お墓参りに行った
澄み切って晴れ渡る青。
葉のざわめきくらいの音しかない、静かな処。
生を終えた人々の残滓が納められる、直方体の石塊群。
朝陽ヶ丘西霊園に、俺たちはいる。
街の外れ、建物が疎らになり田畑が広がり始める境目の高地に広がっている墓地である。敷地は大きく、市内に住む人間はそのほとんどが、此処や、東霊園の方に骨を埋める最後を迎える。人生の、云わば終着点だ。ずっと生者を待ち受けていたであろう──死、というソレに迎えられて。
「真っ青だな、空」
「そう、そうだね。良い天気……」
まず二人で、花を買いに行った。死者に供える為の花束。料金は、私が全部出すと言って聞かない尾瀬をどうにかこうにか、折半まで譲歩してもらった。
そうして買った花束は、尾瀬が今現在両手で大切そうに抱えている。定番の菊にカーネーション、アイリス等々、店員の人にできるだけ華やかなものを選んでもらった。
色鮮やかであるのは、園田が華やかであることを好んでいたから、と尾瀬は寂しそうに笑っていた。故人を語る者の悲しみだった。
そこからバスに乗って移動し、今に至る。
「こっちだって、聞いたけど……」
俺たちは綺麗に整備された石畳の道を歩いていく。
見渡せるほどに広い霊園だが、今は俺たちしかいない。
「あっ。あったあった。ここだよ、ここ。園田家。うん。サクラの……うん、お墓」
園田家之墓、と彫られていた。
墓石の側面には墓誌が併設され、園田桜子の名前と、日付が添えられている。それは、彼女が確かに死亡し、火葬され、納骨されたという証明だった。彼女は死んだ。首は果たして、見つかったのだろうか。もしもなければ、彼女は首が無いまま納棺され、首が無いまま荼毘に付されたことになる……居た堪れない。炉から出てきた首のない白骨を見て、遺族は何を思えばいいのか。
「……サクラ」
尾瀬が唇を噛み締め、じっと園田の名前を見つめる。
「お花、持ってきたから。サクラの好きそうな色、選んだんだ。久之木くんもいっしょに、買ってくれた。サクラの為に」
「……」
この場合、どんな言葉を発するべきなのだろう。
死者に対して語る言葉は一方的だ。伝わることはない。それでも死者へと語り掛ける。伝わらない言葉は誰へ向けられる? 誰に届く? 誰が受け取る? 共に悼む者へか、自分自身へか。
「花、置いておくね」
花立てにはもう既に、菊の花があった。
尾瀬はそこにそっと、花束の中の花達を移す。そして線香に火をつけ、手で振って消し、線香立てへと。
「……」
俺たちは無言で合掌し、目を瞑った。
どんな言葉が相応しいのか分からない。だから俺はただ、彼女の冥福を祈った。どうか安らかに。
「……」
そしてふと浮かびあがってきたその思い──お前を殺した犯人を、見つけるから。
園田桜子は殺された。
何者かに殺されたのである。
ならば殺した者がいる。姿を潜めている者がいる。
俺はその人物を知りたがっている──と、そう、気付いた。自覚した。
目を開けると、尾瀬はもう既に目を開けていた。開けて、俺を見ていた。
「……とりあえずは、挨拶したよ。そっちがどんなところか分からないけど、安らかに、って。サクラがそんな私に対してどう思っているのか、もうわかんないんだけどね」
後頭部に髪をまとめた、尾瀬のいつものポニーテールがそよ風に微かに揺れていた。
「……」
じぃっと、尾瀬は園田の眠る墓石を見つめている。
「あのさ……俺の家の墓も、ここにあるんだ。少し挨拶っていうか、見てきてもいいかな」
「ああ、うん。どうぞどうぞ、遠慮なくっ」
なんとなく、だった。
親友の死と真正面から向かい合う尾瀬に遠慮した、というのもあった。
探すと、家の墓はすぐに見つかった。
久之木家之墓。
墓石周辺は綺麗に清掃されていて、花立てには菊の生花が鮮やかな黄色に映えている。墓誌には祖父や祖母の名前が彫られていて、そして──ヂ────『久之木桜利』……俺の、名前。
「え……」
ぱちぱちと瞬きをヂヂし、目をこする。ありえないものが見えた。
すると、俺の名前はやはりそこにはなかった。目の錯覚だったようである。なら、いい。合掌し、目を瞑り、俺は元気でやっています、と祖父母へと心の中で報告した。さて、戻ることにしよう。
「あ、久之木くん。お墓、見つかった?」
「きちんとあったよ」
尾瀬はまだ園田家の墓石を見つめていた。
「ねえ、久之木くん」
「うん」
「サクラはね、久之木くんのことが好きだったんだ。知ってた?」
……。
「……いいや、知らなかった。初めて聞いた」
突然の言葉に、思考が数拍、停止した。
尾瀬の方を見る。薄笑いを浮かべた彼女が、俺を見ていた。
「ど、どうしたんだ、尾瀬……尾瀬?」
心臓がどくんどくんと早鐘を打ち始める。
なぜだか分からないが、これはいけないという感覚が起こる。
「想いを告げられないままサクラは死んじゃった。だから──私が代わりに告白したげるんだ」
尾瀬の浮かべる笑みは異様なまでに、あの黒い影のソレに似ていた。吊り上がる口は恍惚であり、こちらを一心に見つめる視線はあまりに一途すぎて……微かな恐怖すら覚えた。
「『私は、久之木桜利くんのことが、好き、です』」
言い終わると同時に、固まる俺の身体に、目の前の少女が勢いよく抱き着いてきた。衝撃にたたらを踏むが、なんとか倒れずに済んだ。済んだが、
「言っちゃった、言っちゃったっ。これが、サクラの想いなんだよおーりくんっ」
……どうしたら。
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