第15話 人生は、安息と思う時ほど、どこかで落とし穴が掘られている

 薄暗い部屋にその石像は置かれていた。部屋の中から強い芳香が鼻孔を刺激する。ベットの近くに置かれていた金木犀からだ。


 締め切られたカーテンを開けると 、石像は窓から射し込む日差しにその姿を晒した。石像は何かに怯え、身構えたように腕で顔を庇っている形をしていた。


 顔を庇っていた石像の右腕が微かに震えた。次に肩、つま先の順に振動が始まり、身体全体を覆っていた灰色の表面が人間が持つ本来の肌の色を取り戻していく。


 石化の呪文が解除され、男は石像から人間に戻った。男は何が起こったのか理解出来ず、しばらく放心した後周囲を見回す。部屋の入口に立っていた女が嗚咽を漏らす。


「······アドレア!!」


かつて生身の人間だった時の名前を呼ばれ、男は声の主に振り向く。女が駆け出し男に抱きつく。男は女から香る香水の匂い思い出す。


「······マルタナ姉さん?」


 アドレアと呼ばれた男は、石像になる前の自分の姉の名をかすれた小声で発した。


「チロルと言ったな。これで貸し借り無しだ。いいな?」


 白いローブを纏った金髪の若者は、不機嫌な声で銀髪の少女に念を押した。


「ありがとうございます。ロシアドさん」


大きい瞳を見開き、チロルはロシアドに会釈した。



 

