第18話タイムリープ3日目ー5
俺は、大和の携帯に電話をかけた。
屑に殴られるムービーを取る際に、後から送信してもらうために番号を交換していたのだ。俺からの連絡に大和は、とても驚いていた。
「大丈夫なのか?」
その一声に、俺は苦笑いする。
あれは作戦だったが、大和にも随分と心配をかけてしまった。申し訳ない気持ちになる。
「お前こそ、大丈夫だったか?お前も殴ってたから、警察に色々言われただろ?」
大和は、屑を殴っている。
俺と屑を引き離すためとはいえ、第三者から見てどう思われるかが少し不安だった。
「あいつとお前を引き離すには、必要なことだった」
どうやら、大和は警察のお世話になっていたいようだ。なっていたら連絡は付けられなかっただろうが、どうやら大和がやったのは正当防衛だったとみなされたようだ。
あの時、俺は屑にすでに刺されていた。大和は刺した犯人を殴って俺から引き離し、救急車を呼んでくれた。大和の行動は警察に怒られるどころか、褒められたらしい。無論、最初から俺と打ち合わせていたとは言わなかったようだが。
「なぁ、大和。今どこにいるんだ?」
真理によると大和は、今回も行方をくらませてしまったらしい。警察に一度は行ったが、その後は家に帰っていないらしい。未青年がいなくなって大騒ぎしているかと思いきや、誰も何も気にしないかのように病院の外の時間は流れているようであった。
警察に秘密裏に保護されているという可能性を願ったのだが、大和は無言であった。この様子だと、村の何処かに隠れているのだろう。隠れるところなど、村には無数にある。人が住んでいない民家もあるし、農具は入った納屋には鍵がかからないところも多いだろう。大和は、そのうちの何処かに隠れているような気がした。
孤独などは気にしない。
むしろ、孤独のほうが心地が良いのかもしれない。だって、一人だったら誰にも殴られない。一人でいることは、心安らぐこともある。俺は、それを知っている。今の大和は、心安らぐ時間を過ごしていることであろう。それと同時に、殺意をナイフのように尖らせているかもしれない。
「大和……お前は」
何を後悔しているんだ、と俺は尋ねた。
繰返されるタイムリープのなかで、大和の行動には共通点があった。大和は、刺殺された死体を見るとおかしくなる。
一度目のときは美羽の死体を見た後に――父親を殺した。
二度目は俺が殺された後に――父親を殺した。
三度目は俺が死ななかった――だから大和はまだ狂いきれていない。
だから、俺はまだ大和は止められると思った。死体を見ずにいる大和は、まだ父親を殺すほどに来るっていない。けれども、考えようによっては今の大和は可愛そうなのかもしれない。正気を失えず、狂い切れていないのだ。死体をまだ見てはいないから。死体を見てしまえば、親を殺せるほどに狂えるのに。
きっと今頃、大和はどこかの闇に身を隠しているのだろう。この携帯の音にだけ、耳をそばだてて。
「大和。お前は、父親に殴られているだろ」
俺たち兄妹も同じだった、と俺は言う。
大和が、息を呑んだのが分かった。
「……この間、聞いたよ」
大和は言う。
屑に殴られる画像を撮るに当たって、大和に俺たちのことは話してあった。たとえ二回目であっても、自分の受けた暴力の話をすることは勇気がいる。大和は、それを知っているのだ。
「なぁ、何を後悔しているんだ?」
母親のことか、と俺は問いかける。
大和が、息を呑んだのが分かった。
「……どこで聞いて――いや、この村の人間だったら誰だって知っていることだったか」
大和の呟きに、俺は少しばかり良心が痛む。大和の母親が死んだ話は、大和本人から聞いた話であった。この時間軸の話ではなくて、前の時間軸でもことだが。
「俺の母親は、父親に殺されたんだ」
大和は語る。
俺は、話を聞きながら思い出す。大和の家のことを――父親のことを。選挙に出馬して、女性関係から失脚した父親のこと。それが、引き金となって大和の家が村の人々に恨まれていることを。
「あの親父は、俺の母親も殺したんだ」
繰り返し、大和は言う。
俺は見たのだ、と大和は続けた。
大和が幼かった日の夜に、その恐慌は行なわれたらしい。強い雨が降る夜に、彼はその恐怖を見た。大和の父親は、母親も大和もよく殴る人であったらしい。だから、大和は物音や悲鳴が響いてもまた父親の暴力を振るっているのだと思った。だから、悲鳴の元に駆けつけたときには全てが遅かった。母親は、父親に指されて死んでいた。
