深黒御伽噺

月光 美沙

戦争の英雄と博愛の英雄

 戦争が終わったとある国で、多くの敵兵を討ち取った兵士が国の勝利に貢献したとして英雄視された。

 その男の為の凱旋がいせんパレード。毎夜開かれる王族主催の舞踏会。

 国王陛下から多くの勲章、そして爵位をたまわった男は、それから順風満帆な生活を送った。


 しかし、終戦から50年……平和が続いた国に住む民は、戦争を悪と決めつけた。

 その頃には国王も世代交代を経て、新しい若き王が即位していた。

 王は、祖父である先々代の国王を戦禍をもたらした極悪人と公言し、戦争は先人達の悪業で、50年前に英雄として崇めた男は戦犯として、大々的に公の場で裁いた。

 歴史的大犯罪者となった男は、戦争を知らない若者達からは殺人狂と同義にされて皆からうとまれ、さげすまれた。

 国の勝利の為、国王陛下と全国民の為、身体も心も血を流し、前線で活躍し続けたのに待っていたのは侮蔑ばかりの老後。男は絶望した。


 そんな男の前に、博愛の英雄がやって来て手を差し伸べた。

 新しい時代の英雄は、多くの人々を救ったとされる一人の青年。

 彼も国王陛下と全国民からの支持を受けて有名になった。


「どんな人にでも、人間らしい最低限の生活を送る権利があるのです」


 悪魔のような男にも救いを与える青年は、地上の天使であると皆がたたえた。


 男はりょぶかく、どこまでも冷静だった。

 身を削って人助けをするのには、それなりの覚悟がいる。

 ここまで他者に尽くせる人間がいるものか?

 甲斐甲斐かいがいしく世話をしてもらいつつ、男は青年を見続けた。

 青年は確かに心優しい。いつも明るく朗らかで、困っている人を誰でも助ける。

 しかし、青年の行く先には、いつも困った人がいる。

 毎度都合よく、困っている人が現れる事に男は疑問を抱いた。

 ある日、青年は男を連れて、郊外にある小さくて綺麗な農村に連れて来た。

 そしていつもと変わらない笑顔で話し始めた。


「今から、この村を焼きます。

 どうして? だって、この世界には愚かな人しかいないから。

 自分で努力しないで出来る誰かに人任せにして、納得出来る結果を出せたらその場限りの称賛を与えて、結果を出せない者は無能だのクズだのこき下ろす。

 そうする事で世界はバランスを保っているんです。

 傲慢ごうまんで自分勝手で愚かな人達の為の英雄が、必要不可欠なんです。

 僕がこの村を焼いたら、僕がこの村の人々を助けます。

 もちろん、全員助けるつもりです。

 家? 財産? それは王族がおぎなってくれることでしょう。

 これで僕の地位は、しばらく固定される。英雄として存在出来る。

 ……そうですよ? ええ、今までのも全て。

 まあ、あなたは別ですけれど。ただ単純にあわれに思ったので手を差し伸べました。

 愚かな人達に振りまわされて、天国と地獄を味わった人。

 そう、あなたは僕にとって初めて助けた人。僕に助けられて嬉しかったでしょう?

 皆から大量殺人鬼扱いされるなか、僕だけは普通に接してあげたでしょう?

 僕には恩がありますよね? だから僕の話は全て受け入れ、これからも僕が英雄であり続けるための工作に、協力してくれますよね?」


 青年が話し終えた直後、男は青年を殺した。

 博愛の英雄を殺した男は、その後、捕まり処刑された。


 男の最期の言葉は「俺は国の平和の為に行動したんだ」だった。

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