その喜劇の終わりには
ある日私は不可思議な人と出会いました
紳士的な帽子を被り、いかにも旅人といった風情の人。
どれだけの道を歩いたのでしょうか、靴紐は痛み、靴底はペラペラです。
その手には薄汚れた鞄がひとつ、それだけを大事そうに抱えておられるのです。
彼は私の顔を見るなりこう言いました。
やあ珍しい、長く旅を続けているとこんな事もあるのか。
その顔を見るからに、やっぱり何も得られてはいないようですね。
はて、私の事を見透かすの様な発言をされますが、何処かでお会いになったでしょうか。
彼は可笑しそうに言葉を続けます。
気にしないで頂きたい、こちらだけが理解していれば済む話です。
いつも通り、後腐れの無い詭弁と戯言を存分に披露してくれて構わないと。
さあ始めよう、これは喜劇とも悲劇ともつかない結末の決まった舞台だと。
私は彼に問い掛けます。
その言い方ですと、貴方はまるで私がここに来るのを知っていたかの様ですね。
人に先読みされてしまうとは、何と下らない己の旅路でしょうかと。
彼は笑いながらこう返します。
知っていたというよりは分かっていたと言った方が適切だろう。
苦難も無く失望もしない、さりとて希望がある訳でも無く、同情は嫌う。
その道の先に本懐があるとするならば、それこそ下らない旅路ではないのかと。
どうにも私はこの人物が苦手の様です。
彼の言葉には少なからず同調し、少なくとも肯定せざるを得ません。
しかし、それ以上の嫌悪感を抱き、これを以って煙に巻く態度に好感の欠片も持てません。
彼は私に笑いかけます。
理想は希望と違った様だなと、今いる自分を延長してなお、ここまで道は続くのだと。
谷底からは拾い上げ、天井からは掬い下ろす。
その生き様の先に待つのは、君という人物には実に相応しい場所だろうと。
私は彼にこう言い返します。
果ての話に意味などはありません。
元より、差し伸べた手が冷えてしまうわぬ様に存命しているだけなのですからと。
彼はそれも笑い飛ばします。
意志を強く持つ者の背中を押す割には、己の意志など欠片も無いではないか。
そこにあるのは偶像、君が君に背負わせた妄想だ。
今となっては濁りきってしまって、元の色は見えなくなってしまった様だがねと。
彼はおもむろに鞄を開き、その中身を地面にぶちまけます。
彼の鞄の中には何も在りませんでした。
欠片ほどの希望も、遠くなるような絶望も、大切だと感じていた何かさえも。
そうして彼はこう言いました。
道を違わぬ覚悟にはこの結末が似合うと言ったら、君はどう思うだろうかと
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