「祖父がもみ消して、強盗に襲われたことになったけどな」
けれども、大和は母親の死体の前に立つ父親の姿を見ていた。その姿は、今でも大和の脳内にこびりつき、大和を狂わせる。あのとき、助けられなかったという後悔から大和を狂わせるのだ。
語る、大和。
母の背中を刺した父親。
彼が犯人なのは、明らかだった。
だが、大和は糾弾することができなかった。
その光景を受け入れて、口を閉ざすことしかできなかった。
「守れなかった……」
大和は呟く。
母親を父親から守れなかったことが、大和にとってのトラウマなのだろう。そして、そのトラウマは他殺死体を再び見たときに蘇るのだろう。蘇って、強く意識するのだ
大和は、母親を守れなかったことを。その後悔が、大和を狂わせる。
だから、大和は死体を見るたびに父親を殺してしまっていたのだろう。大和はタイムリープの能力なんて持っていないから。もう今回なんてしないために、殺してしまうのである。
だが、今回は大和は死体を見てはいない。
だから、まだ正気は失っていないはずだ。だが、ぎりぎりのところに立ってはいる。何かがあれば、大和は父親を殺しに行くだろう。
「ここで、殺さなかったら俺はいつか後悔する。あのとき、殺しておけばよかったと絶対に後悔する……」
大和の声が、一瞬遠くなる。
電話を切ろうとしているのかもしれない、と俺は思った。俺は、漁った。今電話を切られたら、もう大和と話ができなくなるような気がした。いいや、違う。俺は、大和に父親を殺して欲しくはなかったのだ。
大和の父親は、間違いなく屑だった。人の人生をめちゃくちゃにする屑。そんな屑のために、大和の人生を無茶苦茶にして欲しくはなかった。
それは、俺が俺自身に願う事柄であった。俺の人生には、常に屑がいた。殺してしまいたい、と願ったことも一度や二度ではなかった。でも、殺してしまえば俺の人生が狂う。俺の人生が狂えば、母親が悲しむ。だから、俺は屑を恨んでも殺さなかった。
俺たちの側には、屑がいる。
でも、屑のために人生を狂わせてはいけない。俺の人生が狂ったら、母親が悲しむ。真理だって、悲しむ。二人を悲しませたら、俺自身が屑になる。
「待て!」
俺は叫ぶ。
「大和、俺はお前の屑になってほしくない!」
もう、時間を戻すことは出来ない。いくら後悔しても、時間を戻してやり直すということはできない。それは普通のことだが、今はそれがもどかしい。
失敗は出来ない。
それが、恐い。
けれども、これが当たり前なのだ。
時間は巻き戻せない。
「……俺が屑になるって、どういうことだ?」
大和は、うなるように言った。
屑が死ぬこと大和は望んでいる。大和は俺の物騒な願いを聞いたとき、いつも正しい願いだといっていた。彼にとって、屑は殺してもいい相手なのだ。
「殺したら、お前の人生が台無しになる。お前の人生が台無しになったら……俺たちが悲しむ。俺たち兄妹が悲しむ。誰かを悲しませたら、お前は屑になる」
「どうして……お前が悲しむんだ?」
大和は、俺に尋ねる。
心の底から、意味が分からないとでも言うかのように。繰返された時間で、俺だけが覚えている。何度も、何度も、大和とは喋ったのだ。飯も一緒に作って、ドーナッツも食べたのだ。真理も忘れてしまったけれども、俺は覚えているのだ。
「どうしてだ?」
大和の言葉に、喉が渇くのを感じた。
自分の言葉をどのように説明すればいいのか、分からなくなった。自分の気持ちをいうというのは、実は簡単だ。相手のことなんて考えなければいい。けれども相手のこと考えれば、途端に分からなくなる。
「どうしてなんだ?」
電話越しで、俺は拳を握り締める。
相手には、見えない位置で俺は自分にしか分からない勇気を握り絞める。
「お前は、俺たちと同類だから」
ようやく、言葉を振り絞って俺は伝えた。
「俺たち兄妹は、互いが屑になったら悲しむ……同じようにお前も屑になっても悲しむ」
そんな理由かよ、と大和は言った。
大切な理由だ、と俺は言った。
「逃げよう、大和。俺と真理と三人で一緒に逃げよう」
俺の言葉に「何を言っているんだ」と大和は尋ねた。
けれども、今度は電話を切ろうとはしなかった。
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