視点:僕withアンドロイド―3
自転車で道を進むこと数分、肩に子供を乗せた父親らしい男性が僕の横を通り過ぎた。すれ違う瞬間、息子にむかって「大丈夫だから」と言っているのが聞こえた。安心したように笑う幼児。
いったい、あの父親はどういう心境で語りかけているのだろうか。月が地球に落ちて僕達が消滅するまでもう時間はない。あと十数時間で全て終わってしまうのだ。なのに、大丈夫だと嘘を吐く理由はなんなのか。
理性的な思考をもって僕はそう思った。もう少しで暴かれる嘘になんの意味があるというのだ。親を信じる子供が、嘘だと知ったときどう思うと考えているのだ。
やはり、親と子供は他人なのだろう。ただ血の繋がっているだけの赤の他人。だから、互いのことを理解できないのだ。
「少し精神の乱れがうかがえます。
「大丈夫です。何も問題はない。そもそも、嘘を吐く親とそれを盲目的に信じる息子というどうしようもない家族に、僕が憧れるはずがないでしょう。嫉妬する以前の問題です。……きっと、世界滅亡のショックがぶり返しただけです。あまり気にしないでください」
「了解です」
前を向きながら、後方から声をかけてきた彼女に答えた。
ふと、今日は精神安定剤を飲んでいないことを思い出した。
精神安定剤とは読んで字の如くであり、人間の精神を守る砦のようなものである。朝食も済ますことが叶わなかった僕はそれを服用できていない。あれを飲まなかった時、僕は決まって恥を晒す。
まず計算を間違えてしまうし、皆の前に立つと自然と顔が赤くなってしまう。その上、何かを口にしようとしても、途中で途切れてしまって大変聞きづらいものになる。それを一生懸命カバーしようとしたところで、一度失敗をした僕はさらなる失敗の沼にハマっていく。まさに、底なしというのにふさわしい。
だから、精神が乱れているのは薬の服用を忘れているからに他ならない。合理化できない感情が次々と湧いているのだ。そして彼女はそんな中から嫉妬という感情に起因するものを抽出してしまった。ただそれだけのことである。
ナビの指示通り交差点を右折するとき、ちらりと視界の端にさっきの親子が映った。互いに笑っていたように思える。ただ、僕はそれを羨ましいとは決して思わなかった。
そう、決して。
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