第16話タイムリープ3日目ー3
電車がやってくる。
男が、その電車から降りる。持っている小さなブーケがまるで似合わない、痩せた風貌の男。真理の父親である屑は、田舎の駅に降り立ち俺を見つけた。駅でずっと一人で、ベンチに座っていた俺はとても異様であった。
「おまえ、どうして!」
屑が俺を見つけたときの第一声は、それであった。
なにせ、俺は屑のことを待ち伏せているようにしかみえなかったからだろう。事実、俺は屑のことをずっと待っていた。屑は恐る恐る、俺に近づく。
「どうして、俺がここにいるかを考えてるな?」
俺は屑を睨んだ。
屑は、俺をおそれて一歩下がった。人の気配がまったくいない、田舎の駅。その駅で、得体の知れない相手と対峙している。これは、屑にとっては大きな恐怖であろう。
「俺は、ずっとここでお前を待っていた。お前が来るのを知っていたからな」
「美郷に聞いたのか?」
屑が、俺に尋ねる。
俺と屑を結ぶ接点はソレぐらいだし、ソレが一番ありえる線だからであろう。たしか俺が美郷に何かを聞いて、ここに現れたという話のほうが自然である。
「いいや、違う。俺は、ずっと前からお前がここにくることを知ってたぞ」
屑が、俺を見て怯える。
「昔から、そうだった……お前はときより、そういうふうな恐ろしいことを言うんだ」
それは、俺がタイムリープに対して抵抗できるからだ。
誰かがタイムリープを使っても、俺だけは記憶を失わない。
だからきっと、ときより人より先回りができる。何度も、何度も、経験していることだからだ。
「俺は……お前が恐ろしい」
屑は、拳を握り締める。
「何もかも見透かしているようなお前が恐い!何者なんだ、お前は」
屑は、まるで化け物のように俺を見ていた。
俺にとっては、この屑のほうが化け物である。他人を傷つけて、それで自分は被害者のような顔をすることができるヤツのほうがよっぽど化け物だ。
「俺は、ただ守るだけだ。真理をお前みたいな屑からな!」
俺の言葉に、屑の頭に血が上った。
屑が、俺に殴りかかる。包丁を持ち出してこないということは、屑はまだ包丁を購入していないらしい。俺に刃物を向けていない。屑は、殴りあうには役に立たないブーケを投げ捨てる。白いブーケは娘のために買ったものなのに、もうそんなこと忘れてしまったみたいだった。
屑は、俺を殴る。
昔に戻ったみたいだと、俺は思った。
俺の親父も真理の親父も、根本は同じ。人を殴るしか脳がなくて、殴れば解決すると思っている。自分が今よりも強くなりたいという思いはないから、ボクサーみたいな向上心が必要なものにはならない。俺は、そういう屑たちにずっと殴られてきた。
だから、殴られることに慣れている。
痛みは感じるけれども、恐いとは感じない。
「何やってるんだ!」
大和の声。
第三者の乱入に、屑の手が止まる。
「これは……これは俺の息子で」
「ソイツは母子家庭だって言ってたぞ。携帯でムービーも取ったからな!!警察に届けるぞ」
大和は、俺と屑を引き離す。
そして、自分の携帯で取った映像を屑に見せ付けた。
屑が他人に対して暴力を振るう、紛れもない証拠だった。証拠を叩きつけられた屑は、そのことに対して一瞬怯えたような顔をした。自分のほうが加害者なのに、まるで被害者にでもなったかのような顔だった。
「それをよこせ!!」
屑が、大和に向って手を伸ばす。だが、俺よりも大和よりも大柄だ。無論、痩せた屑よりも大きい。だから、そのことにようやく気がついた屑は殴ることをためらった。負けることを恐れたのである。
大和は、その隙に逃げ出した。
最初から、大和に頼んでおいたことだった。さすがの屑も、大和が俺の協力者であることには気がついたみたいだった。
「アレはおまえの友人か?」
屑が、尋ねる。
俺は、一瞬答えられなかった。繰り替えす時間のなかで何回も大和とは喋ったが、友人だったのかどうかは分からない。
「……おまえをハメるために協力をたのんだんだよ」
あの動画があれば、警察に屑を逮捕してもらうことだってできる。なにより、あの動画を恐れて屑が俺たちに近づかなくなるかもしれない。
「お前はいつも俺の邪魔ばかりして……」
屑が、鞄のなかから何かを取り出す。それは包丁だった。前の時間軸で、俺を刺し殺した包丁。てっきりまだ購入していないと思ったのに……。俺は屑の掌できらめくそれを見て、動けなくなった。
刃物が恐かったのだ。
何度も刺し殺されているのだから、今更刃物を恐がるなんておかしいのかもしれない。けれども、刺されているからこその恐怖もあったのだ。
どうしてなんだろうか、と思った。
生きれば生きるほどに、恐いものが増えていく。
生まれたばかりのことは、きっと俺は何も恐れなかった。なのに、今はあらゆるものを恐れているような気がする。屑も包丁も、小さい頃は恐れなかった。今は、凄く怖い。
「助けて……」
俺は、小さく呟いた。
人生において、助けてもらったことはあんまりないのに。
「助けてくれ……」
俺は懇願した。
命を助けて欲しいというよりは、目の前の包丁が恐くて顔も知らない――神様みたいなものに祈った。けれども、祈りは聞き入れられない。
俺の腹に、包丁が突きたてられた。
痛みと共に、俺は強く目を瞑る。
「離れろ」
うなるような、低い声が聞こえた。
俺が目を開くと、ふらりと屑の体が倒れていった。遠のく意識のなかで、俺は大和を見た。彼は血で汚れた石を握り締めていた。屑の血だ、と俺は思った。
「離れるんだ!」
恐らくは気絶している屑に向って、大和は叫ぶ。
その光景は、とても異様だった。
屑が俺のことを殺そうとしているはずなのに、今は大和が石という武器で屑を殺そうとしているように見えた。大和は、石を大きく振り上げる。
恐らくは、大和は屑の後頭部を石で殴ったのであろう。
そして、大和は屑の頭をもう一度石で殴ろうとしていた。
「止めろ!」
力を振り絞って、俺は叫ぶ。
俺の声に気がついた大和は、顔を揚げる。今にも泣きそうな顔だった大和は、まだ生きている様子の俺を見て幸福そうに笑った。
「よかった……」
守れた、と大和は笑っていた。
大和は心の底から、ほっとしていた。
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