第17話タイムリープ3日目ー4

 起き上がるとベットの上だった。

 また、最初からやり直しかと俺は思って視線でカレンダーを探した。だが、カレンダーは見つからなかった。それどころか、ここは俺の部屋ではない。白くて素っ気なくて、まるで病室のようだった。

「あれ?」

 俺が着ているものも家のパジャマではない。

 もっと、着心地が悪いぺらぺらの安っぽい病衣だった。

「どうなっているんだ……」

 今までのタイムリープとは、あきらかに違う状況であった。

 俺は、あたりを見回し冷静に判断する。どうやら、俺は入院していたらしい。腹に包帯が巻かれていることから、原因は屑に刺されたことだろう。つまり、今回はまだタイムリープは起こっていないのだ。

「今は、何日なんだよ」

 この場に日付を確認できるものはなかった。俺は病室の――個室部屋に押し込められていた。入院費いくらかかったんだろうと恐れながらも、俺はベットから立ち上がろうとする。腹が痛み、思った以上に力が入らなかった。しかも、腕には点滴の針が刺さっている。

 ハリウッドの主人公みたいに、これを引き抜いて行動する自信はない。

 しかたがない、ベットで大人しくしていよう。ナースコールで看護師を呼んだほうがいいのだろうか、と俺は考えた。

「お兄ちゃん」

 思案していると、可愛らしい声が聞こえてきた。

 気づかぬ間に、真理がお見舞いに来ていたらしい。真理は俺の姿を見ると、急いで時計を確認した。そして、ほっとするような顔をした。

「よかった――お兄ちゃん。この三日間を生きぬけた」

 真理の言葉は、俺の予想外のものだった。

「なんて、言った?」

「今日は、間違いなく四月九日。お兄ちゃんは、この三日間の間に何度も死んじゃっていたけど……今回は生き抜いたんだよ」

 真理の言葉を理解した俺は、彼女に問う。

「つまり、それはお前がタイムリープを使っていたってことか?」

 時間を戻して、三日間を繰返していた元凶。

 それは、真理だった。

「お前……いつからタイムリープが使えるようになっていたんだ?」

 俺の問いかけに、真理は答える。

「四年前ぐらいに、突然使えるようになっていたの。今まで使ったことはなかったけど」

 四年前という言葉には覚えがあった。俺が、自分の父親からタイムリープの能力を消し去ったのも四年前だ。そのころに真理のタイムリープの能力が備わったとしたら――無関係だとは思えなかった。

「今まで使わなかったのは、全部がどうでも良かったからなの。自分の父親に殴られる毎日も、学校もぜんぶどうでもよかった。でも……お兄ちゃんたちが新しい家族になってくれて私は変われた」

 真理は、嬉しそうににこりと笑う。

「毎日がかけがえのない一日で……大事にしたいって思えるようになったの。こんなの初めてだった。だから、お兄ちゃんを守りたかった」

「真理……ずっと俺を助けるために」

 頷く、真理。

 彼女が俺のためにできたことは、時間を巻き戻すだけだった。タイムリープの能力者は自分で何かを変えることが出来ない。なにか行動を起こせば、そこがセーブポイントのようになってソレより前の時間には遡れなくなってしまうからだ。

「真理……タイムリープの基本的なルールは知っていたんだな?」

「うん。遡れる時間は最長三日間。ただし、私が行動を起こした時点でそこがセーブポイントになって、それより前には遡れなくなる」

 真理は、正しく自分の能力を把握していた。

「俺がタイムリープでも記憶を失わないことは?」

 俺の告白に、真理は驚いていた。どうやら、知らなかったらしい。

「でも……薄々そうかもしれないとは思っていたの。だって、お兄ちゃんだけ毎回の行動が違うし」

 だから、真理は自分の能力を俺に告白したのだろう。

 俺ならば、信じてくれると思って。

「真理、俺はタイムリープに巻き込まれても記憶を失わないっていう特徴がある。これは能力なのかどうか怪しいし……正直、人に自慢できるようなことでもない」

「そんなのタイムリープだって、同じだよ」

 真理は、悪戯っ子のように笑った。

 たしかに、繰返される時間のなかでは誰も前の時間軸を覚えていない。

「真理……俺はもう一つ特徴がある。たぶん、この特徴のせいで俺はタイムリープに巻き込まれても記憶を維持できるんだと思っている」

 そう、タイムリープに巻き込まれても記憶が保持できる。

 この稀有な特性は、単なる副作用でしかないというのが俺の持論である。なぜなら、俺が持っている最も特出すべき特徴は――タイムリープの能力を消すことなのだから。

「俺は、タイムリープの能力を消せる。俺がタイムリープの能力者を見つけたとき、この能力は発揮される……俺の親父のときもそうだったけど、あと五分ぐらいだ。あと五分も経てば、お前は自分自身がタイムリープを使用できたことすら忘れてしまうんだ」

