第10話タイムリープ2日目ー5
結局、買えたのはありきたりなコロッケの材料である。揚げ物は俺はあんまりと作らないし、大和は得意だというので教えてもらうことになったのだ。あと、スーパーで材料が簡単に揃えられた。
料理本を出していた母親がいただけあって、大和の手際は良かった。ジャガイモの皮を剥くのに、ピーラーすら使わない。包丁一本でなんでも出来た。
俺の家のボロボロの台所で、将来的に殺人を犯すかもしれない奴とコロッケ作り。
なんか、俺って今凄く変なことをしているような気がする。
「手際いいな」
大和がジャガイモを潰す、俺の手元を見て呟く。関心しているようであった。どうやら、大和は俺がまったく料理ができない人間だと思っていたらしい。
「簡単なものはけっこう作るからな。なぁ、ご飯が中途半端にあまっているから芋とご飯を混ぜて、ライスコロッケにしないか?」
ひき肉とジャガイモと米を揚げたものって、凄くおいしそうだ。
「いいな」
大和が、炊飯器を開けた。
そして、悲鳴を上げる。
「むっ、むしがっ!!」
……忘れてた。
今日は、蜂の炊き込みご飯だった。大和は炊飯器の前で、腰を抜かしていた。どうやら、大和は虫が苦手だったらしい。悪いことをしてしまった。
「すまん、今日の朝飯は蜂の炊き込みご飯だったんだ。その……母親の好物で」
俺も割りと好きだけど、言ったら大和との距離が離れそうだ。
俺は炊飯器を閉めた。名残惜しいが、ライスコロッケはあきらめることにしよう。大和はまだ震えていた。こいつ、将来的に人を殺すんだよな。なのに、どうして虫ご飯でビビッているのか。いや、虫がダメな奴はコレぐらい普通に恐がるかな。
「無理。絶対に、コレは食べられない……」
「食べなくていいから」
俺は、苦笑いしながら腰を抜かしてしまった大和に手を貸した。大和の手は、震えていた。田舎育ちなのに、ここまで虫がダメなのも珍しいと思ってしまうのは母親の姿を見すぎたせいなのか。
「ただいまー。お兄ちゃん、お客さんがいるの?」
玄関から、真理の声が聞こえてきた。
真理は真っ直ぐ台所まで来て、炊飯器の前で腰を抜かしている大和を見て大体を察した。
「お兄ちゃんのお友達ですよね?」
「ああ……ちょっと一緒にコロッケを作ってた」
真理は、首を傾げる。
たしかに、いきなり友達とコロッケ作りはしないよな。
「料理が上手いらしいから、教わってたんだ。今日は、コロッケだぞ」
真理は興味深そうに、俺の手元を見る。真理も家で、コロッケを作るのは初めてのことらしい。
「手伝ってもいい?」
真理は尋ねられた俺は、勿論と答えた。
手を洗うために、真理は洗面所へと急ぐ。
「あの子も……蜂を食べたのか?」
一方で、大和はまだ蜂の炊き込みご飯のショックから立ち直れていなかった。
「可愛いのに……」
その一言に、俺は深く頷く。
「お前とは趣味あうな」
俺の言葉に、大和は眉をひそめた。
「お前って、ロリコンなのか?」
大和の言葉に、俺は親指を立てる。
にっこり、と笑って俺は答えた。
「当たり前だろ。妹を愛さない兄が、どこにいるんだ」
世の中には、妹や母親を愛さないロクデナシもいる。だが、俺は違う。俺は父親とは違う。俺は、屑ではない。だから、家族を愛するのだ。
「そういえば、お兄ちゃんでしょ」
手荒いを終えた真理が、ひょっこりと顔を出す。
「学校で、私の下駄箱に花束なんていれたの」
真理の言葉に、俺はきょとんとする。彼女によると、下校しようとしたときに下駄箱に小さなブーケが入れられているのを発見したらしい。
「私の好きなピンクじゃなくて、白い花束。もしかして、お兄ちゃんがピンクは子供っぽいからもう卒業しなさいって意味で入れたのかなって思っちゃった。下駄箱には名札が張ってあるから、誰がどこの下駄箱を使っているか分かるし」
花瓶がなかったので、真理はコップにブーケの花を生ける。真理が受け取ったブーケは、花屋でとても安く販売されているタイプのものだった。たぶん五百円ぐらいで買える玩具みたいな花束。
「俺は、真理の学校になんて行ってないぞ。放課後は大和と一緒にいたし」
大和のほうを見れば、彼は頷く。
俺が花束を届ける時間がないことは、大和が一番知っている。
「じゃあ、これは誰が?」
水につけたブーケ。
それを真理は、とても不思議そうに見つめていた。
「もしかして、真理に一目ぼれした男子生徒が花束を買いに走ったとかか?」
だとしたら、そいつは中学生の癖にとんだロマンチストだ。
真理の可愛らしさを見抜く心眼も持っているし、認めてやってもいいかもしれない。
「お兄ちゃんは、私が花束をもらっても嫉妬なんてしないのね」
真理が唇を尖らせる。
そんな茶目って溢れる顔を俺は軽く小突いた。
「束縛は愛じゃないだろ。それに、可愛い妹をちゃんと可愛いって評価できる奴とは一緒に酒を飲みたいしな」
「未青年でしょ、お兄ちゃんは。もう、私が早くお嫁にいって寂しい思いをしてもしらないんだからね」
ささやかな兄妹の会話。
そんなものを楽しんでいたが、大和は無感情に「これからコロッケを揚げるから、私服に着替えてきたほうがいい」と真理に言った。真理は制服にエプロンをつけようとしていて、たしかに揚げ物では脂が跳ねて制服を汚してしまうかもしれない。
