2にゃんめっ そうだ!寄生しよう!!

「おいゴラァ! 無断欠勤の上、勝手に住居を移すとはなにごとだァ!!」


 な、なんだコリャ? あたいは扉を蹴破った姿勢のまま硬直してしまう。

 あの『鬼面』の二文字を持つ男の顔が、とんでもなく目尻が下がっていて……

 地面に四つん這いになって猫とジャレあっている。


 ソッと扉を締める。


 ――コンコン


「んっ、あたいだ、同じパーティメンバーのリィスだ。入っていいか?」


 暫くして扉から出てくるその男、グライズ。

 うん、いつもの仏頂面だな。

 先ほどの事はきっと見間違いだったのだろう。


「……何のようだリィス」

「何のようだ、じゃねぇえだろっ! ギルドにも顔を出さねえで何してやがんだ!!」

「ああ、ちょっと最近ドタバタしててな」


 だからと言って、パーティの仲間に何の断りもなく数日間顔を出さないってのはないだろう!

 てめえの所為で、どっさりクエストが溜まってんだぞ!

 オラさっさと用意しろっ! 今日中にこなさにゃいかん仕事があるんだよ!!


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺が出ていったら、アレクサンダーは独りぼっちになってしまう!」

「はっ?」


 なんだよアレクサンダーって?

 えっ、猫?

 ……さっきのは見間違いじゃなかったのか?


 いやいやおめえに懐く動物なんているわきゃねえだろ!?


「それが聞いてくれよ! 居たんだよそんな猫が!!」


 なにやら熱く猫との出会いを語ってくる。

 ああ、分かった、分かったから!

 居るんだなそんな猫が。まあ世の中は広い、そんな奇特な猫が一匹ぐらいいても不思議では無いだろう。


 もういいからさっさと行くぞ。


「いやだからだな……」

「餌さえ用意しときゃ死にゃしねえよ。というかペット飼うなら犬だろ? 猫なんて止めとけ」


 犬はいいぞ、言う事はちゃんと聞くし、忠誠心も高い。

 手を掛けたら掛けた分だけ応えてくれる。

 中には飼い主のためなら命すら投げ出すものも居ると聞く。


 それに引き換え、猫はどうだ?


 自分勝手で言う事は聞かない。

 部屋中は荒らすわ、どこにでもゲロは吐くわ。

 どんだけ手を掛けて育てても恩なんて欠片も感じてねえ。


 気まぐれで自由奔放、ロクデナシの筆頭だろ?


「何言ってるんだ! うちのアレクサンダーはとっても賢いんだぞっ!」

「賢けりゃ後は自分でなんとかするだろ、いいからさっさと用意してこいっ!」


 ブツブツ言いながら部屋に戻っていくグライズ。

 しかし中々戻ってこない。

 痺れを切らしたあたいは、部屋に入って、首根っこを掴んで引き摺って行くのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 なにやら恐ろしげなお姉さんだったな……

 というかあの兄ちゃん、オレの為に色々用意してくれるのはいいが、お金、大丈夫なのだろうか?

 随分広い部屋に、いくつも並べられたキャットタワー。


 猫用のおもちゃに、猫用のハンモック。

 幾つかの猫が表紙に描かれている本まである。

 しかも手書き、これきっと高いんだろうな……


 あの兄ちゃん、将来、悪い女に騙されないといいが……


 つっと待て、なんか武装して出かけていたよな?

 そういやあれだ、ここに来たきっかけ、何やらヤバゲな事が書かれてなかったか?

 確か……この世界は数年で滅ぶとか何とかと……


 やばいんじゃね?


 オレが仮にその為に呼ばれたとしよう。

 どうすればいいの?

 猫のこの身で何ができるの?


 文字も読めないし、言ってる事も理解できない。そしてオレはニャー語しかしゃべれない。


 意思の疎通が出来んがな。

 何がピンチなのかすら分からないまま終わってしまいそうで怖い。

 いやいや待て待て、さすがに猫のオレを当てになんてしないだろう。


 きっと別の勇者を募集してくれるに違いない!


 募集してくれるよね?

 神パワーが一人分しかないとかだったらどうしよう……

 いや、一人分なのに危険なネタルートなんて仕込まないよね?


 仕込まないって言ってください!


 おお、勇者よ、お主だけが頼りなのじゃ、じゃ、じゃ、ゃ……

 っていう幻聴が聞こえた気がする。

 猫でもレベル上げればなんとかなるだろうか?


 しかし、レベル上げるには戦闘をしなければならないし……


 猫で勝てる動物なんてネズミぐらい?

 ネズミの経験値でレベルが上がるだろうか?

 よし、ちょっくらネズミ狩ってみるか。


 と思ったわけだが。


 異世界のネズミ、キタネエ……

 いや、異世界に限った話じゃないかもしれないが……

 我が武器はこの爪と牙。


 ちょっとあの得体の知れない物質がこびりついてる、キタネエのに食いつく勇気はオレにはない。


 ううむ……そうだ! 寄生しよう!!

 あの兄ちゃんについてって、唾でも飛ばしときゃ手付けにならないだろうか?

 うん、仕方ないよね? 世界を救う為だしね? 手段は選んでいられないよね?


 ものは試しだ、さっそく追いかけねば!


◇◆◇◆◇◆◇◆


「おい、どうするんだソレ、連れて行く気か?」


 驚いた! なんと、アレクサンダーが俺を追ってきてくれたのだ!

 やはり部屋で一人は心細かったのだろう。

 これからは置いていかないから許しておくれ……


 そう言ってアレクサンダーを抱き締める。


「ニギャッ、ニギャギャギャッ」


 アレクサンダーも喜んでくれている。


「いや、それは喜んでいるんじゃないような気が……」

「ね、ねえ、ホントに連れて行くの? 私、猫とか動物は駄目なんだけど」


 そう言って馬車の隅の方で震えている、プリーストのメメ。

 猫が駄目とか、人生を損しているなお前。

 そう言うとホッペを膨らませて、


「グライズに言われたくない……」


 と言うメメ。


 まあ俺もこの顔のおかげで損な人生を歩んできた訳だが。

 しかしそれもこないだまでの事!

 俺はアレクサンダーと言う人生のパートナーを見つけたのだ!!


「いやあんた、猫と結婚する気? しかもその猫、オスだろ?」

「おめえ、いくら女にモテないからって猫は止めとけよ」

「でもアレだよね、明るいグライズってなんか調子狂うよね」


 おいっ、そりゃどういう意味だ。


「いつも機嫌悪そうな仏頂面しかしてこなかったのにね」

「別に機嫌が悪いわけじゃないぞ、この顔は生まれつきだ」

「まあいいじゃねえか。そっちのほうがカドが取れて、もしかしたら言い寄ってくる女もできるかもしれねえぜ?」


 それは困る。と誰にも聞こえないくらい小さな声で呟くメメ。

 なんで困るんだよ? 俺がそんなに人から嫌われたほうが嬉しいのか?

 まったく、うちのパーティはドイツもコイツも人でなしばかりだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る