棘の靴をはいた少女

 マリアは、手芸を得意とする大人しい貴族の娘。

 両親から愛情深く、蝶よ花よと育てられ、娘は何不自由なく生活をしていた。


 とある舞踏会で、マリアは国一番の美しさをうたわれる王子から、求愛を受けた。

 マリアの家系は、貴族としての格は下級。だから王族からの求愛をマリアは一時の気の迷いであり、たわむれに過ぎないと本気にしなかった。しかし王子は、真剣に生涯の伴侶を探していることを告げ、マリアに熱烈なアピールをし続けた。

 絶世の美青年からの愛の告白に、マリアはとうとう首を縦に振ってお受けした。


 それからマリアと王子は度々たびたび会うようになった。

 マリアの他にも婚約者候補は数多あまたいたが、次期国王になる彼は、真剣にお妃選びをしているのだとマリアは好意的に受け止めた。


 そんな中、16歳の誕生日を迎えたマリアは、王子からプレゼントを贈られる。

 リボンのかかった箱の中に入っていたのは、靴底に鋭利な針がある金の靴だった。


「僕に会いに来る時には、その靴をいてきてくれる?」

 

 初めて恋人から貰ったプレゼントを、混乱した頭で持って帰ったマリア。

 彼の真意がよく分からず、三日三晩悩み続けた。


 

 それから一週間後、王子から呼び出されたマリアは散々迷った挙句、プレゼントされた棘の靴ではなく、お気に入りの靴を履いて向かった。

 城の舞踏会場には、他の婚約者の娘達が各々おのおの着飾って訪れていた。

 王子はマリアを見つけると嬉しそうに近寄ってきたものの、足元を見て自分がプレゼントした靴ではないと知ると、冷たい表情になり他の貴族の娘を相手にした。

 見れば、王子が相手にする娘は、誰もが身体の一部から血を流していた。

 棘付きの指輪、棘付きの耳飾り、棘付きの首輪……。

 王子と接することができる娘達は、苦痛に顔を歪めつつも幸せそうだった。


 一方、王子のプレゼントを受け取らなかった者は、一瞥すら向けて貰えなかった。

 マリアは早々に屋敷に戻り、その晩は泣き明かした。



 それからマリアは王子に謝罪の手紙を書いた。


『次は必ず、貴方様から頂いた靴で会いに行きます』と。


 王子と結ばれたいマリアは、靴を履いて痛みをこらえながら王子の元へ向かった。

 棘の靴を履いたマリアには、王子は先日の冷たさなど欠片も感じさせずに、どこまでも優しく素敵な笑顔を向けた。

 それからも王子は、次々とプレゼント送った。

 どれにも棘つきだったが、マリアは全て着用し、痛みを堪えることで王子への愛を示して見せた。王子は棘付きの装飾品の数が多ければ多いほど優しくしてくれた。


 傷ついていくマリアを心配して、友人や親も付き合いを止めるように言ったが、彼女は聞き入れず、王子を悪く言う彼等との関係を断ち切った。

 多くのお妃候補者の中には棘付きのプレゼントを受け入れられず王子と別れる者もいたが、そんな彼女達の存在を知るたびに、自分は王子の全てを愛することが出来るのだと自信になり、次第に痛みすらも愛おしく思えてきた。


 棘付きの指輪や腕輪のせいで神経を痛めたマリアは、もう得意だった手芸も出来なくなっていたものの全く悲しんでは無かった。むしろマリアの中で、王子が自分を愛してくれていることが絶対となり、結婚出来る日を夢見て幸せな日々を送っていた。



 そして、ある日とうとう……お妃候補はマリアだけになった。

 王宮の自室へ初めてマリアを呼んだ王子は、うやうやしくひざまずいて話し始めた。


「僕は、女性が僕の為に血を流してくれることで、愛を感じることが出来るんだ。

 マリア、君だけが僕に愛を示し続けてくれた。

 僕は、そんな君とこれから先の人生を共に歩んでいきたい。

 僕と結婚してくれますか?」


 マリアは、心待ちにしていた言葉が聞けて天にも昇る気持ちだった。


「……はい。あなたと結婚します」


 マリアが万感の想いを込めてそう答えると、王子は心から嬉しそうに微笑み、棘の靴を履いた血塗れの足に接吻キスをした。


 結婚式当日。

 マリアは今まで王子がプレゼントした物全てを身に着けて、式にのぞんだ。

 新婦が歩いたヴァージンロードは、血塗れの絨毯レッドカーペットへと変わる。

 汚れなき純白のウェディングドレスも、真紅の斑点はんてんが装飾される。

 それを眺めながら王子は、人生で一番幸せな顔を浮かべていた。

 何とか王子の隣に立ったマリアは、二人で司祭の元へと向かう。

 弱視じゃくしの高齢司祭は、珍しい赤き花嫁を怪訝けげんに思いつつ、誓いの言葉をおごそかにつむぐ。


「アクスあなたは、この女マリアを妻とし、

 き時もあしき時も、める時もまずしき時も、める時もすこやかなる時も共に歩み、

 他の者にらず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、

 妻を想い、妻のみにうことを、神聖なる婚姻こんいんの契約のもとに誓いますか?」

「はい、誓います」


 王子の迷うことない誓いに、マリアは感じる苦痛が和らいだ気がした。


 次は、マリアが誓う番。司祭が同じ誓いの言葉をゆったりと紡ぐ。

 マリアの足元には、血だまりが広がっていた。


「――――死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、

 神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」


 司祭が形式の言葉を言い終えると同時に、マリアは自身の血溜ちだまりに崩れ落ちた。王子が慌てて抱きかかえた時には、マリアは青白い顔で眠るように亡くなっていた。


 この悲しい結婚式以来、棘の靴を履いた赤き花嫁は一人も現れなかったそうだ。

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