第11話タイムリープ2日目ー6
タイムリープが起こってから、三日が経った。
前の時間軸ならば、放課後に美羽が学校の玄関で殺されるはずの日である。あの日は、たしか最初に家庭科部に行っていたはずである。だから、俺は美羽が殺される現場は見なかった。俺が美羽を見たときには、もうだいぶ人が集まっていた。
一応、昨日調べたのだが美羽が殺されたと思われる時間帯の放課後は――人どおりが少なくなる時間帯が少しだけある。たぶん、美羽を殺したのは学校の関係者なのだろう。そうでなければ、下駄箱がある玄関に人がいなくなる時間帯など分かるわけもない。
部活に行く必要がない俺は、できる限り美羽をつけることにした。違うクラスの美羽の後をつけることが出来る時間は放課後のみである。
美羽は、部活には入っていないようだった。放課後にちょっとだけ友達とお喋りして、人通りがない学校の下駄箱まで行っている。そして、そのまま帰ってしまった。
「何でだ……」
美羽を殺そうとするような人物は現れなかった。
前の時間軸とたいぶ違っているから、これも変わってしまったのだろうか。美羽は校庭に出て、校門をくぐろうとしていた。この様子では、殺される様子はなさそうである。俺は、美羽のストーキングを止めようとした。
だが、まるで彼女を待っているかのように校門の前に立つ人物を見つけてしまった。
背の高い、すらりとしたスタイルの若い男だった。スタイルだけ見れば恰好が良いといえなくもないのに、恰好はジャージである。
しかもお洒落なヤツではなくて、高校の校章が印刷されていた学校指定のジャージである。着ている男は、高校生には見えないのに。たぶん、高校時代のジャージをずっと着続けているのだろう。
家のなかだったらまだ分かるのだが、外でそのジャージを着るのは正気の沙汰ではないと思うのだ。ちなみに、家だったら俺も中学生のときのジャージを着る。
校門で、美羽は驚いたように男を見た。
男は、やたらと美羽と親しげであった。歳の離れた恋人に見えなくもないほどだ。だが、幼く見える美羽に高校時代のジャージを着続ける男はあまりに似合わない。もしや、彼が美羽を殺すのだろうか。
俺は、二人の様子を見守った。
しかし、一向に殺伐とした雰囲気にはならなかった。
もう、こうなれば当たって砕けろの精神で行こう。
「おーい!」
俺は、偶然を装って美羽に話しかけた。幸いにして、この時間軸では俺は雄二にとある誤解を抱かせている。それは、俺が美羽に恋心を抱いているという勘違いである。だから、それを利用することにしよう。
「その人って、カレシか?」
ちなみに、俺と美羽はほとんど喋ったことがない。そんな男子生徒のこんなことを聞かれたら、困惑するかもしれないがクラスで噂になっても雄二あたりが「やっぱり美羽ちゃんに惚れていたから、勇気を出して確認したんだな」という解釈をして、新たな噂をクラスに広めてくれるに違いない。変な噂こそ立つが、俺の行動はそこまで突飛なものではなくなるはずだ。
「この人は、お兄ちゃんだよ」
美羽は、俺のほうを不思議そうに見ていた。
俺は、驚く。
なんというか、美羽とこの男が兄妹だとは思ってもみなかったのだ。
「あのね、今日はおにいちゃんの仕事が決まったからお祝いするの。今、聞いたところだから私もちょっとびっくりしてるけど」
美羽の兄は、余計なことを言うなと妹を小突く。美羽は「だって、お兄ちゃんずっと働いていなかったでしょう」と文句を言った。その言葉に、俺はどきりとした。
大和の家が経営していた工場が潰れて、大勢の失業者を出したという話。その話を思い出したからだ。もしかしたら、美羽の兄も工場の閉鎖に巻き込まれた一人なのかもしれない。
「早く働けっていう妹を恨んだりもしたけど、今は全部許せる。すがすがしい気分だ」
美羽の兄はそういって、笑った。
けれども、俺はぞっとした。
瞳の奥に、妹を憎む狂気を見たからであった。働かなくなった兄を――屑になった美羽は恐らくはなじったのだろう。それは、正しい。それは、正論だ。守るべき、愛しい、正しい、正論だ。だが、屑には正論など通じない。
屑は、正論を愛さない。
それどころか、それに恨みを抱く。
美羽の兄の眼にも、そういう狂気が感じられた。もしかしたら、前の美羽は実の兄に刺殺されたのかもしれない。前の時間軸の兄は就職できず、正論ばかり言う妹に殺意を抱いたのかもしれない。そして、前の時間軸では――妹を殺したのだろう。
どこにでもある包丁を手にして
学校の下駄箱で妹を待ち伏せして
その柔らかな体に包丁を突きたてたのだ。
「美羽!」
俺は、彼女を呼び止めていた。
その兄でいいのか、その家族でいいのか、と聞きたかった。今の時間軸では、美羽は死ぬ運命から免れた。しかし、兄がいればいつか殺される可能性があった。前の時間軸のように、兄は妹に殺意を抱いて殺してしまうだろう。
それでも、彼女は後悔しないのかを聞きたかった。
聞けなかった。
前の時間軸のことは、俺だけが知っている。今の上手く行っている美羽と兄に、いつか破局を迎えるかもしれないと告げても信じてはもらえないだろう。だから、俺は言えない。変わりに、精一杯の作り笑いをした。
「良かったな」
その言葉に、美羽はとても可愛らしく笑った。愛されるために生まれた妹の顔であった。その顔に、何故か愛しさが沸いた。真理を思い出したからだった。
間違いなく、真理は愛されるために生まれてきた。
決して、ないがしろにされて殴られるために生まれてきたんじゃない。ただ、愛されて慈しまれるためだけに生まれてきたのだ。
俺は、家に帰ることにした。
美羽のことは、今回は心配いらない。
だからこそ、真理の顔を見たかった。真理の父親の件もあって心配であったし、それ以上にただ顔を見たかったのだ。俺の願いが届いたのか、帰り道の途中で真理の後姿を見つけた。彼女はピンク色の自転車から降りて、歩いていた。隣には、大和がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます