手紙と手記

ある日少女は手紙をしたためていました。


誰に届けるやも知れぬ宛先を白紙に、誰に届けるつもりがあるのかもわかりません。


丁寧に、崩れない様に、壊してしまわない様に文字を綴っています。


少女の心を表しているかの様に、綺麗な便箋は黒鉛で刻みつけられていきます。




私は少女に声を掛けました。


少し休んだらどうだい、根を詰めるにはあまりにも急ぎすぎだと。


彼女は手紙に目を落としたまま答えます。


数秒後の私が今の私を覚えている確証なんてないでしょうと。


それは無茶であり、無謀な願い事だ。


それでは、君は死ぬまで自分の生き様と惨めさを後世に残すつもりなのかと。


彼女はそれでも顔を上げる事なく、こう言います。


一生を紙の上に写せるのなら、それはとても幸せな事でしょうねと。




創作物には自ずと、その親であり半身である人物の心象が反映されてしまう。


傷の深さを抉り返し、悲しみの深さまで再現するそれは、後世の自分にとっては凶器だ。




私はその様な戯言を口にします。


残すべきものかどうかの裁量は個人で決めるべきだ。


何故、私はここまで意固地になってしまっているのでしょうか。


己の理解を超える事など、考えるに値しない蛮行です。




少女はそこでようやく手紙を書く手を休めます。


これは悪い事をしてしまったのかもしれません。悪影響を与える言動は罪に等しい。


少女は立ち上がり、私の目の前に正座します。




あなたの言葉はいつも悲しいと。


経験や知識から得た結果がそれならば、それこそが世界の罪だと。


彼女の言葉は続きます。


あなたの言う通り、全ての記憶を書き連ねると言うならば、それは自伝では無くただのゴミだと。


軸を間違えないで欲しい、悲しみと憎しみを真ん中に落とすのは狂っている。


それを肯定してしまうなら、私は最初の一ページでゴミ箱に丸めて捨ててしまうわと。




私にはそれだけ理解できているのならと、なおさら手紙の内容が気になります。




彼女は私の好奇心に対して、こう答えます。


あなたには教えてあげないわ。


これは私が初めて記した自分の半生ですもの。


序章を投げ捨てられた、幸せな毎日を綴った宝ですものと




思いの丈をぶつけてしまうと、それはあまりにも脆く風化するものですからと。

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