たぶん幽霊ではなかった
「べ、別に追いかけてきたとかじゃないのよ。私とユーヒの親族のお墓もね、この霊園内にあるものだから……その、そうだお墓参りに行こう、って二人で意気投合して、ね、ユーヒ」
「ええ。お墓参りは事実。そこで桜利くんと尾瀬さんを見つけて、こっそりとお墓の陰から様子を窺っていたのも事実。驚かせてしまったこと、重ね重ね申し訳なく思ってるのも、じじつ。本当にごめんなさい。尾瀬さんの驚きように、こっちもびっくりしたんだもの」
「でもわざとじゃないの。ほんとうにわざとじゃないんだからね。よく見えないってユーヒが位置移動しようとしたときに小石を蹴飛ばしちゃったの」
「未知戸さんが身を乗り出して食い入るように見ててよく見えなかったから……」
「な、なによ、ユーヒは興味なさげにどうでもいいわってカンジだったじゃないの。だから私が遠慮なく見てたのにっ」
「ないわけではなかったの。未知戸さんに比べるとなかったというだけで」
二人で言い合う彼女たち、前にも見たような光景だ。
「ははは……。ほら、尾瀬。幽霊じゃなかっただろ」
苦笑いしつつも俺はそう言った。
「そ、そうだね。陽香ちゃんと、一乃下さんだったんだ」
気まずそうに、気恥ずかしそうに、尾瀬が控えめに笑う。
「だから、シズカが見たのもきっとユーヒよ。幽霊みたいな雰囲気醸し出すときあるし、サクラコと見間違えたんでしょ」
「私の髪は真っ黒よ。園田さんの髪は茶色、どちらかといえば未知戸さん、あなたの髪色の方が近い」
「そー?」
「そうよ」
「まーそれはさておき、よ。シズカ、大丈夫? 怯えっぷりが半端なかったけど」
陽香がぽんぽんと尾瀬の頬をソフトにタッチしつつ、尋ねる。
「大丈夫。ごめんね心配かけちゃって」
「謝るのは私たちのほう。驚かせた張本人なんだから。あなたは謝らなくていいの、このもちはだ娘めっ」
「ひゃ、ひゃめへひょぅ」
陽香に頬をたぷたぷされ、尾瀬は困惑している。
「幽霊なんているわけがないわ」
静かに、真顔で、夕陽はそう言った。
「ねえ桜利くん。いるわけないわよね?」
「ああ、いないな。いないいない。幽霊なんていない」
幽霊はいない。黒い影はいない。超自然的現象は起こり得ない。……言ってて虚しくなる。中身の詰まっていない、空っぽの言葉を吐いている気分だ。俺自身が、俺の言葉を気持ちを信じ切れていない。
「あれ、でもオーリ、この前帰りに幽霊見たって言ってなかった?」
「え、いるの?」と尾瀬の恐怖が蘇ろうとしたため、間髪入れずに首を振り、
「気のせいだろ。幽霊も影も、いるはずがない」
そう……断言だと思われるように、言い放つ。「うんうん」と夕陽は頷いていた。「ふーん」と陽香はとくに興味なさげだった。尾瀬はほっとしていたようだった。
「あ、そうだ。私たちも、サクラコのお墓に参っておきたいのよ。きちんと花束だって買ってきたし」
置いていたのだろう花束を持ち、夕陽が「短い時間だったけど、クラスメイトだものね」と優しく微笑んだ。
「サクラの? うん分かった、ならもう一回……おーりくんも、大丈夫?」
「もちろん」
そうして俺たちは四人、園田桜子の墓前に合掌し、その後は雑談をしつつ、霊園を出て、バス停まで下り坂を下りていった。もっぱら尾瀬と陽香による園田についての思い出話に、俺と夕陽が聞き役となっていた。
「サクラコと最初に知り合ったのが、いつだったっけね。シズカとは小学校の最初らへんにいっしょのクラスになってから友だちになったし、その後だったかしら」
「えっとね、確か……そう、おーりくん。おーりくんとサクラがいっしょに学級委員になったでしょ。ほら、小学校の三年生くらいだったかなクラス替えで、おーりくんに陽香ちゃん、それと三択くんと私がみんな一緒のクラスになったとき」
