第03話 初めての女の子デビュー

雲1つない青空。奈緒の家のご近所をスーツを着たサラリーマンが

ちらほら歩いていた。それに対して時間に追われることなくしとやかに

犬の散歩をする老夫婦もいる。今日も平凡なひとときが送れそうだ。


「おー、寒い」


慣れないスカート姿で外に出ると足元はスースーして落ち着かない。

思ったよりもスカートは風を感じて寒かった。

年がら年中にスカートを履いている女のヒトは偉大だとつい関心してしまう。

風でスカートがめくれ上がってパンツが丸見えになることを

警戒しながら、俺はスマートフォンをいじる。


「ふむふむ。この地域には小学校が西と東と中央の3つがあるな」


小学校なら集団登校をしていることが多いけど

さすがに地図のアプリでは集合場所までは表示されないみたい。

まぁ、表示されたらされたで困るんだけど……

そうだ、ド忘れをよそおい小学校の正門を潜らないと

集団登校をまとめる年長組のリーダーさんに悪いよな。

それ言えば奈緒の制服に名札が付いていなかった。

クリーニングしてつけ忘れたのかもしれないけど今日の運勢は最悪だ。


「地域の区切りで学校が変わる場合があるけど

 正攻法なら近くの学校に配属されるのが筋ってもんだ」


俺は小走りでまほらば西小学校に向かう。


「はぁ……はぁ、こいつの肉体は体力がないな。

 少し走るだけで息が上がる」


女の子の基礎体力が少ないのか?

奈緒の筋力が標準以下に低いのか知らないけどとにかく疲れる。


「……はぁ……はぁ、はぁ、ここの角を右とっ」


ようやく大通りに見えてきた。駅にバス停があり商店街が並んでいる。

思ったよりも早くに家を出たみたいでまだ賑わうヒトの数が少なかった。

警察に補導されることも一瞬頭によぎったがまだ朝早くて

大丈夫な時間帯だったようだ。巡回している警察官も見当たらない。

俺は田舎者のようにきょろきょろと辺りを見渡していると……


「奈緒ちゃん朝、早いね。

 今日は校外学習なのかな?」


「……はわっ!?」


挙動不審な行動の俺に親しく話してくる少女。

俺を驚かせるなって、いきなり声をかけてくるから

覆面警察の尋問かと思ったぞ。身長は男だった頃の俺よりも少し低いぐらいか。

腰までかかるカールした髪に可愛らしいつぶらな瞳。

グレーのブレザー姿で清楚な感じの女の子だ。


「くすくす、ちょっといやだ奈緒ちゃん。

 朝からわたしを笑わせないでよ。

 ランドセルなんか背負っちゃって、小学生に落第したの?


衝撃の事実である。奈緒は小学生じゃなかったのかよ。

どおりでランドセルがほこりまみれになっているわけだ。

ヒトは見た目では判断できないって本当のことだったんだ。


「冗談だって。そんなに驚かないでよ。

 奈緒ちゃんは学校の学芸会の演劇に出演するそのかな?」


「通学まで小学生になりきるなんて、奈緒ちゃんは

 まじめで役者魂のたまものだよね」


何かうまい具合にこの子は勘違いしているようだけど……

友人関係を壊さないように言葉を選び女の子(奈緒)になりきらないと。


「ふっふん、似合うでしょ。このランドセルは小学校からの

 お気に入りのヤツなんだ」


俺は華麗に1周回ってスカートをなびかせて言う。


「奈緒ちゃんはまったく何も変わっていないね。

 ほんと羨ましい限りだよ」


「今日は一緒の電車に乗っていけるの?」


この子について行けば目的地の学校まで案内してくれると

思ったけど制服が違うからその可能性も薄いだろうな。


「違うよ。お腹が空いたから駅のコンビニに立ち寄ろうと思ったの?」


「……その駅のコンビニってだいぶ前に潰れたけど」


コンビニあったことはビンゴだったけどまさか次の展開で

谷底に突き落とされるとは今日は本当に運がないって。


「あはは、わたしって余り電車に乗らないから知らなかったよ」


その場を強引に笑ってごまかす俺。


「それよりも奈緒ちゃん、時間いいの?

 学校とは真逆の位置にいるけど間に合うのかな?」


真逆ってっ? 奈緒の通っている学校はいったいどこなんだ?


「大丈夫だって。こう見えて俺の足は早かったから」


「……俺の足??」


俺の発言に目をきょろきょろさせているブレザー姿の女の子。


「……そう、そう、演劇で実は男の子の役も担当しているんだ。

 脇役って出番が少ないからいろいろとやらされて困っちゃうよね」


「そうなんだ。奈緒ちゃんも大変なんだね。

 わたし、そろそろホームに入らないと電車に乗り遅れるから」


「うん、それじゃあまたね」


「久しぶりに奈緒ちゃんと話せて楽しかった。

 今度奈緒ちゃんが出演している劇のDVDを見せてよね」


「嫌だよ、恥ずかしいって……」


「通学までランドセルを背負って登校している奈緒ちゃんの

 勇気と比べたら全然恥ずかしいないと思うけどな、わたし」


それはごもっともな意見だ。俺も恥ずかしい。


「じゃ、またね。奈緒ちゃん」


ブレザー姿の女の子は俺に手を振って改札に走っていく。


これが俺が思い描いていたアニメの中で見た女の子の学園ライフなんだ。

あんな子ばかりに囲まれた学校生活だと俺は引きこもり生活に

追い込まれなかったかもしれないな。


俺は名も知らぬ女の子が改札に入るの姿を手を振って見届けると

スカートのポケットからスマートフォンを取り出してすぐさま地図アプリで

学校を検索する。


「俺は西に向かって進んでいたから東となると該当するヤツ

 はこれしかないか?」


まほらば東高等学校。奈緒は俺と同じ高校生だったんだ。

胸ばかりに栄養を取られて身長が伸びなかった哀れな子だったんだ。

胸なら俺が揉んで大きくできたかもしれないのに

身長となると牛乳か? それだとまた胸が発育してしまうか?

