エフェス・レ・メア 百年戦争

Dr.ペルパー

旅立つ

 用語解説


 図書艦としょかん初代しょだい悪魔の王の知識ちしきった戦艦せんかん管理人かんりにんはメルア。この船は神秘海域しんぴかいいきから出られないおかげで、その存在そんざいを知るプレーヤーはごくかぎられている。


 文芸ぶんげいの神様:文芸の神の同義語どうぎご。未来、社会文化文明がいちじるしい発展はってんげたすえ、ついに超自然ちょうしぜんの力を呼び起こした結果。文芸の神の信者しんじゃ少数しょうすうだが、狂熱きょうねつなメンバーが多い。


 冒険者ぼうけんしゃ:ゲームの戦闘生活せんとうせいかつ興味きょうみしめすプレーヤーたちの呼称こしょう。世界の中心ちゅうしん首都しゅとエル・エス以外の地図で分散ぶんさんして住んでいる。


 英雄えいゆう:強い悪魔と戦って、そして勝利しょうりしたプレーヤーへあたえた称号しょうご。悪魔島の戦闘以外、都会とかいやみ積極的せっきょくてきかかわる英雄も多い。


 学者がくしゃ:プレーヤーのしょくの一つ、戦闘力せんとうりょく皆無かいむ。ただし、唯一ゆいいつ悪魔の情報じょうほう効果的こうかてき勉強べんきょうできる職。悪魔島の勝利をのぞめば、学者は必要不可欠ひつようふかけつ


 大英雄:ゲームの歴史れきし、現在、未来みらいさえ変えるポテンシャルを持つプレーヤーのこと。その自体は称号しょうごではないが、紛れもなく英雄と一線いっせんす存在。


 戦乱せんらんの大陸:悪魔島の別称べっしょう過去かこ、英雄と悪魔が激突げきとつし、次々に新しい知恵ちえ炸裂さくれつ華麗かれいな魔法を打ち上げ、激戦げきせんをした。あの時と比べて、今の戦いは随分保守的ほしゅてきになっている。


 内容をお楽しみに




「もう行くのですか?ハラビ」

「いろいろ世話せわになったね、メルア」

「また孤独こどくの日々が訪れる。許しがたいお方……」


 しょんぼりとまぶたを閉じたのは、無機質むきしつな少女。はだの色は白しかなく、大きな瞳は妖精ようせいからりたもの、身の上の白黒洋服しろくろようふくから、唇の淡いピンクのルージュまで、女の化粧けしょうは全部上手うまくできている、でもどこが違う……きっとバイオコンピュータのせいで、メルアは、彼女は人の思考を真似まねできたから、さびしさも感じられる。


「また誰かがくるさ、はかない少女と二人きり知識ちしき宝船たからぶね遭難そうなんする機会きかいめずらしいだからね」

「儚い少女、ですか……『図書艦としょかん』の管理人かんりにん雪白せっぱくの姫、妖精の五官ごかんうつし、一目ひとめで人の夢にめる、儚い少女。信じられないことに、彼女のいのちはバイオコンピュータというパーツでかろうじて維持いじされた、儚いたまし…コンピューターじゃない、それは物事ものごと柔軟じゅうなん対応たいおうが見せ、ほんと悪魔の知識ちしき講義こうぎする時熱弁ねつべんるう、紅茶こうちゃおきて砂糖さとうさじまで……一時本物ほんものだと勘違かんちがいさせる程に…でも人でもない、彼女が時に見せた骨のずいまでみとおるつめたさ、それは本物が持たないもの、私は両手りょうてから本がすべちる程に、こわかった……半分人間はんぶんにんげんでも半分は電子でんし。私からの思いも半分感謝でも半分は恐怖きょうふ。それは不道徳ふどうとくな考えだと分かっていた!でもどうしてもその冷たい部分ぶぶんは受け入れなかった!私が知っていた生命せいめいはみんなあついもの、冷血動物れいけつどうぶつでも微熱びねつは残った、決してゆきのような冷たさはしなかった!決して手を触れた後冷蔵庫れいぞうこかおりを残しはしなかった!……冷蔵庫の三文字さんもんじは特に気に入らないですね、ハラビ」

「……これはまいったな、妖精の図書姫としょひめさん。私の日記にっきみたいにうたえて」

「イエス、人の日記をのぞくのは私の趣味しゅみですから」

いとおしい趣味だ、人の少女らしい…でも、あれはもう半年前はんとしまえの私だよ、わすれて欲しい」

「いいえ、忘れられません。とてもいい日記だもの、もっと教えて」

「いい日記?」

「感情ゆたかのところ、分かりやすいところ、うその無いところ…ハラビは日記上手なんです、反論はんろんは聞きません。ハラビの日記と絵、みんな大好だいすき、両方りょうほう教えて」