 ······この小さな街で朝から営業している茶店の主人は、カウンターから店内を見回した。朝一番の混雑時が一段落した事を確認する。


 主人は店内の隅のテーブルを囲む冒険者達をみた。ニヶ月程前から毎朝欠かさず来店する連中だ。


 常連と言っていいが、この主人は常連の客も一見の客も等しく公平に扱う事にしている。だが、茶のお替りくらいはたまにサービスする事もあった。


「弟? おい。恋人じゃなかったのかエルド?」


 身近な者達から「守銭奴」と密かに囁かれている事実など知る由もない三十代半ばの魔法使いは、テーブルから半ば身を乗り出し全身黒衣の少年を問い詰める。


「落ち着いてよ、タクボ。だってさあ。あんな悲痛な話し方されたら恋人だと思うでしょ? 普通。ウェンデルもそう思うでしょ?」


 かつて高名な暗殺集団に在席していた全身黒衣の少年は、その穏やかでは無い前職を感じさせない柔和な表情で必死に兄貴分に助けを求める。


「まあ、いいじゃないか二人共。どちらにせよ、マルタナとっては望外の極みだ」


 千年前、この地上を歴史上初めて統一した伝説の皇帝の剣を甦らせた元騎士団少佐は、穏やかに笑い珈琲を口にしていた。


 噂をすれば元諜報員の美女がチロルと共にやって来た。タクボはマルタナを見る。彼女の両目は赤かった。確かにウェンデルの言う通り良かった事には変わりないと納得した。


「みんな、本当にありがとう。お陰で弟は人間に戻れたわ」


 マルタナがタクボ達に頭を下げる。善行を行う事は悪い気分では無かった。そう思ったタクボがふとチロルを見ると、髪型が変わっている事に気づいた。


 三つ編みが無くなり、髪は肩までの長さに切り揃えられていた。タクボの視線に気づいたチロルは、自分の短くなった銀髪の髪を触りながら師に微笑む。


「マルタナ姉さんが切ってくれました」


 半月前の戦いで、チロルの髪の毛先は所々焦げ付いていた。見兼ねたマルタナが理髪してくれたようだ。


「へえ。とっても似合ってるよチロル」


「ああ。チロルは将来、中々の美人になりそうだ」


 エルドとウェンデルに賞賛され、少女は少し照れ臭そうに目を伏せた。


 マルタナの話では、弟のアドレアは公式上死亡扱いされていた。姉のマルタナはこの機に弟を諜報員を辞めさせるつもりのようだ。


 アドレアは石化の呪文の後遺症で暫く身体は思うように動かないので、ゆっくり休ませるとの事だって。


 話題は青と魔の賢人、アルバとロシアドの事に移った。彼等は半月前のあの戦い以降、この小さな街に滞在を続けていた。


 表向きは療養との事だが、真意は他にあるのではないか。タクボはそんな気がしてならなかった。


「タクボがさあ。あの賢人達に宿代やら治療費やらを請求する光景は傑作だったね」


 エルドが思い出したように笑い出す。あの戦いの後、重症のアルバとロシアドはタクボがいつも利用している宿に運ばれた。


 タクボは治癒の呪文が使えなかったので、教会の神官を呼び寄せ治癒の呪文を施してもらった。


 その神官達への謝礼。宿代。焦げた衣服代。二日間魔物退治が出来なかった分の稼ぎ。それらをタクボは計算しアルバ達に請求した。


 誰からも後ろ指を差される事などない、正当な請求だとタクボは確信していた。タクボが請求書を読み上げた時、アルバはベットの上で何故か笑った。


「タクボ。君と話していると、自分にも血が通った人間らしい部分が残っている事を実感出来る」


 アルバより回復が早かったロシアドは、呆れたような目でタクボを見ていた。


「その金髪じゃなくとも呆れるわよ。この金の亡者さん」


 マルタナが両腕を組みながらタクボに白けた視線を送る。

 

『さっき迄の私への感謝の気持ちは何処に消えた。この性悪女』


 そのマルタナに対してタクボは心の中でそう毒づいた。


「あの金貨級魔物を倒した後に残った六十枚の金貨。ウェンデルが街に寄付したんだよね」


 思い出すだけでタクボが腹が立つ事をエルドは言った。そして更に中年魔法使いの癇に障ることウェンデルが愚痴にする。


「あれは仕方あるまい。住民に死傷者こそ出なかったが、広場の石畳や民家にも被害が出ているのだから」


『相変わらず、正義一本槍だな。この紅茶色の髪の男は。その被害を出したのはあの黒いローブの四兄弟なのだから、奴らに修理費を請求するべきなのだ。六十枚の金貨は我々が貰うべき報酬の筈だ』

 

 タクボは強くそう主張したかった。タクボが悔しがる様子を察したのか、チロルが大きな目を師匠に向ける。


「師匠。元気出して下さい。意地汚く、あぶく銭や不労所得など期待せず。いつも通り弱い魔物をいたぶってコツコツ稼ぎましょう」


『······なぜだ? 慰められているように聞こえなのは何故だ。チロルよ』

 

 愛弟子の自覚の無い暴言に、タクボは内心そうぼやいた。


「タクボ。まさかと思うけど、チロルが魔物から稼いだ銅貨を取り上げていないでしょうね?」


 マルタナが目を細め、疑惑の目をタクボに向ける。


「ば、馬鹿な事を言うな! ちゃんとチロル名義で貯金してあるぞ」


 身に覚えの無い疑惑にタクボが抗弁をしていると、チロルが視線を移し嬉しそうに声を出す。


「サウザンドさん! あれ? 後ろの人は誰ですか?」


 暇な死神こと魔王軍序列一位と、暇な大人達の交流の場となったこの茶店の店内に少女の声が響いた。


 茶店の主人は新たに入店した二人を見た。黄色い長衣を纏った長身の男。最近、何度か目にした事がある顔だ。その男の後ろに立ったいる男。初めてみる顔だった。


 白を基調とした平服だが、よく見ると生地が上等そうだ。黄色い長衣の男程ではないが、長めの帽子を被っている。


 年は十五才前後くらいか。どこかの金持ちの坊っちゃん。主人にはそう見えた


 茶店の主人は気づかなかった。二人は帽子を身に着けていた為、魔族特有の尖った耳が隠れていた事を。


「どうした? サウザンド。まさか精霊祭に参加しに来たのか? 生憎祭りは明日だぞ」


 半月前の戦いの影響で精霊祭は延期されていた。機嫌の悪くなったタクボはつい嫌味っぽく言ってしまった。


「そうか。明日か。一足早かったようだな。此度は我が君に人間の文化に触れて欲しくてな。こちらにお連れした次第だ」


 サウザンドの言葉にタクボは訝しげな表情になる。


『冗談で言ったら本当に祭り目的なのか? 我が君? この死神の上司と言ったら魔王本人しかいない筈だ』

 

