第15話タイムリープ3日目ー2
昼も過ぎると、低血糖も相まって俺はぼうっとしていた。朝も昼も食べていないという状況はけっこう辛い。こんなことならば、朝飯ぐらいは食べておけばよかった。真理の下駄箱に花束を入れるにしては、屑が学校に来る時間が遅すぎるような気がする。
俺が行動を変えたせいで、屑側の行動にも何か変化があったのだろうか。だとしたら、歓迎すべき事態なのだが。
俺が、ぼんやりとしていると改札から人が入ってきた。本日、十人目の利用者である。朝からここにいて、電車が来てもぼんやりしている俺を大抵の人間は怪訝な顔で見ていた。けれども、話しかけてくることはなかった。
俺は、改札から入ってきた人間の顔を見た。
そして、呼吸を忘れた。
――大和だった。
頬には、殴られた跡があった。昌治と殴り合いをした、大和であるのだろう。大和は俺を見て、少しばかり驚いていた。俺は大和のことを知っているが、この時間軸の大和は俺を知らないはずである。だから、きっと大和はこんな時間に人が駅にいることに驚いたのだろう。そこまで、人が利用しない駅なのか。
電車がやってきた。
だが、大和は電車には乗らなかった。当然、俺も乗らない。電車が走り去っていって、大和は俺の隣に座った。
「誰か、待っているのか?」
大和は、俺に尋ねる。
「……ああ、いつになるのか分からないけれども」
俺の言葉に、大和は少しばかり残念そうな顔をしたように思う。
大和は、何をしに来たのだろうか。前の時間軸では、昌治に殴られた後に、俺に料理本を渡して、家にコロッケを作りにきて、蜂の炊き込みご飯で腰を抜かしたんだっけ。今の時間帯なら、前の時間軸ならばスーパーで買い物をしている頃だ。
だが、今は前の時間軸ではない。
俺と大和は、この時間軸では最初の出会ったのだ。
「お前は……どこに行くんだよ。今日は始業式だろ、高校の」
大和は、学校の制服を着ていた。
だから、俺が一目で彼を高校生だと見抜いても不思議はなかった。
「そっちこそ、こんな時間に何でぼーっとしてるんだよ。大学生には見えないから、就職に失敗したフリーターか?」
大和は、度堕落に両足を伸ばす。
そして、空を仰いだ。澄み切った、綺麗な青空。俺も見上げる。そのとき、何故か思ってしまった。俺たちは澄み切った空気を吸う権利なんて――実は持っていないのかもしれないと。
「君も、俺を恨んでいるんだろ」
どんより、と大和は濁った目で俺を見る。
「工場を潰した、俺の家を恨んでいるんだろ」
本当なら、そこに就職するつもりだったんだろと大和は言う。
この田舎の不幸を全部一人で背負っている顔であった。生贄のようだな、と俺は思った。停滞した村にある淀んだ空気の原因が彼である、と強制的に決められてしまっていた。
「俺は、別にこの村で就職しようとはしてないよ。それに、俺は高校生なんだ」
俺の言葉に、大和は驚いていた。
「お前……学校はどうした?」
一年生は入学式が終わった後に解散したが、二年生と三年生は授業があるはずである。一年生ならば、大和は見覚えがあるはずだと思ったのだろう。だから、大和は俺が二年生か三年生であると考えたのだ。
「サボり」
俺は短く答えた。
「悪いやつだな」
大和は、笑った。さっきの淀んだ目が、嘘みたいに楽しそうだった。
「お前さ……本当にどうして、ここに来たんだよ」
俺は、大和に尋ねる。
大和は、俺のほうを見た。
「実は――死に来た」
大和は立ち上がる。
そして、線路に背を向けた。彼は、ゆっくりと後ろ向きのまま線路へと向う。その表情は、穏やか。まるで、この世で唯一の安然を見出したかのようであった。
「大和!」
俺は、彼の名前を呼ぶ。
青空の下、澄んだ空気が流れる――田舎の駅。そんな牧歌的な雰囲気のなかで、大和だけが色濃く死の気配を纏っていた。
「止まれ――……止まれ!!」
俺は立ち上がり、大和の腕を掴む。
大和の足は、簡単に止まった。
俺は、嫌な汗をかいていた。二度も死んだ記憶が蘇り、鼓動は早鐘を打っていた。大和はそんな俺を、気の毒そうに見下ろしていた。
「この村で、俺が死んで悲しむものなんて一人もいない。因果応報で、ようやく収まりがついたと思うだろう。俺の家は、ここらの生活を壊してしまったから」
「お前のせいじゃない!」
俺は、叫ぶ。
「ここらの人間は、そう感じない」
大和は、殴られた跡を指でなぞる。昌治が殴った跡は、大和の家がどのように思われているかを語っているようであった。ぞっとするような憎しみ。そして、その憎しみを当たり前だと肯定してしまえる空気。
「――この村の奴らも屑だ」
ぼそり、と俺は呟く。
大和は、驚いたような顔で俺を見ていた。
「屑からは逃げられるんだ。俺たちも屑から逃げてきた。それで――もう少し長く逃げるために時間かせぎをするところなんだ」
「何をする気なんだ?」
大和は、俺に尋ねる。
「ここで、俺は屑に殺される」
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