第12話タイムリープ2日目ー7

 いつの間に仲良くなったのだろうか、と思った。

 大きすぎる大和と小さな美羽の後姿。

 凸凹でお似合いとは言えない姿に、俺は少しばかりほっとした。どうやら、俺にも兄として妹を取られては面白くないという感情があったらしい。妹の幸福を邪魔するかもしれない感情なのに、今は少しばかりほっとしていた。

 美羽と大和は、同時に立ち止まる。

 そして、同時に立ち止まった。

 俺は、思わず笑ってしまった。別に二人がまったく同じタイミングで、振り返ったからではない。美羽と大和は、二人そろってドーナッツを咥えていたからである。

 不ぞろいなドーナッツは、たぶん大和の手作りだろう。二人に近づくと、ぷんと安っぽい油の匂いがした。

「これ、食べるか?」

 大和は、紙袋に入れたドーナッツを俺に勧める。茶色い紙袋のなかには、大量のドーナッツが入っていた。

「これ、全部作ったのか?」

 尋ねてみた。

 大和は頷く。そういえば、こいつが家庭科部で最初に作ろうとしていたのはクッキーだった。大和は、甘いものを作るのが得意なのかもしれない。

 料理というかお菓子作りが上手い奴は、人生に余裕を感じる。たぶん、お菓子というのは人生にあんまり必要ではないものだからだろう。

「小麦粉が余っていたからな」

 大和は、俺にドーナッツを一つ手渡す。プレーンなドーナッツにかぶりつくと、油と小麦粉の味がした。

「……」

 油と小麦粉の味しかしなかった。砂糖の味は一切なくて、普通のドーナッツ以上に飲み込みづらかった。

「これ、砂糖が入ってないぞ!」

 砂糖の入っていないドーナッツに、俺は文句を言う。いや、これはドーナッツではない。小麦粉を油で揚げたヤツである。

「半分以上に入れ忘れた」

 大和の言葉に、俺は呆然とする。

 そして、脱力した。

「なんで……入れ忘れたんだ」

 どっしりとした生地は、食べ応えがあって俺好みなのに。

 大和は、別のドーナッツを俺に手渡す。そっちを齧ると、今度はちゃんと甘みがあった。飲み込みにくいが、牧歌的な懐かしい味のドーナッツ。

「美味しい」

 ぺろり、と一つを食べ終えてしまう。

 大和は紙袋ごと俺に差し出して、もう一つ選べと示す。何気なく手に取ったドーナッツは、また味がなかった。俺の微妙な表情に気がついたのか、真理は少しだけ笑う。

「私も味がないの引いちゃった」

 真理の言葉に、大和は新たなドーナッツを差し出す。

「まだいっぱいあるから、わざわざ味のないものを食べる必要はないだろ」

「いいの?」

 そんな行儀が悪いことをしても、と真理は大和に尋ねる。

 大和は、無感情に頷いた。

 真理は齧ったドーナッツを袋に戻して、新しい一個を摘まむ。俺も同じことをして、大和も同じように新しいドーナッツを摘まむ。味がない、味がある、と笑いながら俺たちは同じことを繰返した。夕食のことなんて考えずに、ぱくぱくと摘まむドーナッツ。

「久々に、美味しい……」

 大和は、呟く。

「当たり前よ」

 真理は、笑った。

「三人で、贅沢に食べたから美味しいの」

 自信に溢れた、言葉。

 その言葉は、たしかに的を得ているような気がした。気ままに、美味しいところだけを食べる――背徳的な食べ方。少しばかり悪いことをしているような享楽に、俺たちは酔っていたのかもしれない。食べているのは手作りで無害なドーナッツだったけれども、俺たちにとっては隠れて呑む酒のような蜜の味がしたのである。

「真理!」

 遠くで、妹を呼ぶ声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る