 タクボは内心で呟きながら、サウザンドの後ろで落ち着かない様子で立っている人物を見た。


 それは少年だった。エルドより更に年下に見える。タクボと目が合った少年はすぐに目を逸した。他の暇人の大人達も恐る恐る少年を凝視した。


「······余は魔王軍総帥。いや元魔王軍総帥か。名をヒマルヤと申す」


 少年が口を開く。年齢に見合った少年の声だ。タクボ達は思う。大抵の事にはもう驚かないつもりだったが、世の中には驚愕する事態に事欠かないらしい。


 人間達にとって平和を乱す災厄の張本人が目の前に立っていた。


「我が君はもう魔王ではない。そなた等人間達から目の敵にされる言われはない」


 タクボは内心でカチンと来た。


『この細目の死神は何をいけしゃあしゃあと言っているのだ? 廃位が決まって魔王の座を降りたからと言って、はいそうですかと友達になれる訳がないだろう!』


「ヒマルヤさんは何才ですか?」


 チロルがチーズを挟んだ全粒粉パンをほうばりながら質問する。タクボは心の中で弟子を諭す。


『いやチロルよ。食べながら喋るのはよしなさい』


「······余は十五歳だ。そなたはチロルと申す者か? サウザンドからよくそなたの事を聞いておる」


 タクボの愛弟子はパンを咀嚼する事に夢中で元魔王の答えを聞いていなかった。タクボはまた心の中で弟子を諭す。


『いや駄目だぞチロル。自分で質問したのだからちゃんと聞きなさい! この少年は元だか魔王だぞ。機嫌を損ねてこの街が滅ぼされたらどうする?』


「どうしたんですか師匠? 怖い顔して」


『いや、だから私じゃない! お前が会話する相手はその元魔王の少年だ! こら、私の答えも聞かずまた食事を再開するな! これだから育ち盛りの子供は!』


 タクボの心の中の諭しは、食欲旺盛の銀髪の少女には届かなかった。


 元魔王のヒマルヤは夢中でスープを飲むチロルを見つめていた。ふと首を横に向け、部下のサウザンドと目を合わせ二人は互い頷き合う。


『なんだ? 何かの合図か? この街を滅ぼす合図か? いや待て。早まるな元魔王』


 タクボはたった一人でこの街の存亡を憂いていた。


「チロル。そなたはサウザンドが言っていた通りの娘だな」


 元魔王の少年は穏やかな眼差しで育ち盛りの少女を見る。


「ヒマルヤさんも何か頼みますか? 一緒に注文しに行きましょう」


 胃袋が満たれたのか、少女は突然遮断していた対話を再開する。戸惑うヒマルヤの手を引き、二人で店主のいるカウンターに行ってしまった。


 テーブルに残った人間の大人達は、死神に矢継ぎ早に質問をする。


「おいサウザンド。あの大人しそうな少年が本当に元魔王なのか?」


「うむ。彼が戦う姿など想像出来んぞ」

 

「一体さあ。どういう理由で魔王に選ばれたの?」


「なんだかとっても優しそうに見えるわね。あの子」


 タクボ、ウェンデル、エルド、マルタナ。四人同時に質問され、死神は二つしか無い耳を最大減に稼働させているように見えた。


「我が君は恵まれた能力ゆえ、青と魔の賢人組織から魔王の座に選ばれた。当初は我が君も積極的にその責務を果たされようと奮闘されたのだが······」


 死神の話によると、元魔王ヒマルヤは言わいる空回りをしてしまったらしい。それ以降、臣下達とも気まずくなり万事消極的になってしまった。


『誰でも最初から上手く行く筈がない。失敗を経験して学んで行くものだ。結果的にサウザンド達魔王軍は、若い目を摘んでしまったと言う事か』


 タクボは内心で元魔王ヒマルヤの転落経緯について思案していた。


『いや。人間達から見たらよく摘んでくれたと言うべきか。いや、だからサウザンド。そんな切なそうな顔をするな。我々人間側は喜びたくとも喜べないだろう』

 

