あなたへ届けた手紙

 前略


 突然このような便りを受け取りさぞや戸惑ったことと思う。

 水代永命君が亡くなられた。なにも君を、親しき者を失い悲しみに暮れる人々の愁嘆場に巻き込もうとしたわけではない。ひとつ、気になることがあった。それを伝えようと思い、こうして文をしたためた次第となる。君は興信所の如き事業に勤めていると人づてに聞いたものだから、このような事態に興味が湧くかと思う。僕の勝手な偏見だけれども、興信所とはすなわち、探偵なのだろう?

 もったいぶらずに簡潔に記そうと思う。

 僕が奇妙に、というよりもある種の薄気味悪さを感じたのは、永命君の死に方ではなく、その枕元に置かれていた一枚の紙についてだ。

 当の永命君は布団の中で眠るように死んでいたらしい。ごくふつうの心不全だそうだ。彼は、酒に浸りはじめてからというもの、晩酌を常としていた。それが祟ったのだろう。

 彼の携帯へかけても出ず、家にすらも連絡がつかない——永命君は君もご存じの通り、独り身だ——ものだから、知人が訪ねていったところ、穏やかに布団の上で横たわる彼の遺体にご対面と相成った。仰天のちに悲鳴をあげて尻もちをつき、ようやく落ち着いた頃にその紙を見つけたらしい。

 その紙上には、黒鉛筆でいかにも達者な字面を構えた文字が一文。


「痺れを切らした死が親しみを携えてやって参りました」


 君は、どう思う?

 不吉と思うだろう? 

 忌まわしき一文と思うだろう? 

 死が迎えに来たのだ。死が彼を連れ去ったのだ。君もまた例外ではない。すぐに迎えが来ることだろう。一度目は逃れられた。だが、二度目はそうはいかない。彼女は君を逃がすつもりなど毛頭ない。毛頭ないのだよ。条理、桜花くん。努々忘れぬことだ。君は死に愛されている。どうすることもできぬほどに愛されている。 

 君の物語の幕開けから、今に至るまでずっと。    草々

 十一月十三日 未明の街にて、消し去られた友人より

 

 稲達孤道様 



 私も、私の好きなあなたを逃がすつもりはありません。

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