機械仕掛けの花達は神への愛を謳う

第10話 機械仕掛けの花たちは神への愛を謳う

彼方から。遠い海から私を呼ぶ声がする。


北の最果て。水晶のような海と雪に閉ざされた祭壇の奥のクリスタル--水晶の輝き。そこには私とよく似た女が封印されてる。彼女は花を抱え、花嫁の衣装を着て、横になっている。彼女彼女の前では異形の神はただの1人の哀れな男であり、触れがたそうに水晶に手を出す。愛している。男は殉教者のように何度も囁く。女は水晶から懇願する。やめて。触らないで。男は繰り返す。愛している。愛しているんだ。


--どうして私を作ったの?


涙ながらに彼女は話す。


好きだからだよ。男は苦痛と懇願を現した顔で、水晶から出てきたまえと命令する。愛しているんだ。



海の向こうには水没した図書館がみえる。知った感覚。空に囚われた白い鳥たちが冬の寒さに耐えながら飛び立つ。図書館の前庭の噴水にひとりの男が舞い降り、石達は奇妙な不協和音を奏でる。男が手を空にかざした途端、鳥達は死んでいく。空が海のように波が立ち、飛行船が星のように、泳いでゆく。噴水の近くの街灯の上、鳥たちは男の手で死んでいく鳥たちを見守っている


霧雨の中、ネルーが口笛を吹くと、白い鳥達がやってきた。


「誰が首長の心臓を狙ったのだろう?」

鳥達は言う。

「それはね。首長の息子だよ。」

別の鳥が答える。


「ねえ。誰があの太陽を神様だなんて言ったのさ。」


「季節が終わると、神は死ぬことになっている……。僕たちは殺されるのさ。」


「再生の女神が奪われる。」


「あの村は首長のあとを継ぐのに、首長と戦い、心臓を食べる風習があるんですよ」

ネルーが鳥達と会話する。恐ろしいですね。

なんの話だ?とアナスタシア。

遠い、遠いおとぎ話ですよ。あなたも私もね。


空の謳が聞こえる。機械仕掛けの花たちは神への愛を謳う。風と木の声が聞こえる。木の葉が風を受けて道を通り抜け、銀の塔には桜の花びらが舞い散る。花びらの中に一人の裸の少女が埋まっている。風が彼女に囁く、おいで、と。風が吹くたび、彼女の白い額があらわになる。


イリア。私の娘。また来たんだろう?私の夢の中に。愛している愛しているよ。少女はわずかに目をこする。男はイリアを抱き抱えどこかに連れ去ろうとする。やめて。イリアは男の手から逃れようとするが、逆に抱き寄せ口づけられてしまう。お願い。風が吹きイリアは紅の葉に隠され、森の中で再び眠る。どこに逃げても無駄だよ。私の可愛い娘。



水没した図書館に人の形をした影の群れ達がゆっくりとやってくる。今日の仕事についてブツブツと語り、図書館の入り口の中に入ってくる。ここは私の夢であり君の夢、そしてこの世界を生きる全ての人々の記憶が収められている図書館がある。君は何も知らない。行ってみてはどうだ?アナスタシアもいると思うが?怖くなったら噴水に封印されてる心臓を取りつぶすといい。この夢から覚めるから。


渡り鳥がやってくる。男とイリアは空を飛び海を越え水没した図書館の前まで来た。私はここで待っているよ。なんだイリア?水が怖いのか?男はイリアを抱き抱えゆっくりと入り口に落とす。それとこれを渡しておく、噴水から取ってきた最古の首長の心臓だ。何か自分では対処できないことが続いたり、困ったらつぶすといい。

イリアはぎゅっと男の首に手を回す。ここに私を捨てるの?捨てないで。何でもするから。イリアは少女の姿から幼子の姿に変わっていた。お兄さんはどこへ行ったの?それとアナスタシアは?イリアは赤子のように泣き声をあげ、男はその涙をひとつひとつすくう。つかまえていて。


空の雲が、天使の羽のように広がっていた。割れたガラスのような海の前、男の手がイリアを離す。君は私の元に必ず戻ってくる。人間は神が作った機械。イリアが男に着せられていた冬の雪のようなドレスが、海に沈んでいく。


--私はずっと1人なの。一緒に遊ぼうよ。


--ああ、もちろんだ。君は何もできない。私はここにいるから、ずっとここにいるのだよ。



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