 真理は、呆然としていた。

 過去にもあった光景だった。あの時は、俺は自分の父親相手にタイムリープの能力を取り上げた。

 いや、あの時は自覚がなかった。

 ただ親父がタイムリープの能力者だ、と俺が糾弾しただけだった、それだけで、親父は自分が今までタイムリープの能力を使っていたことすら忘れてしまったのだ。

 俺はタイムリープの能力者の天敵なのだ。

「それって、どういうことなの?」

「分からないけど、タイムリープなんて元々は人間がもっていちゃいけない能力なんだよ。振り返れば、あのときに何かがやれていたかもなんて後悔を実行できるなんて――そんな能力なんて持っちゃいけないんだ」

 だから、俺みたいなタイムリープの能力を持つ人間の天敵が生まれるのかもしれない。

 巻き戻る時間のなかで、ただタイムリープの能力を消すだけに存在するような奴が。

「お兄ちゃん……もう、もう私はきっと時間を遡れないの?」

 真理は、戸惑っていた。

 だが、スカートを握り締めて決意する。

「大和さんを助けてあげて!!」

 真理が、叫んだ。

 真理の言葉に、俺は目を見開く。

「大和が……どうしたって?」

「大和さん、お兄ちゃんを助けるために救急車を呼んでからずっと行方不明なの。でも、大和さんは繰返した時間軸で何度も自分の父親を殺していて……たぶん、今回も殺そうとするはず」

 俺は、真理に落ち着けと呟く。

 真理は、目に涙を浮かべていた。真理がタイムリープに関する記憶を失うまで、あと数分しかない。そして、時間を遡ることはできない。真理は俺にタイムリープの能力を明かすというセーブポイントを作ってしまっている。遡っても、時間稼ぎは数分しかできないのだ。

「詳しく教えてくれ」

「うん。一度目のときは、大和さんは私たちと出会う前にすでに自分の父親を刺し殺してた。正気を失っていたの」

 返り血を浴びたまま、ふらふらと歩いていた大和を思い出す。

 あの時の目は、たしかに理性を孕んではいなかった。だが、俺はあのとき大和を呼び戻せるような気がしたのだ。だが、真理を庇って俺は刺し殺された。

「二度目のときは、お兄ちゃんが刺されて――大和さんがお父さんから私を守ってくれたの。お兄ちゃんは病院でそのときは死んじゃったけど、大和さんはその報告を聞いた後すぐに自分のお父さんを殺したって」

 二度目の時間軸で、俺は屑に刺された。病院には運ばれたが、助からなかった。その後に、大和は自分の父親を殺している。

「この時間軸では、俺は助かっている。大和もまだ父親を殺してないんだな?」

 俺の質問に、真理は頷きで答えた。

 まだ、大和は殺人を犯してはいない。

 未来は、これからいくらでも変えることができるのだ。

「お願い、お兄ちゃん。大和さんを助けて。あの人は、私と同じなの。私と同じで、日常もなにも大切じゃなくなっちゃった人なの。ずっと家族に殴られて、それが当たり前だと思っちゃっている人なの……おねがい」

 助けて、と妹は涙する。

 俺は、真理の頭を撫でた。

「凄いな、真理。一年前は、助けてなんて言えなかったのに」

 まだ、屑と一緒に住んでいた頃。

 真理はいくら殴られても「助けて」なんて言えない子だった。誰も助けてくれなくて、殴られる灰色の日常が当たり前だと思っていた。

 けど、今はそうではない。

 助けてと悲鳴を上げれば、聞いてくれる人がいると知っている。

「だって、お兄ちゃんが生きてる――……後悔をやり直す力よりもずっと強いお兄ちゃんがいるから、私は時間を巻き戻せなくなっても恐くない」

 俺は、真理の頭から手を離す。

 妹におねがいされたのだ。

 たとえ、後悔をやり直す力がなくとも兄たるもの妹の望みは叶えてやらなくては。

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