視点:僕withアンドロイド―1

 八月二七日。


 なんの記念日でもない今日が地球最後の日となった。

 そんなニュースを僕は見た。安っぽい愛嬌だけにしか考慮されていないメイド服を着たアンドロイドが、情報をスクリーンに移してくれた。

 十数年前まではテレビが主流であったという話を聞くけれど、それらが主流だった当時、僕はまだ二、三歳である。そんな物心もないような時期のことなど覚えているはずがない。しかし、この時ばかりはテレビが消えてよかったと心底思った。

 もし、テレビがまだ生きていたらここまで早く情報を集めることはできなかっただろう。彼女がいてくれたからこそ、夢からめた瞬間にその情報を得ることができたのだ。


 僕は彼女に両親の居場所を問うた。


「ご両親はただいま、外出中でございます。警報が出ているため、一度は止めたのですが、行ってしまわれました」

「どこ、というのは聞きましたか?」

「いいえ、聞いておりません」


 まるで肉声のような美しい声。彫刻のように美しいその外見を、僕はあまり好きにはなれなかった。素晴らしいものだとは思うのだが、僕達に似ていれば似ているほど人間との差異が目につくのだ。

 彼女の場合は、その無表情だろう。表情の欠落した彼女はどこか不気味である。

 表情差分をダウンロードすれば、その問題は解決するだろうが、どの道、それをクリアしたところで新たな粗が目につくだけだ。する意味がなかった。

 いくら人間に接近しても、彼女はアンドロイドなのだから。

 どう頑張っても非合理的な部分を捨てることができない曲線のような僕達に、合理化の権化である彼女の漸近線は重ねることができない。


「じゃあ、GPSを起動してください」

「GPS接続開始――完了。ご両親のものはヒットしませんでした」

「そうですか。……では、電話も難しいのだろう」


 バーチャルアイと呼ばれる、コンタクトレンズのような機器がどうして電話と呼ばれているのか、その理由は分からない。おそらく、これの前身がそう呼ばれていたのだろうと思った。

 仕方がない。家を出ることにしよう。そう思った僕は、最後に彼女に訊いた。


「結局、この世界滅亡は何が原因だったんですか? ああ、映像はさっき軽くみたから大丈夫。ただ、寝起きだったもので、簡単に確認しておきたいんです」

「承りました。此度の世界滅亡でございますが、それは月が公転周期から外れたことにより、地球に落下し始めたというのが原因でございます。激突にはおよそ十六時間――つまり、今夜の零時とともに滅亡します」


 彼女はそう言った。僕は口内で何度かそれを反芻はんすうさせた。その度に、その事実は重みを増していき、僕の呼吸を止めかけた。上手く呼吸ができなくなるような不安感に耐えながら扉を開けた。

 僕は両親を探さなければならない。


 家の外に出たとき、ふと後ろの方が気になった。

 どうしてだか僕は彼女も連れて行くことにした。そこに意味を見いだすとすれば、情報を随時知ることができる、人手ができるというものが考えられたが、世界滅亡が嘘であるという情報以外に今欲しい情報はない。人手になるとはいえ、彼女のボディーはあくまでも女性のもの。力を要求するのは酷というものだ。

 だから、彼女を誘った理由が自分でもいまいち分からない。

 多分これは打算ではないのだと思う。僕は単純に彼女が可哀想に、不純に思えてならなかったのだ。有用だと言うのに、両親に置き去りにされ、ただ月の衝突と伴に一人で朽ちていく。そのことを哀れに思ったのだ。

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