After That

キジノメ

After That


「終わった終わった」

「そうだな」


 クロの気軽な声に、僕はため息をつきながら頷いた。どうしてこいつはこうも気楽なんだろう。

 クロが飄々と死体を飛び越えて、地下室から出ようと階段へ向かっている。僕も少し死体を蹴飛ばしながら、その背中を追った。


「これで全員かな?」

「うん」

「とりあえず、じゃなくて、ぜーいん?」

「全員」

「じゃあ、本当に終わりでいい?」

「いいよ」


 やったね、とクロが笑う。地下室の階段を上りながら、刃渡り15センチはあるだろうナイフを捨てた。からん、と刃がコンクリートに当たって固い音を響かせ、僕の後ろへ落ちていく。仄暗い室内には死体が重なり合いながら倒れている。右目から血を出しているもの、左手が切れているもの。腹が裂かれているもの。僕も右手からハンドガンを、左手からサバイバルナイフを捨てた。


「はい、じゃあ俺らを縛っていた、殺し屋のグループは壊滅! 知っていた者も死んだと!」

「そうだね」

「じゃあ、自由?」

「きっと」

「……シロ、もうちょっと何か反応ねえの?」


クロが僕の頭を叩いた。痛いなあ。目をそちらに向けると、にししと笑われる。


「そんなクマ浮かんでるくらい考えるから、髪も真っ白になるんだよ」

「生まれつきだ。関係ない」

「俺くらい気楽に生きれば真っ黒な髪だぜ?」

「お前、染めてるだろ」

「わざわざ真っ黒に染めないって。昔からの付き合いじゃん、髪黒いの知ってるだろ?」

「……」

「なぜ黙る?」


地下室から出て、そのまま出口へ。真昼間で外はあまりにも明るかった。レンガの歩道はオレンジ色なのに、陽の色のせいでもっと白く見える。思わず目を細めてしまう。

 外を歩く人は、僕らをちらりとも見ない。今しがた、僕らは世界を壊してきたというのに。僕らを縛っていた、嫌なにおいのする世界を。あまりに濁っていた世界を。


「太陽きもちー!」

「天気良いからな」

「それだけじゃねえって。今、俺ら自由なんだぜ? だからだよ!」

「自由?」

「お前、さっき俺が『自由』って言ったら『多分』って言ったじゃん」

「そんな会話したか?」

「ガッデムシット! 話を聞け!」


 これだからシロは、とクロが首を振る。太陽の下に出た髪に天使の輪っかが出来ていて、思わず笑った。お前は天使じゃなくて死神だろ。


「ともかく、俺らは自由だ。おっけー?」

「……本当に?」

「だって、俺らの知ってる世界は全部壊れたぜ?」

「壊れたところで、僕らがしたことは変わらないし、ずっと昔に世界は壊れてるじゃないか。壊れた世界の上でもう一回世界を終わらせても、もう終わっただけだろ」


 幼少期に壊れた世界が、どうして今更戻るだろうか。確かに、人を殺さなければいけない世界からは自由になった。でも、これからは? そこから自由になっただけで、もう世界は終わりじゃないか。最初から世界は壊れていた。それを更地にしただけだ。やり直す方法なんて無いだろう。

 クロは、いいや、と笑う。


「まさか! おい見ろよ。太陽は明るいぞ。あの家のパンの匂いは良い匂いだ。向こうの海はきらきら綺麗だし、あそこには美女がいる!」

「おい」

「なあ、俺らを縛っていた世界はぶっ壊れたんだよ。だからもう一回、やり直せるんだぜ」

「……やり直せる?」

「自由だからな」


 本当に?

 ああ、本当に。

 クロは思いっきり笑う。昔からこいつはそうだ。馬鹿だから、すげえ単純。なんでこんな単純なんだ。過去なんて無かった、というような顔をして笑っている。お前、さっきまで人殺してたじゃん。真っ黒な世界にいたじゃん、僕と一緒に。


 ……やり直してもいいのかな。

 こんな僕でも、いいのかな。


 確かに太陽は夏の日差しをしていてまっすぐで、パンの匂いとバターが香っている。向こうの海岸線は光が煌めいて、白い丸がきらきら波に乗せて動いている。歩く人はみな、楽しそうだ。


 やり直しても、いいのかな。

 壊れた世界を壊して、更地になった世界でも、元がどうであれ更地は更地。

 真っ新だと思って、いいのかな。


「とりあえず、シロはなにやりたい?」

「……じゃあ、とりあえず、パン食べたい」

「俺はクレープ食べたい! よっしゃ、あの店行こうぜ」

「金は?」

「奪ってきた!」

「ちゃっかりしてんな」


 世界をぶっ壊した記念にお祝いしようぜ。


 クロの言葉に、僕はまだ笑えない。でも、いいのかな。そう思った。

 僕らを知る者はもういないんだから。だから、もう一回やり直そうかな。


 真っ新な世界。もう一度太陽を見て、自由なのかな、そんな気持ちがようやく浮かんだ。

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After That キジノメ @kizinome

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