悪魔の財布
とある闇市で
一人の奴隷女が、男達に乱暴に小突かれながらも気丈に振る舞っていた。
反抗的な態度を貫き、買われてもすぐに返される彼女には奴隷商人もウンザリ。
競売に引き出すのは売る為じゃなくて、暴力を振るう為の口実に過ぎない。
客寄せに使うだけ使って、途中で死んでも構わないとすら思っていた。
そんな女に久々に買い手がついた。
肌が黒く、一目で異国人だとわかる大柄な男だった。
奴隷商人は相場よりも高額な値段を男にふっかけた。
男は黒革の財布を取り出し、明日支払うと微笑みながら言った。
その日の夜、女に暴力を振るっていた手下の男達が全員消えた。
翌日、男は奴隷商人に言い値の大金を押し付けて、女を連れて行った。
道すがら、男は女に財布を差し出した。
「これは、悪魔の財布。人間を食べて、その人間の罪を金に換える財布だ。
多くの人間を不幸にしている奴隷業の男達は良い金になった。
この財布を、お前に預ける。お前が死んだら、返して貰う。
それまで好きに使っていい」
男は言葉を言い終えてから、ウインクをすると姿を掻き消した。
財布を手に入れた奴隷女は、中に入っている大金を全て使って、過去を清算した。
人並みの衣食住を手に入れて、長年の暴力によって傷ついた身体と心を癒した。
時間をかけて回復した女は、財布を片手に復讐を始めた。
標的は、全て男だった。
闇市に
犯した罪が、そのまま金になる。女の元には多くの金が集まった。
女は《クルメーナ》と名乗って、社交界へと足を踏み入れた。
着飾った貴族の女達よりも、豪華なドレスと美しい宝石を身に纏い、多くの男性の目を引いた。生まれた時から、自分を中心に世界が回っていると信じている貴族の女達は注目をかっさらったクルメーナに激しい嫉妬を覚えて、様々な嫌がらせをした。
しかし、もっと酷い扱いを受けていた彼女に単なる嫌がらせなど、大したダメージを与えなかった。むしろ闘争心を更に燃え上がらせた。
他者から下に見られないよう、もっと高みを目指さなければ。
その為には金が要る。クルメーナは悪人狩りに精を出した。
国で不審な失踪が
社交界で知らぬ者がいなくなった頃。クルメーナは、一人の男に求婚された。
彼は性根からの遊び人で、泣かした女性は数知れず……という
そんなどうしようもない男からのプロポーズを、クルメーナは笑顔で受けた。
周囲の者が結婚には反対したが、彼女は強行した。
そしてクルメーナが妊娠した直後、周囲の想像通りに
生まれた子供が健やかな美少女に成長する頃には、気づけば国の中でも五本の指に入るほどの大富豪になっていた。
その頃には、クルメーナは水の中でしか生きられない魚のように……華やかな生活の中でしか、もはや生きていけなくなっていた。
しかし時代の移り変わりによって、奴隷制度は消え、国の治安は徐々にだが確実に良くなっていた。わかりやすい悪人がいなくなったことにクルメーナは苛立った。
彼女が、一度上げた生活レベルを下げるつもりは毛頭も無かった。
美食、芸術品、装飾宝石……欲しい物は限りなく、一切
その為には金がいる。今の生活を維持するには莫大な金が。
強欲に取り憑かれたクルメーナが、その決断を下すことに
人は多かれ少なかれ、生きていれば罪を犯す。
見境のなくなった女は、性別・年齢・国籍を問わず、悪魔の財布に喰わせた。
消える国民が、あらかさまに増えた事により国中で、こんな噂が
クルメーナの屋敷に立ち入った者は失踪する。
あの屋敷は人を喰らう、悪魔の屋敷だ。
人々は、失踪を恐れて屋敷に近づかなくなった。
雇っていた使用人も、怖がって退職を願ったり夜逃げしたりした。
そして、いつの間にやら――――大きくて立派なお屋敷には、二人だけになった。
周囲の目が、クルメーナの人狩りを抑制する。
彼女の財産は、どんどん減るばかり。
連続失踪事件について調査に来たのだった。
クルメーナは、慌てて娘に悪魔の財布を預けた。
娘は、小さな財布から有り得ないほどのお金が出る事が、当たり前になっていた。
幼い頃から望むものは全て手に入れて来た娘は、ずっと欲しかった魔法の財布を手に入れたことで有頂天になった。
しかし娘が財布を開いてみると、財布の中身は空っぽだった。
その事実に逆上した娘は、財布を片手に母親に掴みかかった。
しばらく人を食べられなかった悪魔の財布は
持ち主であるクルメーナを食べ尽くし、
高級な調度品や芸術品に囲まれた一室の中央にポツリと置かれた黒革の財布。
どこからともなく表れた肌黑い大柄な男は財布を拾い上げ、中身がぎっしりあるのを確認すると満面の笑みを浮かべ、財布を懐にしまうと煙のように姿を消した。
数多くの高級品は押収されたり、盗まれたりした。
そして屋敷は数年後、完全に取り壊された。
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