第04話 俺が天使だった頃の記憶

「レオエル、ねぇレオエルそんなところで寝ていないで

 あたしのお仕事に付き合ってよ」


小うるさい声が聞こえてくる。


「いつもの瞑想だって。

 俺は悪魔の殺気を関知するために精神を統一してだな?」


「また天使がウソをついているよ。

 大天使ミカエル様に報告しておくからね」


「俺を脅す気か? アキエル。

 お前の方がよっぽど罪を犯しているじゃないか?」


小柄で純白の衣からはみ出る翼は気高くそして美しく、

くりくりとしたどんぐり目と青いロングの髪が印象的の天使アキエル。

俺の戦友のその1人だ。


俺は戦いの疲れを神社に祀られているご神木の枝の上で安らいでいた。


「罪って酷い言いぐさだよね。

 あたしは戦闘以外にも人間の恋のをお手伝いする

 愛のキューピットとして晴れ晴れしく純白の道を歩いているのに」


「俺は知らなかったよ。アキエルが人間のおせっかいを

 焼いているなんて。きみもそうとうの暇人だな」


「レオエルは戦闘だけしか取り柄のない天使だけなんです。

 あたしはオールマイティを志している頑張り屋さんの

 天使なんだから心の器の許容力が大幅に違うのよ」


「自分のことを頑張り屋って言っているヤツに限って

 努力を行っていない傾向が多いんだよな」


「あたしは志している途中だからそんなヤツらに

 該当しないんだからね。分かったわね。レオエルって……」


「見せなさいよ、その怪我。

 あたしに見抜けないとでも思った?」


俺の脇腹に残っていた血痕を見つけるなり、問いただしてくるアキエル。

お前は俺の口うるさい姑なのか?


「俺だって万能戦士じゃない。

 悪魔との戦いで負傷することだってあるさ」


だからこそ、俺はご神木の枝の上で自然治癒に頼るしか

傷を治療するすべがないんだ。


「そんなことをあたしは聞いているんじゃない。

 レオエルは翼をなくして天界に戻れない哀れなアヒルなんだから

 少しは仲間を頼りなさいって……」


「エクストラ・ヒーリングっ」


アキエルの手が白く輝き出して、俺の脇腹に手を添える。

傷を癒やされるようで痛みがウソのように引いていく。


「ふふーん、これでレオエルに貸しを作ったからね。

 だからあたしのお願いは断れないしょう?」


満面の笑みで応えるアキエル。

アキエルの恩を作ると後でいろいろと面倒なことになるから

嫌だったのに……


「へいへい分かりましたよ、アキエルさん。また人間界のトイレ掃除か?」


何でもトイレを綺麗にすると神様のご利益があるそうだ。


「違うわよ。それがね、聞いてよレオエル。

 あたしがせっかくサポートして人間の男女の愛を

 育もうとしたのに男に他に愛人が複数いてさ」


「単に男が二股、三股しているって話だろ。

 ヒトは猿から進化した生き物なんだから、性欲に溺れた男だって

 別に珍しくないだろ」


「お前の愛のキューピットとしての点数稼ぎに付き合っている暇はないんだ。

 俺はまた寝るよ。おやすみなさい」


そう言ってまたご神木の枝の上で目を閉じて横たわる俺。


「そんないじわるしないでよ、レオエル。男に高位の悪魔が

 取り憑いていてわたしには太刀打ちできないんだよ」


俺を揺すって起こそうとするアキエルの声の印象が変わった。

震えるか細い声に。


「……お前、そいつドンパチして1回敗北しているだろ」


「ぎくり……そ……そんなわけないじゃん?」


顔にもすぐに現れるけど言葉でも分かりやすいときたもんだ。

アキエルのきまじめさが天使なれた理由かもしれない。


「ヒトの恋愛などには興味はないが……

 だけど悪魔が絡んでいるなから話は別問題だ」


「俺は戦いしか天界に恩を返せない哀れなヤツだから手伝うよ、その任務」


「歴戦の悪魔と戦ってきたレオエルが手伝ってくれたら

 鬼に金棒だよ。ありがとうねレオエル」


「そこは天使に金棒になるんじゃないかな?

 いや金棒はおかしいよな。剣かはたまた弓か?」


「そんなこともうどうでもいいよ。

 レオエルが一緒にいるだけでわたしは百人力だから」


アキエルは俺の話に目もくれずに優雅に翼を広げて空を自由に舞う。

俺にはアキエルが正真正銘の本物の天使に見えた。


「俺は陸専用の天使なんだから、置いていかないでくれって」


「じゃあ、レオエルがあたしに飛び方を教えくれたみたいに

 手を繋いで一緒に飛ぼうか?」


無邪気に僕に手を差し出すアキエルの手のひら。


「俺はもう昔みたいに翼がないから飛べないんだって」


「そんなことはレオエルに言われなくても知っているよ。

 だからこうするの」


アキエルは空中を旋回して俺の背後を取り、乱暴に鷲づかみする。


「何するんだよいきなり、レスリングのまねごとかよ……」


「レオエルに翼がないからあたしが代わりに翼に

 なればいいだけのことでしょ」


俺に抱きつくアキエルの胸の鼓動を感じる。

それは簡単な方程式の足し算だった。

なければないで翼を取り繕えば良かったんだ。

久しぶりに見た青い空。重力に縛られないで動ける素晴らしさ。

かりそめの翼だけど俺はまた空を羽ばたくことができたんだ……

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