第3話 希望の桜

 あれから、授業は何事も無く進み、六限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「これで、終わりだな。気を付けて帰れよ~」

「「「はーい」」」


 そうして、授業は終わり、教科担任の先生は教室を出て行った。


「やっと終わったー」「今日、どうする?」「これから部活だぁ~」


 など、生徒達は荷物をまとめ、教室を出て行った。

 それに倣い恵瑠も荷物をまとめていると……


「恵瑠君。ちょっと良い?」


 声を掛けてきたのは、隣の席のさくらだった。


「ん?どうかしたか?」

「ん~とね、ここじゃ話しにくいから、ちょっと、付き合って」


 さくらは、そう言うと取り繕う様な笑みを浮かべた。


「あ、あぁ……」


 その、なんとも言えない笑みに恵瑠は、思わず返事をしてしまう。


(まぁ、俺も聞きたいことが有るし良いか……)


 恵瑠も決意し立ち上がると、周りの女子、男子生徒が揃って((っえ!))と驚愕の表情をして来た。


(ん?なんだこれ)


 その様子に戸惑いつつも、歩みを進めるさくらに恵瑠はついて行く。


「何処へ行くんだ?」

「ん~そうだなぁ~。何処が良い?物理実験室、三階の空き教室、屋上、あとは、そうだなぁ~女子更衣室とかどう?」


 と、悪戯な笑みを浮かべる。


「屋上だな」

「その心は?」

「海が綺麗そう」

「恵瑠君、意外とロマンチスト?」

「なぜそうなる……」


 淡々と、答える恵瑠にさくらは微笑み交じりに恵瑠を揶揄う。


「よし、じゃぁ行こうか」


 何かを決意したのか、さくらは恵瑠より一歩前に出ると、歩みを進めた。


「ここが、屋上だよ。と言っても私も来るのは初めてなんだよねぇ~」

「そうなのか?」

「うん」


 さくらは、恵瑠に背を向け静かにそう答えた。


「よっと」


 その声と同時にさくらが扉を開ける。

 すると、紅く焼けた光が徐々に広がり、二人を包み込む。


「綺麗……」


 さくらが紅く焼けた海と空を真っすぐに眺め呟いた。

 呟いた、さくらの黒髪が紅い夕日を反射させ、若干赤みを持っており、幻想的な人物に恵瑠は見え、思わず呟く。

「あぁ、綺麗だ……」


「「……」」


 二人の間は暫く沈黙に支配され、幻覚の様な空間が広がった。


「……そうだ、話さないと」


 さくらが、そう呟いたのをきっかけに、恵瑠も現実へと引き戻される。


「そうだ、俺に用とはなんだ?」

「うん。二週間くらい前に、病院に恵瑠君いたよね?」

「あぁ、居たな。そして、お前も居たと俺は記憶している」

「うん。居た。居たはずだった」


 二人は、向き合わず夕日を真っすぐに眺め話を進める。

 お互い、見てはいけない様な気がしているのだ。


「はずだったかぁ……まるで、もう居ないみたいだな」


 その言葉に、さくらは首を横に振る。


「私は今も、病院のベットの上に居る。でも私はここにも居る」

「何だ?ドッペルゲンガーか?」

「少し違うかな……私は、向こうの私とは完全に別の人間と言う事になっているの。桜の妹のさくらと言う事にね……」

「あぁ……そう言う事か」


 さくらにそう説明され、恵瑠は納得した。


(思春期症候群かぁ……)


「何か、知ってるの?」

「何も知らない」

「嘘!朝、彼方は、私の存在がおかしい事に気が付いた。そして、今その事に納得がいっている。何か知っているなら教えて!」


 感情的に訴える、さくらは初めて恵瑠の顔を見て喋った。


「なぁ、鮎沢さんは幸せを感じた事が有るか?」

「……ん?あるよ?」

「それは、どんな時だった?」

「えっと……一番幸せだったのは、私がALSだと分かった時かな?」


 さくらは、その時の光景を思い出したのか、笑みを浮かべ答えた。


「それは、どうしてだ?普通は感じないだろう……」


 予想外な答えに若干戸惑う恵瑠。


「元々、私のお母さんとお父さんとても仲が悪かったんだ。家に帰っても毎日、喧嘩ばかりで私はそんな家が嫌いだった。そして私はお願いをしたんだよ。『私はどうなっても良い、二人が仲直りしますように』って……そしてら、私が病気になる代わりに二人はとても仲良くなりました。めでたし、めでたし」


