第二の人生

 その少年は、わずか十数年しか生きていない人生に幕を閉ざそうと考えていた。

 生まれつき要領ようりょうが悪いのか、やることなす事、何にも上手くいかない毎日。

 友達の作り方も分からない。勉強はつまらない。両親には怒られてばかり。

 そんな下らない人生なんか、もうウンザリだった。

 自殺を決意した朝、些細ささいな事からまた親に怒られて家を飛び出してしまった少年。

 死んでやると息巻いて、見慣れた町を彷徨さまようこと数時間。

 朝食を食べそこなったのでお腹は空いたし、いい加減足が痛くなってきた。

 自分の意志の弱さと要領の悪さを呪い、どうとでもなれと自棄になった少年は道端に座り込んだ。


 空腹で頭がボゥとしている少年の隣に、一人の男が座り込んだ。

 横目で男を見た少年は、顔をしかめて一人分のスペースほど距離をとった。

 何故なら男からは、何日……いや何週間も風呂に入ってないらしく、とても不潔で酸っぱい臭いがした。そして汚れた服を身にまとい、空き缶を目の前に置いて道行く人にお恵みを乞うていた。

 どうして男は、こうまでして生きたいのだろう。生き恥をさらすのなら、死んだほうが楽で簡単なのに……少年は男を愚かだと見下した。

 そんな少年の心情を知ってか知らずか、男は低い声で呟き始めた。


「ああぁ、僕はいつか必ず人生をやり直してみせるぞ。いつか必ず。

 今は底辺だが、どん底にいる僕はもう落ちることはない。

 これから上がるのだから」

「……馬鹿が。底辺のクズはいつまで経っても底辺だ。

 俺は、今まで上がることなどなかった」


 気づけば、少年はそう吐き捨てていた。

 男はビックリしたような顔で少年を見た。


「君は――――何があったのか知らないが、まだ若いじゃないか。

 僕と違って人生これからさ。諦めるにはまだ早い」

「ふざけんな。

 14年も続いた、こんなクソみたいな人生が、この先何十年も続くのなら、死んだ方がマシだ。だから俺は、これから死ぬつもりなんだ」

「そんな。なんてもったいない……僕はもう50年も生きてしまった。若いうちに色々としておけば良かったことは、山ほどあるがもうやり直しはきかない。

 ああぁ、14歳! 僕も死のうと思ったことがある!

 でも死にきれず、こうして生き続けてしまった。あの頃に戻れれば!

 きっと僕は、今度は間違えないだろう! きっと間違えない!」


 少年は、男が自分の父親と同い年であることに少し驚いた。


「……あんたに、俺の人生を与えられたら良かったのにな」


 そう言った少年に男は目を見開いて、目を合わせて来た。

 男の緑色の瞳が妖しく光った気がした。少年の意識が急速に遠のいていく。



 目を覚ますと、男の姿は消えて、少年は自分の身体が言うことをきかないことに、すぐ気が付いた。パニックにおちいっていると、男の声が頭の中で響く。


「やあ、ようやくお目覚めかな? よかった、無事に成功したようだよ。

 君の身体をもらったんだ。いや……正確には君の人生をもらった」


 男の言葉を少年が呑み込むまでは、相当の時間をゆうした。

 次第に落ち着いた少年は、どうせ死ぬつもりだったし、とあっさり了承した。


「君には人生を譲ってくれた恩があるから、君の意識を消すことはしないよ。

 ただ君は自由に身体を動かせないから、僕と五感を共有するだけになるけれども」


 少年は、男が送る第二の人生に純粋な興味を覚えたので、この状態を望んだ。


 別人のように明るくなった少年(男)に親も周囲も最初は困惑したが、次第に慣れ、少年が今まで憧れていた人気者になる。

 友達はどんどん増え、学校では一位二位を争う秀才になり、両親は怒っていたのが嘘のように少年の事を褒め、自慢の息子だと周囲に話した。

 少年は次第に、自分が送るはずだった人生だとねたましさを感じるようになる。


 そしてとある日、男に人生を返せと怒鳴った。しかし、男は冷たくあしらった。


「今更何を言っているのかな?

 もう君は死んだも同然なんだから。これは僕の人生だから。

 大体、元に戻ったとして、君なんかに僕の人生を続けられるの?

 どうせ全て台無しにすることしか出来ないんでしょ?

 大した努力も面倒臭がってやらずに、簡単に死のうとした君なんか。

 君のお父さんも、お母さんも、君じゃなくて僕の方が良い子で素直で可愛いって。

 何? 泣いているの? 後悔しているの? もう遅いよ」


 安易な選択を取った事を心底後悔する少年に、男は優しい声で言った。


「……ごめんごめん、言い過ぎたね。

 冗談だよ、もうすぐ君に身体を返すつもりだったんだ。

 今夜には返す。だから、もうしばらく待っていて欲しい」


 

 その日の夜、男は少年の両親を惨殺した後、少年に身体を返した。


「本当にありがとう。君と出会えた御蔭おかげで、僕の復讐は完璧なものになった。

 あの日……子供時代に僕をいじめた男と瓜二うりふたつの少年が目の前に現れた時。

 僕の復讐の人生は始まったんだから。

 案の定、君は僕が憎悪するいじめっ子の息子だった。

 君が父親と同じく最低のクズだったから、僕は自分で奴を殺すことが出来た!

 あとは君が……奴の息子が親殺しの罪を背負って、これから数十年苦しむのを見て楽しむことにするよ。

 死んでもダメだよ? 僕が入れ替わって、また罪を犯すから。

 もう誰も殺したくないなら、諦めずに生き続けてね。

 それじゃ、頑張って!」

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