第08話 もう1人の愛川奈緒(1/2)

わたしは追われていた。しかも翼が生えている得体のしれない存在にだ。

最初は少しイケメンでかっこいいと思ったけど……

途中から自分のことを中二病に毒されたように天使だって

名乗り出した痛いヒトだと分かったから、ちょっとね。

それにしても自分が改造人間から命を狙われる浮き世離れした世界に

介入するなんて思ってもみなかった。

昨日は嫌な記憶の夢を見たし、夢なら夢で早く覚めて欲しいな。


「……また飛んできた、早く隠れないとっ」


わたしは屋根のある狭い路地裏に入って身を隠す。

逃げ回って少しだけ分かったことだけどあいつは足が地面につくのを

凄く嫌がっているみたい。単にもの凄い潔癖性だけかもしれないけど。

それにあいつの翼は広げると予想以上に大きくて細い通路では

翼が傷つくの恐れているようで、狭い場所に待機していれば

比較的に安全だと思うわたしの考えた持論だ。

どうだ、わたしの着眼点は凄いだろって関心している場合じゃないよね。

これもこの男の体になった影響かもしれないけど……

こんな筋肉質のむさ苦しい体は汗臭いし嫌だよ。


「あ……雨だ。雨が降ってきた」


わたしはラーメン屋さんの裏口付近に三角座りをする。

動けない時間が増えるほど退屈になり、わたしは病院であったことを

思い出していた。


目を開けるとわたしは見たこともない管の量に繋がられていた。

わたしを逃がすまいとした足枷みたいだ。口にも酸素を送り込むマスクが

つけられ、医療ドラマで見た患者さんの光景そのものだった。

このままわたしはクラスメイトに嫌われて死んで行くのかなって思っていた。

……だけどお母さんとあゆむが「お父さんのことをよろしくね」って

聞こえたような気がした。

そうだ、わたしはお父さんを残してまだ死ぬことはできないんだ。

わたしが生きたいって願うたびに脈拍計の数字がどんどんと上がっていく。

これまで辛かったのがウソみたいに全身に力がわき上がってくる。

信じる力は奇跡を起こすって本当だったんだ。


「……うん?」


元気になった途端、お股に変な違和感を感じるぞ。嫌だな、できものかな?

もぞもぞ、もぞもぞ…… パンツに手を入れて確認するわたし。


「……っ!?」


「……えぇぇっ? 何で……ウソでしょぉぉーー」


ギリシャ彫刻の石膏で見たことのある変な物体がわたしの体に移植されている。

わたしはきっと悪の組織に捕まって改造手術を施されたんだ。

何でだよ、バッタ仮面じゃなくて性転換ってまた酷いことをするんだよ。

こんないじわるなことをしても世界征服なんかできるわけがないよ。


バリィーーーン……

前置きもなく窓ガラスが音を立てて割れ、飛び散る。


「きゃあぁぁーー」


わたしは地震だと思い布団で覆い顔を隠す。


「あれ、あれ、床は揺れていないぞ」


バタン……バタン、バタン。


「……いったい何が起こったの、怖いって」


ホラー映画でよくあるポルターガイスト現象かもしれない。

それはそれで恐ろしいから嫌だけど……


「もう、おさまったかな?」


布団の隙間から目を出してきょろきょろと見渡すわたし。

するとわたしを監視していたと思われる看護師さんたちが倒れていた。


「早く助けないと……」


無我夢中でわたしは繋がれたチーブを引き抜き、看護師さんに近寄った。

そして看護師さんの胸元のボタンを緩め、心臓ある部分に耳を重ねるわたし。


「……あわわ、心臓が動いていないっ??」


「意識がないってことは心臓マッサージだよね。

 違うか、人工呼吸の方が腕力のないわたしでもできるか?」


看護師さんは女のヒトで良かった。

うんうん、嫌いなグリーンピースのように選り好みしていてはいけない。

こんな緊急には男のヒトでもキスしないとダメなんだ。

わたしは看護師さんの鼻を塞ぎ、気道を確認して大きく息を吸い込む。


「ふぅ、ふぅ……ふぅ、ふぅ……ふぅ、ふぅ……」


お願い、息を吹き返して下さい。看護師さん。

わたしは看護師さんに何度も何度もキスを繰り返した。


「きみのおこないは全て拝見させて貰ったよ」


わたしは声に反応して顔を上げるとそこには見たこともない綺麗な翼を

まとった人間が立っていた。翼と相まって白い肌が美しく整った鼻筋が

通った顔がまた何とも言えない美形だった。手には大きな剣が握られている。


「人間の軍門に降ってもまだ僕のことが見えているんだね。

 正直、驚いたよ。レオエル。そんな患者着まで着せてもらってさ」


「同族殺しのきみにも人々を救いたいって思う気持ちがまだ残っていたんだね。

 まあ、助けられた恩義で動いている可能性も否定できないが……」


「いったい何のことなんですか? 

 言っている意味がわたしにはよく分からなくて」


このヒトってコスプレイヤーさんじゃないよね。俳優さんかな?


「これってもしかして映画の撮影だったんですか?

