不運の連鎖
その女性冒険者は、とても不運だった。
軽い気持ちで立ち寄った深き森。
豊かな自然に心奪われ、知らず知らずの内に予定よりも奥へ入り込んでしまった。
好奇心
興味を覚えた冒険者は、ふと身を乗り出して
その時、ぬめった苔に足を滑らせて、彼女は洞窟の中へと落下した。
緩やかな斜面を前転するように転がり落ちた彼女は、足を負傷してしまう。
動けない彼女は声の限り叫んだが、
彼女の悲痛な助けを求める声は、地下洞窟の中で
※※※※※
それから、数時間後のこと。
深き森の入口に並んでいる複数の武装した男達。彼等は捜索隊だった。
部隊の中で一番若くて体力のある
皆から弟分として可愛がられており、また実力も信頼されている。
怖いもの知らずの青年は、先陣きって森の中を進んでいく。
連日、遭難騒ぎがあることは青年も知ってい入るが、これだけ美しい森なら迷い込むのも不思議じゃないなと思っていた。
柔らかな木漏れ日、湿気を帯びた涼しい風、小鳥の可愛らしいさえずり。
此処は、まるで地上の楽園。無駄なものなど 何もない。
無駄なら……自分勝手にずかずかと、我が物顔で侵入してくる人間しかいない。
ふと振り返れば、青年は仲間達からかなり離れていた。
「誰かぁ――――助けて――――」
微かだが確かに聞こえた、女の声。
まるでそれを掻き消そうとするかのように、木々の葉が
青年は後先考えない性格だった。
助けを求める声が聞こえたら、一人でも助けに行く。そんな男だった。
不自然な亀裂は、すぐに見つかった。地面に大きく空いた地下洞窟の入口。
青年は木にロープを
かなりの距離を降りて行き、少し広い場所に出た。
ランプで辺りを照らせば、女が中心あたりに座り込んでいるのを発見した。
首を
体勢を変えようとしない彼女を見て、足を怪我している事を察した青年は大急ぎで駈け寄り、女を抱き上げた。
すると、まるで見計らったように洞窟が揺れた。
とっさに青年は、両足に力を入れて踏ん張った。
崩れるかもしれないとヒヤリとしたが、揺れが収まるまで洞窟が持ち堪えた。
その時、張り詰めていたロープが緩んだ。
入口前の木に結んでいて、ずっと握りしめていたロープだった。
電光石火で青年の脳裏に嫌な想像が過ぎった。
女を抱えたまま、傾斜を駆け上った。
ロープは何故か切断されていた。しかも、信じられないことに入ってきたはずの出入口がどこにも見当たらなかった。
信じられないことだが、青年は必死に理解しようと努めた。
起きてしまった事は、もう仕方がない。
青年は他の出入口を探そうと決め、奥へ戻る。
最初の広場に戻った瞬間、また洞窟が揺れた。今度はかなり大きかった。
その衝撃に耐えきれず、青年は転倒した。するっ、と女の手が青年から離れた。
立ち上がる事が出来ない青年は、頭を抱えて身を小さくしていた。
今度こそ、洞窟が潰れるかもしれないと覚悟したものの、やはり
ほっと息を吐いて、青年は辺りを見渡す。
そばにいるはずの女の姿がなかった。どこに行ったのかと呆然とする。
どこにも行けるはずがない、女は歩けないのだから。
一人、広い場所に取り残された青年は脱力して、その場に座り込んだ。
これからどうすればいい? やるべきことが多すぎて、冷静さを満足に取り戻していない青年は両手でこめかみをガリガリと力任せに
それが限界にまで達した時、青年は自然と叫んでいた。
「誰かぁ! 誰か助けてくれえぇええええ!
みんなぁ! 俺は、此処だぁあああ!」
声の限り叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。
喉が痛くなり、自分の声は厚い岩盤で全く地上に届いていないのでは?
そんな絶望的な思考が青年の頭をよぎった時、それは聞こえた。
複数の光。複数の足音。複数の、青年の名前を呼ぶ声。
仲間達が声を聞きつけて、この洞窟まで来てくれたのだ。
青年は大慌てで、仲間達に女性の事を話し、皆で一緒に洞窟の奥へと向かう。
しかし、三度目の大きな揺れが起き、その場にいた皆はパニックに
すると足場がいきなり、急斜面になって青年を含めた全ての人間はなすすべもなく奥へと落下した。
※※※※※
この、洞窟と思っていたのは、実は古から生き続けている巨大肉食魔物。
数千年は生きている魔物は人間よりも欲求に忠実で、すこぶる賢かった。
自分の体内に落ちて来た
不運な女性冒険者も、勇敢だった青年隊員も、いわば
人間が、食物連鎖の頂点にいるというのは幻想。
人間を食する魔物は絶滅したわけでなく、こうして隠れて生活しているだけ。
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