「教えるか…わかった、いつかかならず」

うそらしゃい、出来ないくせに、これから行くのですね?金輪際こんりんざい私とわかれたのですね?」

「それは……」

「あーあ、どうして文芸の神様はハラビの薄情者はくじょうものおくってくるのかなー?きたくなりましたぁー」

ゆるせ、神の図書姫さん。この薄情者を許してくれ」

「イエス、愛しい薄情者……図書艦としょかん学者がくしゃハラビ、もう一度なんじに問う。なぜ『学者』になったのですか?」


 メルアはスカートのすそを持ち上げ、うやうやしく一礼いちれいした。彼女の正式せいしき質問しつもんとともに、2Dの地図ちず召喚しょうかんされた。それは今から50年前のゲーム世界の地図、ダイニングテーブルをおおうには丁度ちょうどいい大きさ。


「50年前の学者なら、『冒険者』から尊敬そんけいされ、『英雄』との噂話うわさばなしに花がく、上町のマナナワインさえも放題ほうだい…でも今日の学者は一文銭いちもんせんなしよ。ハラビは決してバカじゃない、どうしてこのみちえらんだのですか?」


 彼女は指の関節かんせつを弱々しく鳴らして、平面図へいめんず収縮しゅうしゅく球体きゅうたいとなった。メルアはゆっくりと球体をまわし、世界の全貌ぜんぼうをハラビに展示てんじしにいく。


最初さいしょに会った時、われた質問、あの時はこたえられなかった」

「イエス、さいわい噓の答えはしなかったのです、でないと今日の離別りべつもなかったのです」

「あの時の私は今以上いまいじょうの薄情者だからね……初めてこの世界に来た時、学者になるつもりはなかった、悪魔とたたか意思いしもなかった」

「みんなとおなじ。で、何があったの?」

「最初は拳銃けんじゅうを選らんだ。二人の新入しんいりと一緒いっしょよわいモンスターとも戦った、するどきばが生えたモモンガね。結果けっか勝利しょうり経験値けいけんちも後少しでレベル2にのぼる」

「イエス、順調じゅんちょうですね。ちなみにモモンガは一番弱いちばんよわいモンスターじゃないですよ」

「あぁ、でも私は彼女たちと一緒いっしょに下街へと戻っていなかった。この世界は私の想像そうぞうはるかにえた、色彩しきさいが、においが、空や草や水、どれも現実げんじつ過ぎた。だから私はもう少し緑の平原へいげんに居たかった、もっとこの世界を見たかった」

「結局新手あらてのモンスターにやられたのですか?ばかハラビ」

「…そうだ、でもそのモンスターは人形ひとかただった!」

「!まさか?」

下手人げしゅにん金髪きんぱつ女剣士おんなけんし。私は命乞いのちごいをした、残念ざんねんながら非情ひじょうな人だ、髪はとても美しいけどね。振るった鋼のやいばは私をとおけ、こしのあたりから両断りょうだんした……」

可哀かわいそうなハラビ、いきなり精神障害者せいしんしょうがいしゃとぶつかるだなんて……」


 大きな球儀きゅうぎはハラビの前にゆっくりと回転かいてんしていく、地図の時間も回転にれてすすむ、50年前、48年前、45年前……しかし、どれほど時間が過ぎても、プレーヤーの領地りょうちはまったく拡張かくちょうしない。


「すぐには死ななかった。5分間、地獄じごくいたみをあじわった」

「どうしてすぐログアウトしないのですか!?痛みから逃げたくないのですか?」

「私なりの理由りゆうがあったからだ…あれから一ヶ月、この世界に来たことはなかった」

「痛みのあまり心をざすのですね……でもハラビは戻った、そのきっかけはなんですか?」

「彼女だった、私のいんひろい、胸の前にペンダントのようにぶら下げていた…私は金髪きんぱつと一緒にらめいて何も出来なかった」

「ふん、ばかハラビの理由りゆうはいつもその一つ、知っていたはずなのに……このド変態へんたい!」

「いや、私が忘れられないのは長い髪の隙間すきまから見た外の景色けしき反対側はんたいがわじゃない」

「あの女も変態へんたい!男の印を持ってあちこち歩くだなんて、まるで娼婦しょうふなのね」

相変あいかわらずきびしいよ、でも彼女のおかげで私の図書姫と出会った、それだけは感謝かんしゃしたい。腰斬ようざん遠慮えんりょしたいだけどね」

「なるほど、だから答えつらいなのですね…でもハラビは剣士たちの陰謀いんぼうに巻き込まれたのです、コマとして」

「あぁ、でも剣士けんしは文芸の神とつながっていた。それは私の理由でもあった」


 球儀きゅうぎ回転かいてんはやがてめ、いきなり急速きゅうそく風化ふうかが起こした。世界の模型もけいまたたあいだくずれて、一つの大陸たいりくだけが残される。メルアはその大陸からおうはたを摘んで、ハラビに近づけ、シャツのポケットの中に投げ入れた。