 思案に暮れるタクボはだんだん面倒くさくなってきた。


 死神はため息をついた。その後のサウザンドの近況報告では、つい一週間程前隣国と戦闘があったらしい。


 サウザンド達の隣国。同じ魔族の国だが、その連中が攻めてきた。魔王が廃位され攻め込む好機と見たのだろう。


 元魔王軍の刀工達が命を賭して完成させた勇魔の剣。取り戻したのはまだ一本だけだが、その剣を手にしたサウザンドが陣頭に立ち、隣国の軍勢は散々に蹴散らされた。


 相手方の将軍を何人も討ち取ったサウザンドの武名は更に高まり、周辺の国々もうかつに手を出せなくなったと言う。


 魔王の座を降りたとはいえ、ヒマルヤはサウザンド達の国の代表だった。この少年の成長を死神は願ってやまなかった。


 カウンターを見ると、チロルに促されヒマルヤは注文というものを生まれて初めて体験していた。


 

 

 ······笑いながら道を小走りに駆けていく子供達がいた。表情は明るい。精霊祭を明日に控え、親達に何をおねだりするか今から思案しているのだろうか。


 アルバは窓から外の風景を眺め、そんな事を思った。遠い昔、子供だった自分も同じ事を考えていたからだ。


「アルバ同士。いつまで、この街に留まるおつもりですか?」


 粗末な部屋の一室で、青と魔の賢人に属する二人が今後の方針を討論していた。最も、ロシアドは今すぐにでも組織の本部に戻りたい様子だった。


 治癒の呪文は万能では無い。傷が塞がっても体全体にかかった負担が無くなる訳ではなかった。アルバとロシアドには休養が必要だった。


 アルバはこの小さな街に半月滞在し、タクボ達を観察すると同時に自分の組織についても考えていた。自分とロシアドは組織にハメられたのではないかと。


「組織が我々を? それはどういう意味でしょうか。アルバ同士。」


 若い金髪の美青年が訝しげな表情をする。


 この街に派遣された時、アルバは特に疑念を抱いていなかった。派遣人数は二人。アルバ自身もロシアドがいれば十分と考えていた。


 ところが蓋を開ければ四兄弟に惨敗もいい所だった。タクボ達が居なかったらアルバとロシアドの命は無かったかもしれない。


 考えてみたら派遣人数が二人と言うのは最小人数だった。この街に敵が現れる確率が高いと断定したならもっと人数をかけるべきだった。そもそも敵が何人かも分からなかったのだ。


 あの四兄弟が相手なら倍の八人は必要だった。ここでアルバは一つの疑いを持つ。本部は敵が複数だと知っていたのでは無いかと。もしそうだとしたらアルバとロシアドを死地に追いやる事になる。


 なんの為に。答えは簡単だった。組織はアルバが邪魔だったからだ。青と魔の賢人は二つの派閥に分かれている。一つは変革を望むアルバ率いる派閥。もう一つは組織の前例を重んじる保守的な派閥だ。


 組織の意思決定機関である中央裁行部は、この保守派でほぼ占められている。中央裁行部は古い慣習を良しとしないアルバ達を疎ましく思っている。その連中にアルバ達は罠に落とされたのか。


 もう一つ可能性があるのは、内通者の存在だった。組織の中に外部に情報を漏らしている人物はいないだろうか。例えば今回の派遣人数を事前に四兄弟に知らせる者が······。


 ここでアルバは脳裏に稲妻が走ったような感覚に囚われた。自分達を陥れた犯人は知っていたのか。相手が四人だと。


 四兄弟が着ていたあの黒いローブを作ったのはバタフシャーン一族。あの一族が四兄弟を影から支援しているとしたら。犯人はバタフシャーン一族と繋がっている可能性があった。


 バダフシャーン一族から犯人に四兄弟がこの小さな街に来訪すると伝えられた。犯人は中央裁行部を利用して派遣人数を二人にした。上手く行けば小生意気な若造達を労せず排除出来る。


