第05話 まほらば総合病院
白い天井が姿を現す。白い服を着たヒトたちが俺の前を通り過ぎていく。
消毒液の匂いが鼻につく。俺の腕には細いチューブが繋がれ、
赤い液体が投与されていた。液体の正体は血液だろうか?
まだ頭が朦朧としていて、判別が難しい。正直やり過ぎてしまったの一言だ。
結論から言えば予想以上に人間の体はもろかった。
学校に遅刻しないために自分の命を削ってどうするんだよ俺。
自己暗示をかけて天使だった頃のように一瞬だけ舞い戻ったような気がしたが、
その後はまったく力がセーブできなかった。
押さえつけていたリミッターを解除したあの感覚は危険だ。
天使ってよりも悪魔に近かったのかもしれない。ぶっちゃけ殺人衝動もあった。
あのまま意識を失わなかったら……俺はヒトを殺めていたかもしれない。
「……愛川さん、愛川さん、愛川奈緒ちゃん」
女性の声が聞こえる。誰に告げられた言葉なのか、一瞬何も分からなかった。
だが後から続く言葉でようやく俺の名前が愛川奈緒だと認識できた。
「……はい」
ベットの上から自信たっぷりで看護師さんに返事する俺。
「良かった。ようやく意識が回復されたようね。
夜までうなされていたんで、みんなで心配していたんだよ」
「あのう、お父さんはどこですか?」
俺は何で奈緒のオヤジが心配しているんだ。これは親への同情なのか?
「さっきまで付ききり奈緒ちゃんの看病をしていたんだけど
急に数値が安定してきたから、奈緒の衣服を用意してあげないとって
言って慌てて病院を飛び出して行ったわよ」
「奈緒ちゃんの意識が回復するのを見届けてから
お家に帰ったら良かったのにね。
お父さんは本当にうっかり屋さんだよね。奈緒ちゃん」
「……そうですね」
「でも、あれだけ血を流して危なかったのにもうこんなに受け答え
できるまで回復しちゃって奈緒ちゃんは何かスポーツをしていたの?」
この俺のぷにぷにした手足を見て運動していたって
質問事態が的を得てないって、看護師さんは分からないのかな?
「学校の体育の時間で強制的にやらされていた程度だと思います」
「そうなんだ。それじゃあ、治癒力の正体はやっぱり若さかな?
奈緒ちゃんのお肌がもちもちツルツルしていて実に羨ましいわ」
元天使だった俺が奈緒に憑依したことで奈緒の弟であるあゆむの魂が
見えたり、自然治癒するスピードが強化されていたりと
まだまだ謎の多い奈緒の肉体だ。
「看護師さんこそ、お肌が綺麗。
今度、時間があったらスキンケアのお話が聞きたいな」
「それはね、美容の成分のヒアルロン酸が入った化粧水がね、
お肌の潤いを与えてくれて若さを取り戻しさてくれるの」
「……そうなんですか」
「でも若いからと言って太陽の紫外線にも気をつけないと
いけないわよ。一時期ガングロブームがあったけど
あのヒトたちは歳を重ねる度に後悔しているわよ、きっと」
「それで天然素材の日焼け止めクリームがね……」
お世辞を言ったつもりなのに看護師さんは何かに取り憑かれた
ように深夜の通販番組ごとくサプリを含め化粧水のことなど
美肌について30分ぐらいは聞かされた。
個室に入れられた特権が裏目に出た結果である。
しかし他の患者さんはほっといていいのだろうか?
壁にかけている時計を見ると午前2時を回っていたから
看護師さんは時間を持て余していたのかもしれないけど……
「ちょっと田中さん、点滴を入れるの手伝ってくれる。
あの患者さんって全然血管が浮き出てこないのよね?」
看護師さんがわたしと美肌効果について一方的に語り合っている
看護師(田中さん)を呼びにきた。
「分かりました。直ぐに行きます。
奈緒ちゃんごめんさないね。今ちょっと隣の集中治療室に
やっかいな体質のヒトが入ってきてるから、また後で話そうね」
「……はーい」
俺は軽く頭を下げ、看護師(田中さん)を見送った。
田中さんとの会話の中でよく出てきた「日焼けの予防のクリームは
忘れずに」の名言は夢まで出てきそうで少し怖い。お肌すべすべの悪夢だ。
そして奈緒のオヤジが病室に戻って、長く感じた1日が終わった。
回復スピードも予想以上に早く、予定していた日にちよりも
ずっと短く最短コースで退院することができた。
俺は看護師(田中さん)にお別れの挨拶をして奈緒のオヤジと一緒に
がらの悪いウサギたちが見守っている我が家へと帰って行った。
少し気がかりに思ったことは担任の先生以外に
病院にお見舞いに来る友達がいなかったことだ。
担任の先生いわく、お見舞いに行く行為そのものを禁止しているって
俺に伝えてくれたけど世間的にどうなんだろう?
俺の学生時代とは違ってそこまで校則が変わって来ているのか?
学校の方針にも寄ると思うけど……俺にはよく分からなかった。
ともあれ、無事に退院できたことに感謝しよう。
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