箱庭は帰る場所
ある日私は老人と出会いました。
それは寂れた場所で、娯楽施設のひとつもない箱庭でした。
高台には風が吹き、喧騒の欠片も無く、ただそこにあるだけの場所。
余生の消化には程よいのかも知れませんが、自分がそこにいる未来図は描けません。
しかし、その老人はその場所で箒を掃いているのです。
掃除するまでもありません。この場所はすでに棄却されているのですから。
私は失礼を承知で老人に問いました。
ご老人、あなたには未だに現世が見えているのでしょうかと。
老人は笑いながらこう答えます。
視界に収まるものが全てでは御座いません、だからといってこの目が盲目なのは間違いないでしょうと。
難しい言葉をお話になられる。
では、未来は無いものとして、その先に何を求めておられるのか。
老人はその質問にも嫌な顔ひとつせずにこう答える。
これは願望ではなく清算といった方が良い。人生においてこれほど不適切な事はないでしょう。
大事かと聞かれても無意味だとしかお答えできない有り様ですと。
然らばご老人、あなたは何故この場所の掃除をしているのでしょうか。
見たところ塵のひとつも見当たらない、ともすればこれは潔癖に匹敵するほどの成果だ。
一夜二夜の所業とは、とても考える事が出来ない。
まるで、長年ここでこうしておられるかの様に感じるのは気のせいではないでしょう。
老人は高らかに笑います。
旅の人よ、どうしてこの老いぼれの生にそこまで関心を示すのか知りませんが、可笑しな事を仰る。
では、逆に問い掛けさせて頂きましょう。住処を掃除するのに理由など必要でしょうかと。
私は一笑に付します。
それは突飛過ぎる質問だ、ここは住処には値しない。
不可能な事を命題にするのは、あまり関心出来ませんと。
老人は私の答えに酷く悲しい眼をします。
これまで多くの方がここに来られましたが、そのような答えを返したのはあなたが初めてだと。
申し訳ありません。それでも私には理解しかねます。
この場所の存在意義も存在価値も、何も見えてこない、まさしく盲目の状態なのです。
老人は私の手を取りこう言います。
あなたにはどうやら大切なものが欠けているようだ。
失くしたものが帰る場所を守るのは愚かな事でしょう。その先には何も御座いません。
しかし、失くしたものを想う心は、かけがえの無いものではないでしょうかと。
だから、私はこう呼ばれているのですよ。
この箱庭に住む墓守と。
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