ここまでセクハラして奈緒を挑発しているのにまだ目覚めないのか。

まったく奈緒の脳天さにも呆れるな。


「家に帰ってランドセルを置いている時間はないぞ。

 奈緒の名誉を守るために時刻を選択するか? それともホームルームが

 始まるまでにゴールして遅刻をまのがれるか? 2つに1つだ」


「……遅刻するとまたあのオヤジさんを心配させることになるか?

 たった1人の奈緒家族だもんな」


不名誉ならいくらでも後から上書きできるけど記録に残る時刻は生涯消えない。

通知簿を見たときのオヤジの顔は未だに忘れられない記憶。

後戻りして家に帰っている選択肢は俺にはないか。

ランドセルは……天然キャラでごり押しして突き通すしかないか?

この奈緒のビュジアルなら何とかさっきみたいに笑って誤魔化せそうだ。


俺は地図アプリでもう一度起動させて、まほらば東高等学校の最短ルートを

頭に叩き込んでニンジンを前に吊された馬のように駆け出す。

走ってスカートがめくれてパンツが見えてしまう恥じらいのことも

忘れて俺は全力で加速する。

脳で強い命令を与えているのに奈緒の体がついていかないのか

足がもつれてうまく走ることができない。

手の振りがクセづいているようで変に動きにくい。

ロボットアニメで例えるとエースパイロットが

雑魚の量産機に乗っている感覚に近いかもしれない。


「……はぁ……はぁ」


ダメだ。奈緒の筋力を甘く見ていた。

走れば、走るほど奈緒の運動能力の低さが露呈してしまう。


「このぽんこつロボットの奈緒めっ、動けって」


足が棒のように重たい。このペースだと完全に学校に遅刻してしまう。

体が苦しい。酸素、酸素が欲しい。俺は道の真ん中で足を止める。

通行人が俺を白い目で見ているようで怖い。


「……ぜい、ぜい。ダメだ。もう吐きそうだ」


まだあれだけ走ったのに登校中の生徒すら見えてこないのはどうしてだ。

もしかしたら駅から学校までのバスが出ていたかもな?

まぁ、無一文の俺には関係ないことだけど……

しかし女の子がゲロを吐くってビジュアル的にどうなんだ?


「……その、できるわけないだろっ。この体は俺以外にも

 古くから住んでいる住人(奈緒)がいるんだからっ」


俺は喉を押し殺して我慢する。余計に気分が悪くなっていくようだ。

地図アプリを起動して現在地を確認してもまだ半分も学校までの

距離が残っている。もう時間は8時をまわっていた。


「……はぁ……はぁ。この方法はだけは試して見たくはなかったが

 背に腹はかえられないか?」


「俺が天使時代に自己催眠をかけて能力を最大限に引き出していた秘術だ。

 肉体のかかるリスクもあるが奈緒が運動をさぼっていたことが

 全ての現況なんだ」


「ごめんな、奈緒。

 ターミネイト・ブースト、オンっ!」


ドクドク、ドクドク。俺の血流がドーピングされたように激しく壊れていく。

体がサウナに入っているように全身が熱い。どうやら成功のようだ。


「人間諦めずに何でも挑戦するもんだな」


目が真っ赤に充血していき、そして瞳の色が赤から青に切り替わる。

背中に見えない翼が生えたようだ。これまでことがウソのように全身が身軽い。

0から100に変わるような感覚。まるで脳汁が泉のごとく溢れてくるみたい。


「……レディー……ゴー」


俺の足は宙を舞うように一気に加速する。

でもそこから先はまるっきり一瞬のことみたいで何も覚えてはいない。

どんな経路を使って進んだとかもうどうでもいいことだ。


「……ふぅ……間に合った」


気づくと俺はまほらば東高等学校の正門前に立っていた。

でも人間の体は予想以上にもろかった。

俺の足から血潮を噴き出して場違いのほどがある。

この場所は青春まっしぐらの学生が切磋琢磨に勉強する学び舎なんだ。

ここは怪我を治療する病院じゃないんだぞ。


殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……

殺せ、殺せ、殺せ……俺をあざ笑う者は全て殺せ……


俺の中で悪魔のささやきが聞こえたような気がした。


「誰か? この小学生を保健室まで連れて行くのを手伝って」


「でもうちの制服を着ているぞ」


「先に救急車を呼んだ方がいいんじゃないのか?」


「先生たちの先に連絡した方がいいって……」


俺を心配する学生たちの声が聞こえ、そして山彦のように消えていく。

そして俺は意識を失っていった。

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