 嫌だな。わたしは映画のエキストラに応募なんてしてないのに」


よかった、わたしのお股についている異物はきっと特殊メイクだったんだ。


「お父さんの仕業ですかね? わたしを驚かせようとサプライズして

 お父さんは黙っていたんですよね。何も知らなかった分だけわたしは

 自然に演技できたんだと思います。でも、これって演技って言うのかな?」


「…………」


「あれ? おかしいな…… もうテープって止まっていますよね?

 監督もカメラマンさんも出てきて、ちゃんとわたしに説明して下さいって」


「やっぱりきみは演技でしかヒトを愛することはできなんだね」


「ヒトを愛するって、女の子同士でもやっぱり嫌ですよ。

 あれは人命救助で仕方なくやったって言いますか?」


「ヒトを万別なく愛するのが天使の使いの使命なのに。

 やっはりガブリエル様の提示は正しかったようだ」


「ガブリエル様の名の元にレオエルに天罰を下す。

 おとなしくその首を天界に献上しろっ!」


天使と名乗る男はわたしに向かって剣を振りかざす。


「……ちょっと待って下さいって……きゃあぁぁーー」


わたしの脇に剣がかすめる。どくどくと服が真っ赤に染まっていく。

撮影なのに真剣っておかしいでしょ。痛いって……

どこまでこの映画リアリティーを追求しているのよ。まったく。


「そんな弱々しい言葉を吐いてどうしたんだい、レオエル。

 わたしの油断でも狙ってるのかな?」


「わたしはレオエルって名前ではありません。

 誰かと勘違いされていませんか? もう暴力の振るうのはやめて下さい」


「今度は誰に罪をなすりつけて逃げようとする。

 そこまできみは堕落したのか?」


わたしの言葉も焼け石に水だ。あのヒトは最初から聞く耳を持ってくれない。

ここにいたらダメだ。わたしは確実に殺される。

これはきっと何かの夢なんだ。それでも夢中でも死にたくない。

お母さんとあゆむにお父さんのことをわたしは頼まれたんだ。

余りヒトを騙すことはしたくないけど……

あんなにガブリエル様にラブラブだったらわたしの言葉でも

少しは信じてくれるかもしれない。


「あんなところにあなたの大好きなガブリエル様が……」


あんなところにユウホウが改め、あんなところにガブリエル様が

大作戦の開幕である。わたしは適当に空を指で差す。


「……ああ、ガブリエル様、ガブリエル様。

 こんな薄汚い大地にあなたのような高貴で美しい方が

 降臨なされるとは……」


きょろきょろと辺りを見渡す天使と名乗る男。

よし、第一関門はクリア。じゃあ次のステップだ。


「わたしはお邪魔したら悪いから先に帰りますね」


そう言ってわたしは割れた窓ガラスの枠に足をかける。


「……ガブリエル様、ガブリエル様。

 ガブリエル様はいずこえ、いずこえ……」


天使と名乗る男は奥さんに先に旅立たれたように

取り乱してガブリエル様を探していた。

真実を告げずに相手から逃げるのは卑怯者のすることだよね。

それに必死で探している姿は見ていて、何だかかわいそうだし。


「ごめんなさーーーい……わたしの見間違いだったみたいですーー」


わたしは見るに見かねて天使と名乗る男に謝りながら、

学校の窓から校庭に出る感覚で飛び降りる。


「ウソでしょ……ここがこんなに高いって聞いてないよっーーー」


空高くにわたしは宙に舞い落ちていく。


「いやぁぁぁだぁぁーーもう……前がはだけるっ」


お股についた変なもの揺れ動いているし、もう最悪だよ。死にたい。

わたしはこんな惨めな思いして死んでいくのかな?

ごめんね。お父さん、お母さんそしてあゆむ。バカなお姉ちゃんでごめんね。 

……でもわたしは欲張りだ。

残されたお父さんのためにもわたしは死ねないってつい思ってしまう。

絶対に信じる力は奇跡を起こすんだ。


わたしにも一瞬だけ翼の生えてような気がした。

翼に包まれて直撃を和らげてくれたような不思議な感覚。


ドスーーン


「いてて、あれ、あれ、わたしはまだ死んでいない。

 地面に直撃したって思ったのに……」


気づくと悪の組織の研究所にある中庭でうつ伏せになっていたわたし。

もう外は真っ黒だった。でもこの辺りの風景は何だか見覚えがある。


「男の子の体って凄いよ。

 あんな高さから落ちてもあんまり痛くない」


「この筋肉量だとそうとの鍛錬を積んで

 無意識に気の力をコントロールをしたのかな?」


もう夢の中なら、わたしは何でもできるような気がした。


「……そうだ、ここはまほらば総合病院の中庭だったんだ」


「しかし落ちた痛いみよりも天使と名乗る男に剣にかすった痛みの方が

 痛いって、どうゆう理屈だよ。まったく」


わたしが感情的に嘆いていると。


「よくも……よくもこのわたしを愚弄したな。

 ゆるさんぞ、レオエルっ」


上空から声が聞こえる。天使と名乗る男はかなり怒っているようだ。

首を上げると吊り上がっていく眉まではっきりと見えた。

これもきっと夢の力だよね。


「さっき、ごめんなさいって謝ったのに。今度もごめんなさーーーい」


わたしは急いで悪の組織の研究所から逃げ出した。

まほらば総合病院って悪の組織と繋がっていたのかな?

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