 犯人の目的はアルバ達派閥の弱体化が狙いか。犯人はその為にバタフシャーン一族と手を組んだのか。


 それともバダフシャーン一族をいいように利用しているだけか逆に犯人がバダフシャーン一族に利用されているのか。


 アルバは思考を一旦停止する。いずれにしても今は推測の域を出なかった。真紅の髪の賢人に確証は無いが、犯人がもし存在するとしたら中央裁行部の誰かと言う事になる。単独犯。若しくは組織ぐるみの行動か。


『前例踏襲主義の古臭い連中め。なんの事はない。対立していた奴等が、実際に行動を始めたというだけの事だ』


 アルバは内心で苦々しく思った。ならばこちらも報復すればいいだけの話だか、ロシアド以下、アルバの派閥の仲間を納得させる為には証拠が必要だった。今すぐどうこう出来る問題では無かった。


 アルバはもう一度窓の外に目をやった。自分には切り札があるとほくそ笑む。この小さな街に存在する巨大な切り札が。


 その切り札は以前まで一枚だったが、今は三枚になった。勇者の金の卵チロル。千年前の皇帝の剣を甦らせた騎士ウェンデル。


 そして、異能の者達を引き寄せる練達の頂きに達する魔法使いタクボ。この切り札達を味方につける。そうすればアルバの悲願は必ず成就される筈だった。




 

 ······彼等は豪勢な宮殿に居た。歴史の裏で常に暗躍していた死の商人。薄暗い洞窟では無く。人気の無い森の奥深くでもなく。


 贅の尽くされた王宮のような所にバタフシャーン一族はひと目もはばからず堂々と住んでいた。


「······青と魔の賢人の第二派閥筆頭。名をなんと言ったかの?」


 絹の衣服に高価そうな装飾品を無数に飾る男が口を開く。その腰を降ろしている椅子も黄金で装飾されていた。


「アルバと申す者です。お爺さま」


 二十代後半と思われる黄色い髪の男が返答する。途端に絹の衣服の男が叱りつける。


「こらべロット! 仕事の時はお爺さまではなく頭目と呼べ!」


「はあ。申し訳ございません」


 べロットと呼ばれた男は頭を掻きながら頭目に謝罪する。


「そのアルバとやらは生き残ったそうじゃのう」


 ザンドラ達あの四兄弟は復讐心の強さに実力が追いついていないのではないか。頭目はそう疑心に駆られた。


 バダフシャーン一族は四兄弟に多額の費用を投じて昔から何かと支援していた。しかしこれでは元が取れない。頭目は不機嫌そうに金杯に注がれた酒を口にする。


「何分、予期せぬ援軍が現れまして」


 べロットと呼ばれた男が事情を説明する。一族の密偵からの報告では、中年魔法使い。細目の魔族。紅茶色の髪の騎士。全身黒衣の少年。銀髪の少女がその援軍の陣容だった。


 アルバが事前に用意していた伏兵か。いずれにしても、その連中はあの小さな街にまとめて滞在している。


「ならばその連中は良い実験体になりそうじゃの」


 頭目の両目が怪しく光る。この目をする時は祖父が計算高い思考をしている時だと孫のべロットは知っていた。


「べロット。試作中の魔物にその小さな街を襲わせろ。連中の排除と魔物の戦闘能力の情報を得る。一挙両得じゃ」


 研究と改良を続けていたあの魔物をついに実戦で試すのか。べロットは魔物に襲わせる街を不憫に思った。


 我ながらとんでも無い一族に生まれたものだ。しかも、その一族を率いる頭目の孫に生まれるとは。ベロットは内心でそうボヤキため息をつく。


 黄色い髪の青年は頭目に頭を下げ、準備の為に部屋を出る。一族の頭目は部屋の壁にかけられている鏡を見る。


 縁にダイヤが無数埋め込まれている鏡に映るその姿は、二十歳前後としか思えない程の若々しさだった。どう見てもベロットのような孫がいる年代には見えなかった。


「人間も。魔族も。青と魔の賢人も。わしらの稼ぎの為のいい道具じゃて」


 同族の魔族をも道具と言い切ったバダフシャーン一族の頭目は短く笑った。その声は、鏡に映る風貌と同様に若者の声だった。



 






 

 

 

 











 



 


 








 















 




 

 

 

 









 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る