第07話 愛川奈緒の記憶と影

「……また九条さんたちは矢ノ内くんに悪さしちゃって、

 まったくしょうがないヒトたちだな」


教室に誰もいないことを確認してからゴミ箱の奥底に

眠っているノートを拾い上げるわたし。

そしてわたしは矢ノ内くんの机の中にこそっとノートを戻してから

学校を下校する。それがわたしの毎日の日課だ。

九条さんたちの過ちを未然に防いで、矢ノ内くんも何事のなかったように

学校で生活を満喫する。

それがわたしが実行している一石二鳥のハッピーあんど計画である。

小心者あるわたしは面等向かって、九条さんたちに注意することができない。

別に正義のヒーローになりたかったわけじゃなくて……

いいことをしている自分にわたしは少しだけ酔っていたかもしれない。


わたしは女子トイレに隠されていた矢ノ内くんの筆箱を

無事に発見して矢ノ内くんの机の中に戻す。


「隠された財宝(筆箱)を見つけ出した快感はまた最高なんだよね。

 今日もいいことをしたし、帰っておやつでも食べようかな?」


そしていつものように教室を出ようとする瞬間だった。


「……やっと尻尾を掴んだわよ。この泥棒猫。

 最近、矢ノ内の反応がいまいち面白くないと思っていたら、

 あんたの仕業だったんだね。愛川さん」


九条さんの罵声が聞こえると同時に九条さんそして

取り巻きの女子たちに囲まれてしまうわたし。


「わたしはたまたまお手洗いに行ったら、筆箱が落ちていたから

 これって矢ノ内くんのかなって思って机に戻したんだ」


わたし自分を守るために弁解するけど……

九条さんに余計に油を注いじゃって。


「何でこの筆箱の持ち主が矢ノ内のだって分かるのよ。

 あんたあのデブの矢ノ内に惚れているの?」


「そんなわけないよ。単なるクラスメイトだよ。

 それ以外に何も関係ないよ」


「どうかしらね。あんたがいつも放課後の時間にうろちょろしているんだと

 思っていたら、教室に侵入してデブの汗のこびりついた体操服でも

 嗅いて興奮していたんじゃないの?」


「そんな汚いことするわけないでしょ。

 わたしは急いでいるから帰るね。九条さん」


これ以上に九条さんとおしゃべりすると危険だ。

わたしもいつボロが出るかも分からない。


「……ちょっと逃げるなよっ! 愛川っ!!」


わたしはネガティブの思っている小さい体を利用して中腰になり

袖口に掴みかかってくる九条さんの手を紙一重でかわす。

九条さんの取り巻きの女の子たちもわたしが抵抗するとは

思っていなかったらしく完全に判断する思考が遅れている。チャンスだ。

わたしはその隙を間髪入れずに九条さんのスカートを下に引っ張り

その反動を利用して九条さんの股をスライディングして一気に駆け抜ける。


「きゃあぁぁぁーーーー……何、ぼーと突っ立っているのよ、あなたたち。

 その早く前を隠しなさい」


「……はい、九条さん」


どうやらわたしが勢いよく九条さんのスカートを掴んだせいで

スカートが床にずり落ちたみたい。

パンツ丸見えになって、九条さんかわいそうだねって思う

余裕さえわたしにはない。

その混乱に紛れて、急いで理科室の角を曲がり階段を

降りて死角をつくるわたし。


「はぁ、はぁ……逃げないと……」


放課後になるまで時間を潰していた校舎はわたしの庭みたいなものだ。

自動販売機の位置やゴミ箱の配置まで手に取るように分かる。

わたしは開いていた窓を乗り越えショートカートして校庭に飛び出した。


「この場所ならたぶん見つからないはず……」


わたしは校庭ある茂みの中に小さく丸まって身を隠す。

これほど小さいのこと役にたったことはあっただろうか?

