最高の刀

ある男は鉄を炎にくべました。


数え切れぬ程の火の粉をその身に浴び、それでもその手は止まりません。


一心不乱に紅を見つめたその目は、炎を宿していると言っても過言ではないでしょう。


しかし、赤い目が捉えるのは煮えたぎった高炉だけではないように思えます。




私はそんな彼に、ひと振りの包丁を作成するように依頼しました。


殺すための道具を原型とした、とても滑稽な鉄の塊を。


彼は私に問い掛けます。


どれほど切れれば満足するのかと。


質問の意図が理解出来ません。別段、鋼を切り裂くつもりもなく無難で結構ですと。


すると彼は床机から複数の鉄を取り出し、選べというのです。


これもまた不可解な話です。金属の善し悪しに造形が深い訳でもなく理解に苦しみますと。


ならばと彼は薪を選べと言い出します。


いよいよ不安になった私は彼にこう問い掛けます。


あなたは一体、何を創ろうとしているのですかと。




鉄は炎の中で形を変え、似て非なる物へと変貌します。


材質、材料、技術、それら全てがその為の餌だといえるでしょう。


生贄を以ってして、新たな存在をする。


私が口にするだけで、何とも罪深いものになってしまいました。


ご気分を害されたのならお詫び致します。




彼は私の言葉に何も答えません。


なんだ、やはりわかっているではないですか。




同じ物は二度と造れず、似た様なそれは全くの別の存在だと。




彼はひと振りの刀を手にします。


これが私の終世でもっとも輝く作品だと。


歴史的価値は無かろうが、これを超える物は存在しないだろうと。


ええ、おおよそ理解は出来ませんが、あなたがそう感じるのならそうなのでしょう。


それは自惚れでもなく、慢心でもないのでしょう。


男は得心がいったとばかりに口を開きます。


しかしこれを超える物は生まれず、同じ物も生まれないと。




途方に暮れる男に、私は追い討ちをかけます。




自身を縛る程の刀が、本当にあなたの最高傑作なのですかと。


ひとつに囚われたあなたには、決して先などありませんよと。




すると男は何を思ったのか、暖炉に刀を投げ込みます。


赤赤とした火が、男の目から炎を燃やし尽くしていきました。




なるほど、それでこそ鍛冶屋というものです。

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