記憶と糸

ある日私は少女に出会いました。


何がそこまでそうさせたのか、信じる事を見限ってしまった目をしておられます。


糸の様な紐に縋り付いており、いつ落ちてしまっても不思議ではありません。


それでも、彼女は世界に存在する事を諦めておりません。


それこそ、血肉を啜ってでも生きる意志を誇示しております。




私は偶然見かけた彼女に思わず声を掛けました。


あなたはどうしてそこまでしてしがみつくのですかと。


彼女からの返答はありません。


私はその話を諦めて、別の話題を口にします。。


その場所はあまりにも危うい、火が灯れば真っ逆さまに落ちてしまいますよと。


彼女は無表情なまま、ようやく口を開いてくれました。


私の行く末に興味があるならそこで大人しく見ていれば良い。


少なくともお前には理解できない結末を約束してあげるわと。




私は考えました。考えた末にこう言ったのです。


では、私と供に暮らしましょう。


この通り旅の者ゆえ家を空ける事は多くなりますが、それも都合の良い話でしょうと。


彼女は理解出来ないと暴れました。


目的も利益も考えれない、どうして私にそこまで固執するのかと。


この首は何も生まなければ、何一つ壊す事も否定する。


どうしようもないじゃない、だって私は何も知らないのだからと。




ああ、なるほど。


裏切りは人を強くもするし、その逆もまた然り。


救いは人を支えもするが、その逆もまた然り。


その時、初めて私は他人の感情を理解したなどという愚かな考えに至りました。




その瞬間、少女を支えていた糸が切れてしまったのです。


真っ逆さまに彼女は下に落ちていってしまいます。




私はその様子を静観するつもりでした。


他人の生に食い込むつもりも縛りつけられる度量も持ち合わせてはいませんでしたので。




それなのに何故、そこまで分かっていながら私は彼女の体を支えたのでしょうか。


それなのに何故、少女は強く私の体にしがみ付いているのでしょうか。




理解していながらどうして、糸の代役を努めようと考えてしまったのでしょうか。




後に彼女はその時の事をこう言います。




あなたは自分が思っている以上に枯渇している。


背を押すだけで良い者を、その背に抱え込んでしまう。


ヒーローを気取った、ごく普通のお人好しなのよと。




そして私は、そんなあなたに縋ってしまった皮肉なヒロインねと。

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