第9話 鞠つき

おちびさん。どこにいくのだね。城の中シャラシャラと男と幼いイリアを繋ぐ鎖が揺れる。男はイリアを飼っていた。一緒に日向ぼっこしない?イリアは記憶をなくしていた。男は微笑み庭の草原に自身とイリアを寝かせ横向きに抱き抱える。イリアがちゅっと頰に口付ける。あははははは。二人は笑う。明るい日差しの中、男はわずかに浮かぶ昏い欲望を抑え込む。やはり小娘に戻してしまおうか。そしたら。また。ただイリアに嫌われたくない。


イリアは庭のタンポポの綿毛をふっと吹く。綿毛は二人を包み込み、やがて風に吹かれ空を飛んでいく。種が芽吹いていつか花になるのね。私も大きくなったら、あなたと--。なんだイリア。男は優しさが漂うがやや昏い目でみる。何がしたいんだ。瞳に獰猛さが宿る。きゃっ怖い。イリアはその意味に気づかない。この鎖何?君がどこかに行ってしまうから。前も行ってしまっただろう?イリアは繋がれてる長い鎖を男に巻いていく。捕まえた!ああ。私は満足だ。男はため息をつく。永遠を君と。男はナイフで指を切りイリアに舐めさせる。何?その瞬間、イリアから天使の羽根が生える。私以外誰にも見えない。ずっと一緒だよ。二人は鎖に巻かれながら、男はイリアの羽根を優しく触り、抱きしめ、イリアは男のぞっとするような色気をふっと嗅ぐ。イリアは突然恐怖を思い出す。行為のことがわずかによぎる。男はイリアの表情を読み慌てて付け足す。君のことじゃない。君のことじゃないよ。信じて欲しい。離して!離して!離さない!離さない!私は異形とはいえ神なんだ。もうあんなことはしないから永遠を過ごそう。そう言って花束を送る。イリアは男の体に顔を埋め泣き出す。わたしのことじゃないよね?わたしのことじゃないよね。そうだよ。男はイリアと指を切る。ねえ私を捕まえていてよ。私には誰もいないの。お願いよ。


昔のことを思い出す。あの男と愛し合っていたことをね。アナスタシアは蜂蜜がかかったパンケーキを食べながらネルーと話す。それでそれで?ネルーは無邪気さを漂わせた完璧な笑みを持って答える。世界維持のために魔力の供給源にされていたわたしの目の前に現れ子供のおもちゃをくれたよ。今でも大事にとってある。アナスタシアは小さなトナカイのぬいぐるみを出す。私は世界維持のために最初から育てられてた巫女であり贄だ。世界維持のため以外の知識や物は与えられなかった。お菓子もくれたんだ。とても幸せだった。私を当時の首都だったハイランド、帝国の塔から助け出し、結婚までしてくれた。それが永遠に続くと思った。ところが子が生まれると私より子の方を溺愛した。私が初めて手に入れた愛なのに、自分の子とはいえ許せなかった。彼に似た男の子だったら良かったのに。なぜか私にも彼にも似てなかった。あのイリアによく似ている。私は娘に嫉妬する、残酷な女だ。人形になるよう呪いまでかけた。それにまたあの男はイリアと愛し合っている。到底許せない。あの男が最初に愛したのは私のはずなのに。あなたは悪くないと思いますよ。ネルーが答える。なぜ。私は嫉妬する醜い女だ。僕もまあ化け物みたいなもんですからね。男女間には色々あるものですよ。僕は人間じゃないんで、結婚は出来ないんです。それと知ってるとは思いますが、他の神から貴方方の見張りを命じられています。世界を崩壊させるなら戦えとね。イグニスごときに破れるお前に私たちに対抗できるとは思えないが。僕は神が作ったホムンクルスです。人間の姿さえ捨てればそれなりに実力はありますよ。知っているが。人間共の見張りなどして何が楽しい。面白いですよ。僕は人の表層思考が読めるんですが、貴方は単なる愛情不足に見えますね。それと子供時代がない。しばらくアナトリアの子供達とあそんではいかがですか?アナトリアの子供達がアナスタシアを見ている。綺麗な子だね。球遊びしない?球……アナスタシアは子供から球を受け取り魔法で風で飛ばしてしまう。球は、街の屋台を横切り、神々への送り火のなかをくるくると回る。うわ!この歳でそんな魔法が使えるんだ!すごい!僕にも教えてよ!子供が一斉に群がってくる。アナスタシアはきょとんとしている。ネルーは苦笑いを浮かべている。


球遊びしない?イリアは男に問う。君がその鞠をつきたまえ。私は見ているだけでいい。一緒に遊ぼうよ。イリアは自然な上目づかいで男を見る。男の顔が赤くなる。咳き込む。遊んでくれないならアナスタシアさんと遊ぶ。アナスタシアさんはどこ?アナスタシアは君のことを嫌っているのにこれだから君はな。ここに呼ぼうか。ただ監視役が鬱陶しいな。


アナスタシアはイリアと男のやりとりを見て、軽く嫉妬の表情を浮かべる。どうしたの?子供達が問う。


球で遊びますか?イリアさんと。ネルーは酷薄な笑みを浮かべる。どうか仲良くしてくださいよ。小声で囁く。

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