放課後になった
考え続けていたら放課後になった。
授業終了のチャイムとともに、解放されたクラスメイトたちの喧騒が教室中に響き始めた。
「さぁて、行くべ! オーちゃん!」
「行くって、どこに?」
「ゲーセン! 通りんところにある『アメ』に!」
レモンの向かう場所は、俺も知っている。これまでも何度かいっしょに行ったところだ。朝陽ヶ丘市の通りにそっと建っている古びたゲームセンターで、店舗名を『THE GAME』と云うのだが、『G』の部分の塗装がすっかり落ちてしまっていて、ぱっと見だと『THE AME』となっている。だから『アメ』という名で俺たちの中で定着してしまった。ザ・アメ……いや、ジ・アメとなるのか。
「あのUFOキャッチャーなぁ」
「おう。取れるまで俺は挑戦してみせると決意した! そしてその決意は今日ケチジツするんぜ! 今日こそはとっちゃる! あのプゥルェミィアアムな太陽の精をなぁ!」
朝陽ヶ丘市には、知名度が抜群に低いがマスコットキャラクターがいる。『太陽の精』という名のそのマスコットは、人型で、銃を構えた男をデフォルメチックにした人形だ。虚無を見つめる人形の洞穴のような瞳は、いつ見てもやるせない。照り付ける陽光に眩げに目を細めているという設定のようで、暑さで額に汗を浮かべているというディテールの拘りまである。朝陽ヶ丘市はどこをどう捉えてそんな人形が売れると踏んだのだろうと考えてみたことはある。結果はなにも分からなかった。その日は暑かったのかな。
レモンは、その『太陽の精』のコレクターである。太陽の精についてのなにかが彼の琴線に触れたようだ。
「そんなに欲しいか、あれ」
「かー! オーちゃんはあの良さが分かんねえタイプの人かぁ! あのやるせなさがくせになるんべべ?」
「そうなのか……」
「そうなんぜ! しかもあのUFOキャッチャーの中にあるのはプレミアムなやつだ。ぷぅれぇみぃあぁむぅ、な、な! 生産数も確か千個もいかねえって話で、なんで『アメ』のUFOキャッチャーの中に入ってんのかさっぱりなんだけどよ、まあ運が良かったってことで!」
「押せば喋るんだっけか」
「おう、しかもなんパティーンがあるってよ。まじ欲しい。切実に手に入れたい。オーちゃん暇だろ? 行こうぜ?」
「オッケ。行こう」
「決まりだな!」
ゲーセンに行くことが決まった。
俺とレモンは二人して廊下に出、階段を下りて下駄箱まで来た。西日差す下駄箱と帰りゆく生徒たちの光景は、いつ見てもうら寂しい感覚を起こさせる。
秋の日はつるべ落としと言うが、まだ陽は落ち始めていないようだ。
「あ、久之木!」
靴を履き替えていると、名を呼ばれた。見ると、ひとりの女子生徒がいた。
「近泉……? どうした?」
「陽香がずっと不機嫌だったんだけど、あんた何か言った?」
「あー……」
言ったというか、言われたというか。
「言ったっぽいね。謝っときなよ、あの子の機嫌直せるのってアンタぐらいなんだから」
「分かったよ。後で電話しとく」
「直接言えっての。まだ陽香学校の中にいるだろうし」
近泉は陽香と仲が良い、と思う。二人でにこやかに何かを話していたりするのを何度か見かけたという理由だけだが。きっと友情が近泉を動かしているのだ。仲良きことは美しきかな、と昔の人も言っている。
「……レモン、わるい」
モヒカンに向けて、両手を合わせる。これから陽香を探すなら、必然、レモンとゲーセンに行けなくなる。その謝罪。
「気にすんなってのオーちゃん。いっしょにゲーセンなんざいつでも行けるしよ。陽香が機嫌悪いってんならそっちユーセンすべきだわ。オサナナジミ的にもそう思うぜ?」
「すまん」
「はん。まあ期待しときなっし。明日オーちゃんは拝むことになろうからな、プレミアムな太陽の精を! せいぜい羨ましがるといい!」
そして、レモンは意気揚々と『アメ』に向かっていった。
近泉はこれからバレーボール部の練習があるらしく、体育館へと向かった。陽香の行方を聞くと『ふらっと何処かへ行った』とだけ言われた。漠然。
校舎内はすっかり人気がなくなっている。遠くから部活動に励む生徒の掛け声や、吹奏楽部のぶおおおーーー、という覚束ない金管楽器の音が微かに聞こえてくる。夕暮れの校舎。人のいない廊下。
一日の黄昏のこの時間はいつも、言いようのないもの寂しさを感じる。
……いったい、陽香はどこにいるのだろう?
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