「わかった。じゃあ、着替えてくるね」
足取り軽く自室へと向う、真理。
ブーケがよっぽど嬉しかったのだろう。
「お前の妹……ストーカー被害とかにあってないよな?」
大和が、そんなことを俺に尋ねる。
「いきなり、どうしたんだ?」
大和は少しばかり心配そうだった。生けられた白いブーケを眺めながら、遠慮しがちに大和は指摘する。
「……こんなタイプの花束を売る店は、ここらへんにないんだ。それに、ブーケの包み紙を見ろ」
大和が指差すのは、ブーケを包んでいた白い紙。コップにブーケを生けるためにすでに外されていたが、そこには俺にとっては見慣れたスタンプが推してあった。都会ではよく見る花屋のチェーン店のスタンプである。
「この花屋は、都会にしか店舗展開をしてないんじゃないのか?少なくともここから電車で三十分ぐらいでいけるような場所に、この花屋はないような気がするんだ」
大和の言葉が真実ならば、このブーケは遠く離れた都会から買って持ち運ばれたものになる。学校で真理に一目ぼれをした学生が買った、という推理は成り立たなくなるのだ。
ためしに、俺は花屋の名前を携帯で検索した。
大和の言うとおり、チェーンの花屋はこのあたりにはない。電車で三時間もかかる街にある店が、このあたりで一番近い店だった。
このブーケは、この土地の人間が買いに行ったものではない。
誰かが外から持ち込んだものだ。
俺は嫌な予感がして、真理の従兄弟である美郷へと電話をかけた。過去の時間軸ならば、俺は美郷からの電話に出て「真理の親父が行方不明になった」という話を聞くのだ。
だが、今回の時間軸では俺はそれをすっぽかしている。
だから、もしかしたら今回はソコを機転に、何かが大きく代わってしまった可能性があった。
「美郷、ちょっと聞きたいことがあるんだ!」
嫌な予感がした。
だから、美郷が電話に出るや否や「真理の親父、どうなっている?」と聞いてしまった。電話の向こうの美郷は、驚いていた。
「もう、そっちで何かがあったのかよ……」
美郷の言葉に、俺の心臓が痛んだ。
不吉な言葉を聞くことが、恐かった。
「真理の父親が失踪したって、今朝警察が着たんだ。お前にも連絡をいれたけど繋がらなくて……。それで、さっきお袋から聞いたんだけど」
美郷は深呼吸する。
伝えるのに、勇気が必要だからだ。
嫌な予感がした。伝えるのに勇気がいる事柄なんて、嫌な事柄しかないだろう。
「お袋、真理の父親に――そっちの住所を教えたらしい」
俺は、愕然とした。
嘘だといって欲しかったが、いくら待っても美郷は嘘だとは言ってはくれなかった。
「おい、どうしてそんなことになってるんだよ!あの屑は、行方不明じゃなかったのかよ!!」
「俺がお前に何度も電話をしてる隙に、真理の親父がお袋に接触してたんだよ。真理の父親は、俺が自分に厳しいことを知ってるから……お袋一人のときを狙ったんだろ」
美郷の話によれば真理の父親は美郷の母親と偶然を装ってスーパーで再会し、「突然連絡が付かなくなった娘を心配している」と泣き落としにかかったらしい。弟に甘い美郷の母親は、真理の父親に真理の居所を知らせてしまったというわけである。
「ちくしょう!」
俺は、思わず壁を叩いた。
電話の向こう側で「ごめん……」と美郷の小さな声が聞こえてきた。
「俺が、お袋にちゃんと話していたらお袋も言わなかったと思うんだ。お袋と真理の父親って仲がいいから、親戚もちゃんと真実を言う人がいなかったし――本当にごめん。知っている俺が、言うべきだったんだ。真理の父親が、真理を虐待してたって」
俺が、拳を握った。
真理の父親は、屑だった。真理と二人で生活している頃から、奴は自分の娘を殴っていた。真理はそんな日々に耐え忍んでいて、あの屑と俺の母親が再婚しても真理は俺たちに心を開かなかった。真理の父親は、真理を暴力で支配していたのだ。俺の母親と再婚したときは、隠していたが一度暴力を受ければその傷跡は絶対に消えない。
痣は消えるし、骨折も治る。
けれども、心は治らない。
だから、人を殴る屑は最低なのだ。人を殴る暴力的な人間など――全員残らず、神様に殺されるべきなのだ。
「美郷……あの屑は、真理と血縁上の関係はあるかもしれない。けれども、あいつは真理の親じゃない」
あの屑は、徐々に正体を現していった。俺を殴り、母を殴るようになった。そして、真理に再び暴力を振るった。母親は離婚を決意し、同時に真理を引き取ることも決意した。
「あいつは、ただの屑だ。もしも、真理にまた手をあげたら――殺してやる」
俺は、電話を切る。
顔を上げると、大和はいた。
自分が酷く凶暴で酷い顔をしているのは、分かっていた。だが、真理のことを考えると今は感情を抑えられない。こんな顔は真理には見せられないというのに。
「絶対に、人に言うなよ」
俺は、大和を睨み付けていた。
だが、次の瞬間に俺は呆気に取られた。大和が微笑んでいたからである。感情の起伏に乏しい大和が笑うのが、コレがはじめてのことかもしれない。
「言わないよ。そういう正しい願いは」
どこかで聞いたことがある言葉だと思った。
数秒経って、思い出す。
前の時間軸で、大和が言った言葉であったと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます