い綺麗な身体でゆっくりと知り合っていこうじゃないか」

 少女漫画ばりに周囲に花を咲かせ(神通力)、光宙みつひろは妄想モードから復帰した。優しく彼女の肩を引き寄せようと、銀河のように輝く目(神通力)を向けると、


 ピカソがいた。


 パブロ・ピカソ。フルネームは確か、パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ。いやそんな無駄知識はどうでも良くて。

 首から上だけ、ピカソの一時期の絵を彷彿させる、図形を組み合わせたような抽象的な顔。

 一瞬思考が停止した光宙みつひろだが、これが彼女の神通力によるものだとすぐに理解した。

「やはり、上手くいかない」

 無機質な口調だが、留美音は落胆しているようだった。

「えーと、つまり、どういうことなんでしょうかなと?」

 なんか脱力するのでとりあえず神通力を解除するように促すと、元に戻った彼女は口数少なく説明を始めた。

 近い属性の神通力を複数持つ精霊人というのは、珍しいものではない。現に風鈴は風の他に、雷・空・声といった属性もあると聞く。

 光宙みつひろも、光の他に太陽に属する神通力があるというのが、精霊人に義務づけられている定期検診での結果だった。

 そして片岡留美音は月の精霊人であるが、月の他に光・闇といった属性があるという。

 先日、光宙みつひろの”空中クレヨン”によるリアルな映像を目の当たりにし、自分も習得したいと考えた。

「私の神通力は攻撃技ばかりだから。同じ光の系統の精霊人だから、きっと習得できると思う」

 光宙みつひろはしばし逡巡する。

 神通力という、いわば超能力が公に認められてからまだ日が浅く、その上実用レベルで使える者は希少なのが現状だ。そのためまだ神通力を育てるためのシステムが確立しておらず、むしろ半端なレベルの者が意図せぬ発動をしてしまわないよう、抑えるための訓練の方が重視される。光宙みつひろにしろどっかん屋にしろ、その神通力は独自に鍛え上げた物だ。

 この学校に高レベルの精霊人が多く就学しているのは国家政策によるものだが、それでも近い系統の神通力を持つ高レベル精霊人が出会うのは、互いの成長のためにもまたとない機会ではないだろうか?

 しかし、うーむ。どっかん屋である彼女に新たな神通力を教えるというのは、光宙みつひろにとっては頭の痛いところである。敵に塩を送るようなものだ。

「代わりに、私の持つ攻撃技を教えるけど」

「いや、それはいい」

 上目遣いの留美音に、光宙みつひろは嘆息した。

 まあ、いいか。美少女の頼みを無下に断れないのが、光宙みつひろのサガである。


         *


「……で、なんであたしが?」

 風鈴が不満げに、椅子の上で足を組んで睨んでくる。パンツが見えやしないかと美優羽がその周囲を這いつくばっているのはいつものこと。

 放課後は主にどっかん屋の詰め所となっている生徒会室へ、光宙みつひろと留美音は移動した。

 ここで絵を描く練習をするためだ。とりあえずモデルには風鈴を選んだ。パソコンの置かれた長机に留美音・花丸・美優羽が座り、その前には風鈴が丸椅子に座るという、何かの面接試験のようだ。風鈴の横に立った光宙みつひろが説明役だ。

「光を操って空間に幻影を映し出す、という基本は出来てるからな。となると重要なのは想像力だ」

「想像力には自信があります! もんもんもん!」

「そういう想像力じゃないから!」

 美優羽と風鈴の漫才は無視。

「どんな幻影を作るか正確にイメージするには、絵を描いて養うのが一番だというのが俺の持論だ」

「正論だな。神通力の発動にイメージが重要なのは、光の精霊人に限らない。私たちにもメリットのあることだ」

 花丸が相づちを打った。つきあいの良い彼女は、人数分のスケッチブックと鉛筆を用意してくれた。

「さて。そいうわけで、風鈴よ」

「なによドマジメな顔して改まって?」

「俺と契約して魔法少女にならんかね?」

「なだらかにお断りするわ」

「はーはっはっは! しかし時すでに遅し!」

「にょお!?」

 必中の”空中クレヨン”を浴びせ、風鈴の服装が魔法少女になった。直前まで制服だったのに、ヘソ出しルックだ。

「あんたはなんてことをするのよ! こんなもん!」

 風をまとって魔法少女の衣装を吹き飛ばそうと躍起になる風鈴だが、光宙みつひろはちっちっち、と指を振り。

「おおっと、むやみに引き剥がさない方がいいぞ。その”空中クレヨン”は念入りに制服にまとわりつかせたからな。無理に引き剥がそうとすれば、下の制服ごと破けかねんぞ?」

「バカヤロー!」

 生徒会室の壁に叩きつけられる光宙みつひろであった。合掌。


 それからしばし、言葉少なくスケッチが進められた。風鈴の魔法少女コスプレは解除を余儀なくされた。ちっ。という舌打ちは光宙みつひろと美優羽によるものだ。

「おおっと、そこ。デジカメで撮ってなぞり書きはNGな。モチーフはあっても自分の手で一から描かないと、イメージが鍛えられないからな」

 むー、とふてくされて、美優羽はパソコンの置かれた席へ座った。まだデジタル機器を使うか。まあペンタブレットならいいか。しかしそんな物まであるとは用意周到な。というかここは本当に生徒会室か?

 続いて光宙みつひろは、花丸のスケッチブックをのぞき込む。お嬢様だけに絵画も習っているのか、なかなか写実的で上手い。

「やはりお前から見てもそうなるか」

「うむ、私の目から見ても風鈴のおっぱいはけしからんな」

 焦って風鈴が椅子から腰を浮かせた。

「ちょっと何の話してるのよ!」

「いいでしょーあたしのだかんねー」

 すかさす背後からわしづかみを狙ってきた美優羽を払い落とす。

「あたしの胸はあたしのよ!」

「なんと、自分で自分のおっぱいをもんでいると!」

「とんだ破廉恥娘だよ風リンは!」

「いいからあんた達はちゃんと描きなさいよ!」

 癇癪を起こしかけたので悪ふざけはお開きにし、光宙みつひろは黙々と写生を続ける留美音に寄った。

 現在留美音が描いているのは4枚目だ。指導のたまものか、1枚目より2枚目、2枚目より3枚目、と確実に画力が向上している。

 そしてこの4枚目に描かれている人物は、風鈴ではなかった。

 鉛筆画なので細かいところまでは描かれてないが、特徴はよくわかる。長い黒髪で、ちょっと太めの眉の整った顔立ち。

 留美音自身を描いているようだった。しかしその絵は、本人より少し大人びていた。

 ふと、留美音が席から立った。しばし自分の描いた絵を見つめ──、

 彼女から煙が吹き出し、一瞬姿が見えなくなる。光の神通力による錯覚だということを、光宙みつひろは瞬時に理解した。

 煙が晴れると、そこには留美音がいた。

 正確には、絵と同じくらいに少し成長した感のある姿の、留美音。

 まだ少しいびつさはあるものの、先ほどのピカソ調からは考えられないほどの上達ぶりだった。さすがに高レベル精霊人なだけあると言うべきか。

 おお、と他のどっかん屋メンバーが感嘆の声を上げた。

「そうか、半月の時の姿になりたかったのか」

 花丸の言葉に光宙みつひろが目を向けると、風鈴が説明をしてくれた。

「留美音は、体質で月齢によって見た目の年齢が変わるのよ」

 だいたいだが、新月で十歳、半月で十五歳、満月で二十歳。

 この説明で、光宙みつひろは理解した。連休明けに追い回されたときは新月で、今日は三日月くらいの日付だ。校舎裏で彼女に会ったときの違和感は、先日よりも少し成長していたからだ。

 この難儀な体質のため、”空中クレヨン”による幻影ででも、実年齢である十五歳にしたかったということか。

「こんなに早く覚えられるとは思わなかった」

 感情表現に乏しいのは相変わらずのようだが、彼女が嬉しそうにしているのは光宙みつひろにもわかる。こちらも思わず笑みがこぼれる。

 横から風鈴がこづいてきた。

「あんたにしては、いいとこあるじゃない?」

「女の子の頼みは断れないさ。お前らが相手でもな」

「ふん、だ」

 風鈴の表情も、いつもより穏やかだった。

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