これは小さい頃に遊んでいたかくれんぼなんだって自分に言い聞かせて

興奮を押さえ込むわたし。


「愛川を探しているんだけど見なかった?」


「ごめん。俺は見ていないよ」


「愛川を見かけたら、わたしたちに教えてね。山田くん」


「あいつ見つけたら、タダじゃおかないんだからっ」


九条さんたちの怖い声が聞こえてくる。

わたしは震える心臓をわしづかみして呼吸を押さえ、

ただ時間が過ぎていくことだけを願った。


わたしは茂みの影から顔の覗かせると眉間にシワを

寄せている九条さんの姿が見える。


「九条さんたちはまだわたしのことを探し回っているよ。

 九条さんの就職先って警察官に向いているんじゃないかな?」


「わたしが正義の探偵いや怪盗で…… でも泥棒はダメだよね。

 ちゃんと就職してお父さんを楽にさせないと」


「……そうだ、お父さんに帰りが遅くなるって連絡しないと

 いけないんだった」


わたしはスカートのポケットに入れてあるスマートフォンを使い

「友達と遊んでくるから帰りが遅くなりますって」って

入力してからお父さんにメッセージを送信する。

そしてわたしは茂みの一部となり、怯え、九条さんたちが帰るのを

ひたすらに待つのだった。


「足がだんだんと痺れきた。このままわたしは

 茂みに吸収されて緑になっていくのかな?」


わたしが弱音を吐いて我慢していると次第に日が落ちてきて夜になった。


「さすがに九条さんたちもわたしを諦めて帰ったよね」


自分に九条さんたちはいないって言い聞かせ、自分に自信をつけるわたし。

警備員さんに見つからないようにわたしはコソコソ隠れながら

時折痺れた足を柔軟させて学校の外壁に近づいて行く。


「うんしょ、うんしょ……そーーーれっ」


わたしは学校の塀をよじ登るって外に飛び降りる。

そして脱獄した罪人のような気持ちで家に向かって走って行った。


「奈緒、友達となかよく遊ぶことには賛成だけど

 お父さんと約束した門限だけは守ろうな」


「……ごめんなさい、お父さん」


お父さんに連絡していたたけどやっぱり玄関で叱られるわたし。

わたしは食欲もわかず、2階に登るとベットの中で

泣き疲れて寝てしまったらしい。

そして目を開けると次の朝がやってくる。

お父さんに心配させない一心でわたしは学校に登校して

またあの心苦しいできごとがあった教室に足を踏み入れた。


「九条さんたちに聞いたんだけど愛川さんが僕の物を

 いつも隠していたそうじゃないか?」


学校に着いて自分の机にカバンをおく暇もなかった。

わたしを見つけるなり、親のかたきを見るような顔をして

突進してくる矢ノ内くん。


「わたしはたまたま女子トイレにあったのを拾って……」


「俺が女子トイレを使うはずがないじゃないか?

 なに、この俺が女子トイレに潜入したって愛川は疑っているのか?」


「……そんな意味じゃなくて」


矢ノ内くんに九条さんたちのことを今はしゃべるわけにいかない。

だって矢ノ内くんの直ぐ後ろに九条さんたちが目を光らせているんだもん。


「俺はどう言う意味って聞いているんだ。

 さては愛川は女にモテないからって俺のことをバカにしているのか?」


「わたしじゃないよ。わたしは何もしていない。信じてお願い矢ノ内くん」


「誰が愛川の言葉を信じるかよ。

 お前に何ヶ月も嫌がらせされたって思っているんだ。俺は被害者なんだ。

 つべこべ言わずに先に謝れよ」


九条さんたちのことは信じて、なんでわたしの言葉は信じてくれないの?

矢ノ内くん。わたしがやったことは全て間違っていたことなの?

ただクラスメイトを守りたいって思ってしていたことだけなのに。


「矢ノ内ももうその辺りで、やめといたらどう?

 愛川さんも反省しているみたいだし、わたしの顔に免じてさ」


どういう風の吹き回しなのだろう? 

わたしを九条さんがかばってくれている。九条さんは怒ってなかったのかな?


「愛川さんは矢ノ内くんをいじめていた罪を償うために

 このクラスの専属メイドとして今日から働いてくれるんだってさ」


ウソでしょ、九条さん。


九条さんは教室のみんなに聞こえるような大声で力説した。

それを聞いた男子たちは快気な声を上げ、どんどんとヒートアップしていく。


「俺、毎日愛川にパン買ってきて貰おうかな?」


「ノート写しよろしく頼むわ。

 頑張って俺の字を真似て書いてくれよな」


わたしが了承もしていないのに勝手に盛り上がる男子たち。


「わたしはそんなこと一言も……」


「あなたが矢ノ内をいじめていたことをクラス全員の意思で

 担任に密告するわよ。あんたのお父さんもすごく悲しむわよね。

 だって自分が大事に育てた娘がいじめの主犯格だもん」


九条さんがわたしの耳元で呟く。


「…………」


わたしはただ九条さんの言葉に頷くことしかできなかった。


「わたしたちはあなたの友達だもんね。

 これからも末永く友達ために頑張って、みんなを楽しませてよね」


わたしの肩の上に手を乗せる九条さん。

さっきまで怒っていた矢ノ内くんはわたしをいやらしい目で見ている。


これがわたし1人で誰にも相談しないで、

こそこそとただ正義感に浸っていた報いなんだ。


クラスに友達はいなかったわたしはこうしていっぺんに

たくさんの友達が作ることができましたさ。めでたし、めでたし。

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