『モルスの初恋』

     11


「明日はお休みだから……明日ぐらいに、お墓参りをね。その、いっしょに……」

 小瀬静葉と条理桜花が、殺された園田咲良のお墓参りに行こうという秘密? の約束をしている場面に、死は立ち会っていた。扉を隔てて、『私』は彼と彼女の会話を聞いていた。

「そうだね、行こうか」

 二つ返事で、桜花は了承の意を示す。

「ほんと!?」

 それまで散々弱っていた様子の小瀬が、桜花の快諾を前に表情を忌々しいほどに明るくさせた。見て分かる通り、彼女は条理桜花に対し、一方的な、健気で気の毒なほどに片道通行な恋愛感情を抱いている。小学校が一緒だった。中学校も一緒だった。市民プールでいっしょに遊んだことだって、昨日のことのように覚えている。好きになった理由も、つらかったときに優しくされただとかそんなありきたりでありふれた月並みで退屈でつまらなく欠伸が出てしまうようなものに過ぎない。

 小瀬静葉は、気の弱い女だ。

 親友の死に心を痛める、優しい優しい、小心者だ。

 思春期を迎え、日々肉体的に成長する自らの身体を、小瀬は困惑しながらも、また同時に想い人に触れられる姿を夢想したり、己の肉体のプロポーションにささやかな自信を持っていたりもする。少なくとも道戸穂乃果よりは、彼女は確かにスレンダーではあるが、肉感的には勝っていると思っていたりもする。親友である園田咲良に対してだって、そうだ。だってだって、条理桜花ですら、成長した自らの身体の、特に胸部を盗み見ることがある──気がする、のだから。

 条理桜花とは明日、そんな親友の園田咲良の、カワイソウなことに殺されてしまった彼女のお墓参りに、桜花と二人で、二人で! 行くのである。これはもう、デートと云っても差し支えないだろう。

 もちろん、園田咲良を悼む気持ちは本物だ。真実だ。

 だが、条理桜花を想う気持ちも本物であり、真実なのである。

 そんな二つを明日、満たせる。一石二鳥というものではないか。

 親友の死を悲しく思う気持ちの傍ら、桜花と二人きりで出かける機会を得られたという嬉しさもある。なかなかに図太い少女である。

「さよなら。またあしたぁ」

 桜花に手を振り、或鐘先生に頭を下げ、小瀬は廊下へと出る。嬉しそうに、思春期の少女の笑みを浮かべながら。

「あれ、静葉。どうしたの、そんなに嬉しそうな顔しちゃって」

 廊下に出てすぐ、彼女に出くわした。

 道戸穂乃果。同性の小瀬の目から見ても綺麗だと素直に褒めてしまうほどの同級生で、条理桜花の幼馴染で、とてもとってもなかよしな子。彼女が条理桜花を好いていることは明らかだった。故に小瀬は、彼女のことが苦手となった。小学校の頃はまだ純粋な仲良しだったのに、中学校、高校と年齢を重ねるにつれ、異性というものの輪郭がはっきりとしてくるにつれて、苦手になっていった。

「う、ううん。なんでもない」

「そう? でも、よかった」

 そう、穂乃果が微笑む。

「え、どうして」

 よかった、という言葉の意味が解らなかったから、小瀬は聞き返した。

「ああいえ、その……やっぱり、落ち込んでたから、あなたは、とくに……」

 気まずそうに言い淀む穂乃果の言葉は、園田咲良の死を指していた。親友が死んで暗い顔をしている小瀬に、彼女なりに気を病んでいたのだろう。

「あー、そう、そうだね。悲しいのは悲しいし、これからもずっと悲しいんだろうけど、私は、大丈夫だよ」

 苦手であれども、嫌いにはならない。

 恋敵であろうとも、憎んだりはできない。

 小瀬静葉にとって道戸穂乃果は、やはり大切な友人なのである。優しく小心な少女は、人を憎むことができないタイプの人間だった。

「それじゃあね、穂乃果ちゃんっ」

「ええ、また」

 別れの挨拶を交わし、再会の約束も交わし。

 穂乃果は教室の中へと入っていった。条理桜花のいる教室内へと。

「……」

 やはり彼と彼女は仲良しだ。自分よりも。

 無言で教室を数秒眺め、小瀬はううんと首を振った。落ち込む必要はない。約束は取り付けたのだから。

 少しばかりの、勝利というものを味わいつつ、小瀬は軽やかな気分で廊下を歩み始めた。そのとき、誰もいないことを確認し、軽く自らの胸部を、大きな二つの乳房を制服越しに触れてみた。武器になるだろう、その肉体的特徴を蠱惑的な視線で眺め見る。

 廊下の暗がりより、死はその動作を見ていた。

 そして、『私』は思う。

 

 ──なんとまあ、浅ましい女なのだろう。

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