 そう言ったさくらは繕う様に笑みを浮かべた。何処か後悔をしている様なそんな表情。


「その時に鮎沢さんは二人からの愛を感じて幸せと感じた、と」

「うん。そう」

「俺は、そう言った愛情とかの、好意的な感情を抱かれた事が無かった……と言うより、敵意の感情が向けられていた。だから俺も願った。『みんな不幸になれば良いのに』と」

「っえ」


 恵瑠の願いにさくらは絶句してしまう。


「そうしたら、本当に周りが不幸に見舞われたよ。両親は事故死、俺を不幸にしたクラスメイトの一人は、通り魔に刺され死亡、残りの連中も次々と不幸な目に遭った。その所為で俺は、その街に居られなくなった。それと同時に思ったよ……『あぁ……これは俺が殺したんだな』って」

「……」

「そうしたら、こうなってた」


 そう言いながら、恵瑠は腕を捲る。

 そして、そこに現れたのは、傷跡だらけの腕だった。まるで誰かに刺された様な、傷跡。


「これ……」

「突然、こうなって心底、思ったよ。『あぁ、この世に神様は居ない。願う事はすべて自分に帰って来るんだ』ってね。その後に、調べてこう言った現象の事を思春期症候群と言う事を知った。」


 夕日を真っすぐ見つめたまま話す恵瑠の横顔を何も言わず見つめていた、さくらが口を開く。


「思春期症候群……それは何?」

「例えば、誰にも認識されない、例えば、他人と入れ替わる、例えば……鮎沢さんの様に自分が二人に分かれる。そんな、オカルト的現象の事を言うらしい。そして、大抵は思春期に起こる心的な事が原因らしい」

「心的な原因……」


 さくらは、自分の内を探る様に思考する。


「俺の場合は、幸せを求めた……いや違うか。不幸から逃れ幸せを掴もうとした。でもそれは無理みたいだがな……」

「それはどうしてですか?」

「思春期症候群の所為で、俺はたまに心臓を止められる。前、病院に居た理由もそれだ。医者にいつ死んでもおかしくない、とまで言われたよ」

「そうなんだ……私の場合もそうなのかなぁ……」


 恵瑠に向けていた顔を再び、夕日へと向けるさくら。


「鮎沢さんの場合は、多分二回目だろう」

「二回目?」

「あぁ、君は。二度悩みを解決しようとした。違うか?」

「……」


 恵瑠に問われ、さくらは過去の自分を思い返す。


「うん。そうだね。一つは、今の状況。そして、ALSと言う難病の発症……」

「だが、その理論だと鮎沢さんはALSから逃れる事が出来るかも知れない……」


 その言葉に、さくらは恵瑠の両肩を強く掴み、問いかけた。


「それは本当に!」

「あぁ……今の家庭環境をぶっ壊せば良い」


 その言葉に、さくらの思考は停止した。


「それは……」

「いや、言い方が悪かった。ぶっ壊してから、自分の手で作り直す。君がALSと言う病気、そして今の鮎沢桜の妹、鮎沢さくらと言う状況から抜け出す、俺が思いつく勇逸の方法だ。勿論、君が本当はALSと言う病気を発症していな事を前提としてだ」

「そっか……そう言う事か!」


 恵瑠の考えを聞いたさくらが、一つの結論に至ったのか、満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう!」


 そう言い残し、さくらは慌てて鞄を掴み帰って行った。


「はぁ……俺は何をやっているんだ」


 一人、屋上に残された恵瑠は、もうすぐ沈んでしまう夕日を見つめ呟く。

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