「今はもう一つの理由がえたのです。そうでしょう?」

「あぁ、でもどうして私なのか…ずっと思っていた」

「私はただ生きたいだけなのです!ハラビのそばで!」

「私は無力むりょくだ、少女のたった一つののぞみさえもかなえない。それでもあがき続けるよ、メルアは生きるべきだから」

「『大英雄』になって!ハラビ…王にとどめをして」

「大英雄、過去かこの人は何の意味があるだろうか…人は歴史れきし符号ふごうに過ぎない」


 ゲームの主人しゅじんは新しいプレーヤーとこういう約束やくそくがあった、悪魔の王にとどめを刺す勇者ゆうしゃだけに世界の全ての栄誉えいよとみさずける。


「…王にとどめをして!ハラビ。富を手に入れて私を買うのです」

「しかし、姫。富は私のものじゃない」

「もちろんあなたのものじゃない!私を買うためのはとみ、私こそがあなたのものなのです」

「……富と女、苦手にがてなものを要求ようきゅうするばかりだ。努力どりょくするよ」

だまらしゃい!この大噓おおうそつき、許せないだから……私の力は不可欠ふかけつなんですよ、忘れないで」

きらいだ…王をつためメルアまでも使えるのか。いやだ、したくない」


 少女は青年の胸元むねもとかおめて、涙をながした……地図の欠片かけらひかはじめ、遠くから大陸の輪郭りんかくが船の視界しかいに入った。決別けつべつときは、間もなくだ。


「黙らしゃいと言ったのです、甘々あまあまハラビ…本のおしえを忘れたのですか?」

「…学者は力無ちからなきゆえ力をもとめる。力は盤上ばんじょうのコマ、王を討つにはコマを合理的ごうりてきに動かす。合理性ごうりせいは時に非情ひじょう、時に冷徹れいてつ、時に犠牲ぎせい

「ちゃんと覚えたのですよ……って!ハラビ、そして私を人間にんげんの世界へとれてって」

「メルア、君は?…」

「イエス、私はあなたの愛人あいじんになりたいのです。ごめんなさい、不完全ふかんぜんな私は愛人しかなれないから」

「……」


 少女は自由じゆう意思いしつたわった後、青年からはなれた、ツインテールはしょんぼりとらして…海風かいふう影響えいきょうよわまった、ハラビは露天茶室ろてんちゃしつ西洋椅子せいよういすから立ち上がって、大陸はもう目前もくぜんだ。


「見て、ハラビ。『戦乱せんらんの大陸』よ」

「すまない、メルア…何も君に約束やくそくできない……手紙てがみは書くよ」

「いらない!ハラビの約束なんていらないから…その代わり、私のことを絶対ぜったい忘れないで、お願い!あなたの手紙なんか一行いっこうも信じないから……」


 立派りっぱな船が大陸のとなりで止まった。赤い木で出来た大船おおふね大砲たいほう一門いちもん搭載とうさい》されていないけど、その重量じゅうりょう装飾そうしょくから判断はんだんすると戦艦級せんかんきゅうに間違いない。船の名は図書艦、管理人かんりにんはメルア。ハラビは図書艦にぞくした学者、彼はこれから派遣はけんされる。任務にんむじゃない、理想りそうでもない、この派遣は二人の運命うんめいひらくためだ。


「…たのむ、メルア」

「……はい、いくのです」

「でも本当にあそこでレベル1の最弱者さいじゃくしゃでも魔法を使えるのか?」

「イエス、聖女せいじょがあるかぎりきっと出来ます……それから、私がくれたアーティファクト、絶対肌からはなせずつけてください!おまもりですから」

「聖女か…会いたくない名前だな」

「こんな時でも他の女のことを考えていたのですか?ばかハラビ…きっとすぐ私のことを忘れてしまう、許さないだから」

「すまない、メルア、もう君に会えないかもしれない…私は行く、できることを全部ぜんぶして、敗者はいしゃであれ、勝者しょうしゃであれ、全てれるつもりだ。こんな無力むりょくな私をゆるしてくれ!」

「何を言う!さっさと10おくサーを連れてきて、いつまで待たせるつもりなのですか?」

「じゃ聞くよ!10億サーをかせ方法ほうほうと目の前の少女の涙をぬぐう方法。知っていたのなら教えてくれ!」

「そんなことくらい自分で考えるのです!ばかハラビ……文芸の神よ、おもい人に高く場所へ、私が届かないところへ、聖戦せいせんの始まりの地へ、送ってください…風にせて、【リフト】」


 空気くうきあつくなって、青年はちゅういた。白い学者マントはパラシュートのようにふくらんで、ハラビはそれを引きずられたように空へとゆっくりと登っていく…メルアから段々離れていく、二年間自分のそばともなった少女から、離れていく……


「……」

「…わかれのを作れないのですか?私はそんな無価値むかちな女とでも?」

「無価値なのは女じゃない、詩と手紙の方だ…でも手紙は書くよ、一行いっこうだけ信じてくれるのなら、書くよ」

「忘れないで!決して死んではならないことを…それから……」


 まだ少女の言葉が途絶とだえていないけど、もう思い人にとどかない……青年はどんどん高度こうどを上がって、ついがけの下まで来た、さしぶりの大陸がこんなに近く、手を伸ばせばすぐ届けるところに…とうとうこのくろな、獰猛どうもうな海と別れた、名残惜なごりおしいのは泣いていた少女だけ。ハラビは少女から目をそらし、海を見た。


「メルアを、人間の世界へ…………」

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