「あー、なったわねえ、みんなで同じクラス。オーリといっしょになれてテンションが上がったのを憶えてるわ」
「うん、うん。陽香ちゃんのテンションがすごいことになってたの私も憶えてるもん」
尾瀬と陽香、前を歩く二人の会話が聞こえてくる。
「テンションがすごいことって、未知戸さん、どんなふうになってたの?」
隣を歩く夕陽に、そっと尋ねられた。
「きゃっはーってなってた」
「きゃっはー……」
「私には程遠い言葉だわ」と夕陽がぽつりと言い、「そのころから未知戸さんはきみのことが好きだったのね」と続ける。「ああ」とだけ答えた。
「それでね、サクラとおーりくんの二人は学級委員の仕事で二人一緒にいることが多くなって、それから自然、私たちもサクラといっしょに遊ぶようになってって感じだったかな」
「そうだったわねー……サクラコはきっと……ふふ。懐かしい」
思い出を語って笑う陽香は、優しい声色をしていた。彼女は彼女なりに、園田の死を悼んでいるのだ。自然と表情が綻ぶ自分がいることに気付いた。
「夕陽?」
見ると、隣を歩いていたはずの夕陽が立ち止まっていた。眉尻をさげて……心なしか、寂しそうに微笑んでいた。
「少し、羨ましいかな。だってきみ達には、語れる思い出があるんだもの」
夕陽は転入生だ。
つい最近、俺たちの高校に入ってきたばかり。彼女と俺たちとの間に共有される思い出は、あまりに少ない。
「ううん。少しじゃないや──とっても、羨ましい」
そう言う夕陽の表情は、あまりに寂しかった。まるで無関係な舞台を眺めるかのように、自分が除かれた日常を、他人事みたいに見つめているかのように、彼女は自分の痕跡がない思い出話を聞いている──心のうちに寂しさをため込みながら。
「……これから作ればいい」
そんな言葉が、口から出た。
「これから?」
呆気にとられた表情で、夕陽が聞き返す。
「思い出はなにも過去だけにあるわけじゃない。これから俺たちが進む先にだって、思い出になり得るものが転がっているかもしれない。それを拾い上げていくんだ。将来、俺たちが笑いながら語り合えるような思い出が、これから先にないわけがない」
言い終わってもまだ、夕陽はぽかんとしていた。
「と、そ、そう、思うわけだよ。俺は……はははっ……」
急激に恥ずかしくなってきた。夕陽を励ますためとはいえ、さすがにクサすぎただろうか。
「────ふ、ふふ。あははっ」
朗らかという言葉があまりに相応しい表情で、夕陽は笑った。照れくさくなり、俺もつられて笑った。ひとしきり笑うと、夕陽は目を細めた笑みのまま、「励まそうとしてくれてるのは、とても伝わってきたわ」と言い、「それじゃあ私は、きみのエールに、こう返事します」
「うん。分かったよ、オーヂ ゃん」
そう、言 ヂヂた。また、ノイズ。
黒い影の夕陽はすぐに人の姿に戻り、「行きましょ。未知戸さんと尾瀬さんが待ってるわ」と俺の手をそっと引いた。それは、前の二人のところへ連れて行くために、だ。
彼女の向かおうとする先は、果たして俺の死ではあるのか。
「いいや……」
自らの問いに、首を横に振る。
そうは思えなかった。これまでの彼女の言動からして。
「桜利くん?」
夕陽がひとり首を振っている俺を、きょとんと見つめている。
「なんでもないよ」
だから彼女には、そんな風に答えた。
……そう、これはなんでもないことなのだ。姿が変容するということを除けば、夕陽は一人の、人間の女の子なのだろうから。
この考えの正しさを、俺は信じたい。信じたく思う。
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