視点:僕with彼女―2
「……なあ、人間が最初に忘れるものってなんだと思う?」
僕の突然ともいえる問いかけに対して、彼女はさも当たり前のように、まるで以前からその質問があることを予想していたように応えた。
「声……でしょ? 知ってるわよ、それくらい」
心なしか声が沈んでいた気がしたけれど、僕は誤差の範囲内として片付けてしまった。
「なんだ、知ってるんだ」
「何よ、意外なの? これぐらい、一般常識の範囲だと思うけれど」
彼女の中での一般常識の範囲がどれくらいのレンジを誇るのか気になるところだったけれど、僕はあまり気にすることなく話を続けた。
「いや、別に。知っているならいいんだ。僕はねえ、思うんだ。じゃあどのタイミングでそれは起こるんだろうってね。ほら、誰かが言っていただろう? 人が死ぬときはその人の記憶が完全に消滅したときだって。……まあ、僕はそれに対して、異議を持っているんだけど」
「どうしたの、いきなり? 確認だけど、貴方って科学者であって、別に哲学者じゃなかったわよね?」
「そうだけど。別段、科学者が哲学をしてはならないという規則はないだろ? 生命倫理などが騒がれている今、むしろ僕達みたいなのは、専門外のことを積極的にするべきだと思うんだ」
彼女はそうだけれどと、一旦譲歩したものの、すぐさま反論しようとした。おそらくは、今は関係ない話でしょ、とか言うつもりだったのだろう。しかし、それは僕が半ば強引に話を進展させてしまったことで封じられてしまった。
「ともあれ。個人に対する記憶の喪失――僕は、個人が居たという痕跡と言いたいところだけど、殆ど同義だからいいとして――が、本来の意味での死とするならば。声が思い出せなくなるというのは、さながら相手の頭に銃口をあてがうみたいなものなのだろうね」
「……貴方が、何を言いたいのか分からないというのは、かなりあることだったけれど。今日は何時にもまして酷いわね。何か悪いものでも食べた?」
彼女は僕にそんな毒を吐いた。それで少し冷静さを取り戻した僕は、彼女がこの話題に対して興味を欠いていることをようやく悟ることができた。
もっとも、ここで話を折る気はさらさらなかったけれど。
あと、酷いのは食べ物のせいではなく、ここの酸素濃度が薄いからだ。
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